第125話 激動へと向かう予感
食堂室に入った途端、意外な光景が俺達の目に入ってきた。お世辞にも豪華とは言えない船内とは違ってこの食堂室内はとても豪華なのである。赤く朱色に染められた絨毯がとても印象的だった。
「ここだけ――。豪華じゃない?」
途端にその事に気づいたナナセさんが一言そう言った。それは俺も感じていた事である。
「食事をするときは豪華な部屋でとか?」
「なにか意図があるかもよ……」
「何もありませんよ!!」
突然の大声にビクっとなる俺達。そんな二人を尻目にして奥から長身の男がやって来た。
「この部屋は廃船になった豪華客船サンクト・ムンゴール号の調度品を利用していてね。なに、他に意図はないさ。私達の心の拠り所って言ったら少々大袈裟かな」
スラリと伸びたその長身は彼がかけている翡翠色の眼鏡と相まってどこか知的な印象を持ち合わせている。さて、彼は誰だろうか――。
「あ、あなたは誰ですか?」
「こういう時はまず君達から名乗るべきじゃないかな?」
「これは失礼しました。俺はユキオス、隣の女性はこれから一緒にパルメクルに行くナナセさんです」
「じゃあ乗船名簿にあった使節団の二人だね。私はフランツ。この船の先任航海士を拝命している者です」
「あなたもこれから夕食を食べるのかしら?」
「いえ、私は今食べ終えたところです。たぶん君達が最後になるんではないかな。それでは私はこれで――」
そう言い残して彼は食堂室を出ていった。
***
豪華な食堂室で食べる夕食はとても美味しくて作ったものの心意気を感じるものだった。乗船以来、ナナセさんと船員以外の乗客に会ってないことに小さな不安を感じながらも俺は船内で行動を共にしていたナナセさんと別れて自室へと戻った。
「ふぅ――」
ベットに座った途端、これまでの疲れが噴き出してくる。眼を閉じた瞬間、睡魔に負けて今すぐにでも寝てしまいそうである。この船は色々と怪しい部分があるが俺達使節団とは無関係だ。そう思うとなぜだか少し気が軽くなった。
「明日になればパルメクル領内か……。きっと明日も忙しい日々になるからもう寝よう」
気がつくと俺は自室の明かりをつけたまま寝てしまっていた。
***
――ゴゴゴゴゴ……。
まるで船体を思いっきり揺らすような感じの揺れが俺の警戒心を呼び起こす。その揺れのおかげで目が覚めてしまった。
「な、なんだこの変な揺れは――!」
眠たい眼を擦りながら置時計を見てみる。今の時刻は午前二時過ぎ。もちろん船が錨をおろす時間ではない。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
まただ。それも今度の揺れはさっきのとは違って小刻みに長い。まるで何かが船に当たったような。
――ドンドンドン!
数秒後、自室のドアが激しくノックされる。さっきの揺れといいいったいこの船に何が起こっているのだろうか……。そんなことを思いながら俺は自室のドアを開けた。
「三等航海士のシュルツです――。ユキオスさん至急救命胴衣を着用して食堂室に来てください!」
「救命胴衣着用――。シュルツさんいったいこの船に何があったのですか?」
「先ほど船体後方第一機関部に『何か』が当たりました。被害のほどは今現在不明ですが念のためによろしくお願いします」
「『何か』が当たった……。もしかして浅瀬に乗り上げたとか?」
「いえ、海図を見る限りこの海域にはそんな場所はありません。それに――」
「それに?」
「私は魔界国家海軍の予備役将校なのですが、この揺れは恐らく魚雷によるものです」
「えっ――。ぎ、魚雷!?」
身に迫る危険よりも驚きの方が勝り、すぐには次の行動に移ることが出来ない。
「ユキオスさん早く――!」
「あっ、はい!」
その声に促されるようになりながら俺は急いで着替えを済ませた。