第124話 揺れる
――楽しい時ほど時間は早く過ぎる。
今、この時ほどその言葉を実感できる状況はないだろう。ナナセさんとのラウンジでの会話は弾みこれまで以上に彼女の事を知ることができた。ラウンジの海に面している窓からは外の風景を見ることができる。ふと窓の外を見るとすでに太陽は沈み夜の帳が辺り一面を支配しようとしていた。
「やっぱり――。おかしいとは思わない?」
ついさっきまで楽しげな表情を浮かべていたナナセさんが不意に真剣な表情を浮かべながらそう言った。
「それってやっぱり……。この船の乗船客のことですか?」
「えぇ、そうよ。私達は一時間以上このラウンジにいるけど誰も中に入ってこない。それに――」
「それに?」
「このラウンジ、妙じゃない……」
そう言いながら彼女は壁に向かっていきその壁を軽く叩いた。
――ペチッ……。ペチッ……。
叩いた瞬間、柔らかい音が聴こえてくる。とても船内の壁を叩いた時の音ではない。
「やっぱりそう。ここ元はもっと大きな空間だったのよ。それを急場凌ぎの細工で小さな船室にしているわ……」
不安に満ちた表情で彼女はそう言う。まるで知ってはいけないことを知ってしまったのかのような感じで。
「ど、どうしてナナセさんはその事に気がついたのですか?」
「私達の声の反響よ。見た目は騙せても音までは無理だったようね」
「そ、その今にも押したら壊れそうな壁の先には何が……」
「それは見てみないとわからないわ。でもそれをしてしまうと――」
――ドン!!
彼女の言葉を最後まで待たずにラウンジのドアが思いっきり叩かれる。そして現れたのは……。
「おやおや、ここにいましたか。探しましたよ。もうとっくに夕食の準備は出来てますよ」
そこにはセニス船長がどこか不気味な微笑みを浮かべながら立っていた。その足元はなぜか濡れており水が滴り落ちている。
「えぇ、これはお騒がせしました。これから二人で食堂室に行きますから――」
「せっかくの夕食が冷めますよ。他の皆様はもう先に食べ始めています。では……」
そう言いながら船長はその場を去っていった。
***
船内通路を食堂室に向かって突き進む。もちろん俺の横にはナナセさん。さっきの突然の船長登場のせいなのかその目は疑心に満ちている。
「ナナセさん――。管理官にラウンジの件話してみますか?」
「いや、今はやめときましょう。管理官はああ見えて勘が鋭いから。もしもこの件で船長率いる船員チームとトラブルにでもなったら使節どころではなくなってしまうわ」
「たしかにそれはそうですね……。なんか俺は今、あなたがこの使節団に選ばれた理由がわかったような気がします」
「褒めても何も出てこないわよ。とりあえず明日になればこの怪しい船ともサヨナラなんだしここは気楽にいきましょう」
まるで自分自身に言い聞かせるように彼女はそう言った。そして俺達は『食堂室』の前に着いた。