第126話 混乱
航海士に言われるまま着替えを済ませて食堂室へと向かう。その最中も船体を揺るがすような振動がヒシヒシと俺の身に伝わってくる。今現在この船が置かれている状況を理解してはいないが、恐らくとても大きな危機が迫っているのだろう。
――ガチャ!
勢いに任せて食堂室のドアを開ける。その中には知った顔の人達がいた。
「ユキオス君、怪我はないかね?」
俺の顔を見るなり理事官がそう話しかけてくる。見たところ着の身着のままでここままで来たのだろう。服装がかなり乱れていた。
「えぇ、私は大丈夫です。それよりも理事官殿、いったいこの船に何が起きているのですか?」
「私もよくわからん。寝てたら起こされて今この状態だ」
理事官はもうお手上げと言った感じでそう言った。彼がこの具合なら恐らく他の面々の状況も似たり寄ったりだろう。その間にも船体を小刻みに揺らすような振動が収まる気配はない。
「ユキオス君、この船で何が起きてるのか調べて見てくれないか――。操舵室に行けば船長がいるはずだ」
「操舵室にですか?」
「あぁ、そうだ。これを持っていけ」
そう言うなり理事官はどこで手に入れたのかこの船の見取り図が書かれた紙を俺に渡してきた。そして俺はいろいろと考えた挙げ句、操舵室に行くことにした。
階段を勢いよく駆け上り目的地へと向かう。この頃になるとさっきまでの揺れはなくなり辺りを静寂が支配している。もしかしてリアルな避難訓練なのかも知れない。そんなバカげた予想が俺の脳裏を過る。
「あっ、失礼します――」
一瞬、躊躇したが俺は操舵室内へと足を踏み入れた。
***
これまでいた狭い船内とは違って操舵室内はとても広い作りになっている。ここからなら周囲を満遍なく見渡すことができ、視界も良好だ。
「ユキオス君だったかな……。こんな状況になって本当に申し訳ない」
俺の姿を見るなりセニス船長がそう言いながら近づいてくる。きっと船長ならこの船に何が起きたのかを把握しているだろう。
「船長、さっきからこの船に何が起きているのですか?」
「今、当船は何者かから攻撃を受けている。船の揺れはそのためだ。魚雷と思われる雷撃が船体後方第一機関部に命中し第一エンジンがやられてしまった。今は第二エンジンを頼りに回避行動をとってるがこれもいつまで続けることができるか……」
「いったい誰の仕業なんですか?」
「恐らく海賊だ。ソナーに反応しないことからも奴等は特殊な塗料を塗った小型艇数隻でこの船を取り囲み波状攻撃を仕掛けてきている」
「か、海賊ですか!?」
船長の予期せぬ言葉に目の前が真っ暗になる。まさかこの海域がそんなに危険なところだったとは――。
「ソ・ボボジ海峡付近には無数の入り江がある。隠れてるのに最適な入り江がな。恐らく奴等はそこを根城にして近海を航行する船舶を襲っているのだ。救難無線で応援を要請しているが、恐らく我々でこの事態に対処することになる……」
「か、勝ち目はあるのですか?」
「ない。何しろこの船はただの民間船。逃げるしかない――」
――ドーン!
船長の言葉を遮るかのようにまた大きな揺れが操舵室を襲う。それと同時に棚にあるものが落ちてガラスの破片が辺り一面に散乱した。
「せ、船長――。第一機関室を呑み込んだ浸水が電気制御室の真下にまで及んでいます。それにこのままでは第二エンジンにも被害が……」
「隔壁を閉鎖して浸水を阻止しろ。救難無線の応答は!?」
「はい、ファゴニッサ級駆逐艦『ベスラロルド』が救援に来るそうです――。しかし、最大船速で来ても約二時間ほどかかるようです!」
「約二時間……。それでは手遅れになるぞ」
「せ、船長!!」
操舵室へと通じるドアが激しく開き外から甲板員とみられる船員が息を切らしながら入ってきた。
「か、甲板に武器を持った男が突然――。私は逃げることができましたが、船員が数人ほど人質に取られました!」
「な、なに……。そいつはどこから入ってきたんだ」
「現時点ではわかりません。内部から手引きした者がいる可能性もあります――」
「ユキオス君、君は誰かを救える力をもっているか?」
「は、はい!?」
突然セニス船長が俺の目を見ながらそう言う。たしかに俺は軍人、いや正確にいえば魔王軍が運営する農場で働く軍属のような存在だが人質解放交渉なんてしたことがないぞ……。