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月の花が咲く時  作者: 美緒
第一章 基礎課程1年目 ―12歳―
8/19

8 大騒ぎ③

遅くなって申し訳ありません。


拍手、ブクマ等、ありがとうございます。

「昨日は大変でした……」


 鏡台の前でポツリと呟いたルナティシアに、専属侍女のアマリーは髪を整えながら苦笑する。

 鏡越しにその苦笑を見たルナティシアは、昨日の事を脳裏に(よみがえ)らせた。


 * * *


 気分転換した庭園を後にし、ルナティシアは真っ直ぐに公爵家(いえ)へと帰った。

 玄関ホールに入ったら吃驚(びっくり)。そこには、授業が終わると同時に遣って来たであろう制服姿の兄ギルフェスが居た。

 どうしたのかと尋ねると、王宮に呼び出されたルナティシアを心配して、居ても立っても居られず帰って来たと言うではないか。

 ちょっと過保護ではないかと苦言を呈したルナティシアに対し、大事な妹の心配をして何が悪いと開き直るギルフェス。

 ルナティシアが呆れてしまったのは言うまでもない。


 取り敢えず、心配性な兄に王宮に呼ばれた理由を説明し、学院へ戻ろうと制服に着替えると。

 どうせだから一緒に食事でもしてから戻ろうと兄に食堂へと引っ張っていかれ、丁度帰って来た父ライオットと母フェリシアと共に、久々の家族団欒をする事になった。

 嬉しそうな父母と兄に何も言えず、食事を済ませ、ちょっとだけお茶をした後、兄と共に学院へ戻ったのは門限ギリギリ。どうしてこうなったのやら。

 寮に戻ったルナティシアは、翌日の準備、入浴をして眠りに付いたのだった。


 * * *


「出来ました、お嬢様」


 アマリーの声に、ルナティシアは沈んでいた思考を浮上させる。

 昨日も着た筈の白地に臙脂の縁取りがされたロングワンピース風の制服姿を鏡に映し身嗜みをチェックすると、アマリーが差し出す荷物を手に取り今日こそはと寮を出た。


 女子寮から校舎へ続く道を歩いている最中、そういえば昨日は本当だったら課題テストの評価を貰う日だったと思い出す。

 一応、期間内に課題をクリアしているので、悪い評価はされていない筈だ。

 それでも、ちょっとだけ不安になりながら前を見ると、朝日を浴びた茶色の髪が光を反射していた。

 少しずつ近付き見えてきたのは――


「……オグル様?」

「おはようございます、オークフェル嬢」

「ごきげんよう」


 テストを共にしたロード教教主子息オグル・マルサーの姿だった。


「どうかなさいましたの? この様な所にお立ちになって」

「実はオークフェル嬢をお待ちしていました」

「わたくし?」


 何故、こんな朝から待たれなければならないのだろう?

 不思議に思いながらルナティシアが小首を傾げると、オグルは申し訳なさそうに口を開いた。


「結界修復の件について、オークフェル嬢から直接、詳しいお話を聞きたいと教主様方が仰ってまして……お手数をお掛けして申し訳ありませんが、本日これから教会本部までご同行願えませんでしょうか?」


 どうやら今日も、朝から授業は無理の様です。


 * * *


 国教であるロード教は創造主とされるロード神を主神とする多神教で、ファーチェスタ国中の人間が教徒となり、敬虔な祈りを捧げている。

 主に祭事を司り、国中に張り巡らされている魔物除けの結界の維持・管理も仕事としていた。

 その為、信仰心の拠り所となる教会を全ての町村に建て、その教会を中心に魔物除けの結界は施されている。


 そんなロード教の教会本部は王城の近くにあり、学院が存在する王都内の学院街からは結構離れている為、ルナティシアとオグルは事前にオグルが準備した馬車に揃って乗り込んでいた。

 ちなみに、ルナティシア達貴族の私邸は王城と学院街の丁度中間位にあるので、昨日の様に王城からの急な呼び出しがあっても私邸に寄って着替える余裕が存在する。


 閑話休題(それはさておき)


 舗装された石畳の上を走る車輪の音だけが馬車内に響く。

 無言でも気まずく感じないのは、テスト中にそれなりの面識を持った為か、オグルの発する穏やかな気配の所為か。そのどちらもかもしれないと思いながら、ルナティシアは窓の外を見た。

 まだ少し早い時間の為、出店等はなく、朝日が反射するガラス窓の内側では開店の準備をする人々が元気に動き回っているのが微かに分かる。

 そんな景色を流し見ながら今日の呼び出しについて考えてみる。


 オグルは言った。「結界修復の件について、直接、詳しい話を聞きたい」と。

 それならば、もう少し早くアクションを起こされていても可笑しくない筈、と考えた途端、そういえば辺境の町村まで牧師を派遣すると教会側が決めたのだったと思い出す。

 その準備に追われていた為、こんなに時間が経ってからの呼び出しになったのだろう。

 教会も大変ですねと他人事の様に考えていたら、オグルがルナティシアを見詰め、問い掛けてきた。


「オークフェル嬢」

「はい」

「不躾で申し訳ないのですが、お聞きしてみたい事があります」

「何でしょう?」


 窓からオグルに視線を移し、ルナティシアは微笑む。

 どうぞと言わんばかりの微笑みに背を押され、オグルはその蒼い瞳でルナティシアの紫の瞳を真っ直ぐ見据える。


「オークフェル嬢は、何故、家名では無く名前を呼ぶのでしょうか?」


 まさかそんな事を尋ねられるとは思ってもいなかったルナティシアは微かに瞠目し、オグルの真っ直ぐな瞳を除き込む。そこには、ただ純粋な疑問だけがあり、他の思惑は全く見て取れない。


 まあ確かに、初対面とでもいうべき人を家名では無く名前で呼ぶのは普通有り得ない。

 そう言えば、課題テスト出発前で行った自己紹介の後、其々の名前を呼んだ時、オグルは驚いた様に目を見開いていたなあと思い出す。

 その時の表情が脳裏にはっきりと浮かび上がり、ルナティシアは思わず笑みを深め、軽く口を開いた。


「簡単な事ですわ」

「え?」

今のわたくしにとって(・・・・・・・・・・)家名とは余り意味の無いものです」

「今の、オークフェル嬢にとって……?」

「ええ、そうです。意味の無いものならば、意味のある(・・・・・)名前を呼ぶのは当然ではありませんか?」


 ルナティシアの言葉の意味を探る様に蒼の瞳が微かに揺らぐ。

 それを微笑みながら観察していたルナティシアは、窓の外に見え始めた尖塔に視線を移す。話をしているうちに教会の近くへと来ていたようだ。


 再び、オグルへと視線を向ける。彼はまだ考えている様で、その目線は彼方此方を彷徨っている。

 オグルの家系は教主。一応、伯爵位に準じてはいるが、純粋な貴族ではない為、ルナティシアの言葉の意味がいまいちピンときていないようだ。

 オグルのそんな様子に一瞬だけ苦笑すると、ルナティシアは気持ちを切り替える様に徐々に大きくなる尖塔を真っ直ぐに見据えた。


 * * *


「お呼び立てして申し訳ありません、オークフェル嬢」


 白っぽい灰色を基調とした荘厳でありながら質素な教会本部の奥にある教主室。実務的な机の手前には来客対応用のテーブルと三人掛け用のソファが一つと一人掛け用のソファが二つあり、ルナティシアは今、その三人掛け用のソファに一人で座っていた。

 対面の一人掛け用のソファには、白い豊かなひげを蓄え、教会最高位の証である白をベースにした灰色のローブを着た老齢の男性が座っている。確か、オグルの祖父の筈だ。


 ルナティシアはチラリと、教主室の扉付近に直立しているオグルを見る。

 オグルはルナティシアに対し、『教主様方が詳しい話を聞きたい』と言っていたような気がするが、他の人はどこだろう?


 そんなルナティシアの疑問に気が付いたのか、目の前の教主は少しだけ眉を顰めるとすまなそうに口を開いた。


「本当でしたら、五人の枢機卿達と共にお話を聞きたかったのですが、今は全員立て込んでおりまして……」

「牧師派遣の為でしょうか?」

「はい。皆で動かなければ早目の対応が出来ませんので」


 城の騎士や魔術師達もそうだが、教会側も大変そうだ。

 ルナティシアは内心で同情しながら姿勢を正し、余り時間を取らせるのも申し訳ないと、自分が分かる限りの結界修復情報を伝えた。

 それにいちいち頷き、メモを取りながら、教主が疑問に思った事をルナティシアに問い掛ける。


「結界は、一部が(・・・)綻びた状態だったという事で宜しいですか?」

「はい。まるで服の糸が解れ、一部に穴が開いた様な状態でした」

「そうですか……やはり、誰かが故意に開けたか……」


 最後の言葉は小さくボソッと呟かれた為、独り言だろうと推測したルナティシアは聞こえない振りをする。


「良く解りました。オークフェル嬢、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

「いいえ。お役に立てたのでしたら幸いです」


 ルナティシアと教主は其々に礼をすると、これで話は終わりと立ち上がる。


「では、失礼致しますわ」

「ありがとうございました」

「失礼します」


 早速机に向かう教主に退室の礼をし、ルナティシアとオグルは扉の外に出た。

 廊下に出た途端、空腹を感じる。そんなに話し込んだつもりはなかったが、結構時間が経っていたようだ。


「オークフェル嬢。昼食を準備してありますので、どうぞお召し上がり下さい。その後、学院まで送ります」

「ありがとうございます」


 オグルの好意を素直に受け、ルナティシアは教主室の扉を一瞥した後、先導するオグルの背に従い歩き出した。

サブタイトル 教会も大騒ぎ


お読み頂き、ありがとうございます。

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