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月の花が咲く時  作者: 美緒
第一章 基礎課程1年目 ―12歳―
7/19

7 魔術師ゆえの悩み

拍手、評価、ブクマ等、ありがとうございます。

 騎士団と魔術師団へ行くエリオットと途中で別れ、ルナティシアは王城から公爵家へ戻ろうと人気のない回廊を進んでいた。

 その時ふと、目に光が映り込む。

 視線を向けるとそこは城の東に位置する庭園で、まだ秋には少し早いのに落葉広葉樹が赤や黄色等、様々な色を見せ始めていた。


「今の光は……」


 この庭園の役割を思い出してルナティシアは「ああ」と頷いた。

 ここは樹木のみならず、草花や薬草等の栽培を王宮魔術師達が管理している場所。今の光は庭園内にある薬草栽培のハウスに光が反射したのだろう。

 何となく気分転換したくて、ルナティシアは庭園へと足を踏み入れた。



 一歩外に出ると、中天より西に進んだ柔らかな陽射しが木々の間に穏やかな影を作り、暑い盛りを過ぎた心地良い風が庭園を渡っていた。

 石の歩道をゆっくり歩いていても、騎士や魔術師の派遣準備に忙しいのか、普段なら僅かにある人影が見当たらない。

 王城内にある広い庭園を独り占め。とても贅沢な気分だ。


 今から公爵家(いえ)に帰り制服に着替えても、この時間では授業時間には間に合わない。

 分かり切っている為、急いでも仕方ない。

 景色を楽しむ余裕のなかった冒険や後始末や授業準備に追われたテスト休み等の忙しかった日々から穏やかな日常を取り戻す。

 寮の門限にさえ間に合えば良いのだ。ルナティシアは思う存分散歩を楽しむ事にした。


 均一に植えられた木々や遅咲きの夏の花、早咲きの秋の草等、移ろいゆく狭間の季節でしか味わえない自然のコラボレーションを楽しみながら、奥へ奥へと歩を進める。

 この庭園の配置は、と考えた所で、再び目に光が入る。

 正面には、魔法で強化された硝子で出来たハウス。薬草栽培をしている場所だ。

 魔術師の塔付近にあるハウスとは違い、この東の庭園のハウスは立ち入り制限されていなかった筈。

 少し考え、ルナティシアはハウスの中に入ってみる事にした。



「あ……」


 入った瞬間、目に優しい緑が真っ先に飛び込んでくる。

 薬草畑に屈み込み黙々と手入れしていたその人はルナティシアの呟きに気付くと僅かに薄緑の目を見開き立ち上がった。


「ルナティシア様……」

「ヴィン様?」


 そこに居たのは、つい数日前まで共に冒険をしていた魔術師長子息のヴィン・サージス。学院の制服ではなく、魔術師特有のグレーのローブを身に纏っている。


「どうして薬草ハウス(こちら)に?」

「陛下から呼び出されて王宮に来たのですが、帰る前に少し気分転換がしたくて……」

「そうですか」


 驚いていたのは束の間。ルナティシアの口から理由が述べられるとヴィンの顔から表情が無くなり、落ち着いた佇まいでこちらを見返してきた。

 こんな方だったかしら? と内心首を傾げながら、ルナティシアは言葉を続ける。


「ヴィン様はどうしてこちらに?」

「父に手伝う様言われ、ここ数日王宮に詰めています」

「もしかして派遣の件ですか?」

「そうです」


 やはり隠すような事ではないのだろう。あっさりと頷かれる。


「では、ヴィン様も気分転換でこちらにいらしたのですか?」

「そう、ですね……土いじりをしていると落ち着きますので」


 微かに瞳を揺らめかせ、ヴィンは足元に群生する薬草達を見遣った。

 抜かれた雑草、適度に撒かれた肥料。黙々とこなしていた為、手入れされている面積はかなり広くなっている。

 ふと、目の端に抜かれていない雑草が映り、無意識に手を伸ばし掛け、ヴィンはハッとしたようにルナティシアを見た。


「作業を続けられる様でしたら、わたくし、失礼しますわよ?」

「いえ、大丈夫です」


 僅かに照れ臭そうなヴィンを見て、ルナティシアは微かに口角を上げる。

 何故だろう。一緒に冒険をしたヴィンを漸く見れた気がするのは。


 ルナティシアが地面を見れば、薬草の合間合間に抜かれた雑草があり、入り口付近の一画にそれがまとめて置かれている場所がある。

 屈み込み彼方此方(あちこち)にある雑草を拾い上げると、ヴィンが慌てた様に両手を振った。


「ルナティシア様! 手が汚れます!」

「手なんて、後で洗えば大丈夫でしょう?」


 ルナティシアは気にしないと微笑み、拾い上げた草を入り口付近の雑草置場に運ぶ。

 根に付いている土が零れないよう静かに雑草を置き、再び、薬草の合間にある草に手を伸ばす。

 そんな事を黙々と繰り返していると、ヴィンがチラチラとこちらを見ている事に気が付いた。

 まだ手が汚れる事を気にしているのだろうか。視線だけでヴィンを確認してみる。


「……」


 ルナティシア同様、黙々と作業を進めているのに、その瞳は何か言いたそうな光を宿していた。


「……ヴィン様?」

「あ、はい!」


 呼び掛けると、ビクンッと体を揺らし、ヴィンが立ち上がる。

 そんな彼をジッと見詰め、ルナティシアは真っ直ぐに問い掛けた。


「わたくしに何か聞きたい事でもあるのでしょうか?」

「え、あ、その……」


 図星だったのか、ヴィンの眼差しが彷徨(さまよ)う。

 沈黙のままその顔を凝視していると、意を決した様にヴィンが顔を上げた。


「あの……ルナティシア様は、自分が怖くはないのでしょうか?」

「はい……?」


 思わず数度瞬きし、ヴィンの顔を見返す。自分が怖いってどういう事?


 ……そういえば、ヴィンの一人称が『俺』や『僕』等ではなく『自分』である事を思い出す。という事は、今の問いはヴィン自身を指しているのだろうか。

 そこまで理解して、ルナティシアは首を傾げる。何故ヴィンを怖がらなければならないのだろう?

 ああ、と、今度は違う事を思い出す。そう。ヴィン・サージスの『噂』。


 ヴィン・サージスは魔術師長の嫡男である事以上に、魔術の天才児として有名だ。

 確か学院に入る前に基本属性の火・風・土・水と上位属性の光・闇、そして補助魔法をほぼ全て習得しており、後は回復魔法の上級以上を残すのみ――らしい。

 学院入学前の子供なら、基本属性は中級以上に補助魔法を覚えていれば優秀と言われるのだから、ヴィンがどれだけ規格外か分かる。


 そして、そんな卓越した才能ゆえに、同年代の子供から異端と見做(みな)され距離を置かれやすい。

 今までそれが当たり前だった為、顔色一つ変えず同じ空間に居るルナティシアの存在を不思議に思ったのだろう。


 理解してしまえば『そんな事』と思えてしまい、ルナティシアは手の甲で口元を隠し、つい吹き出してしまう。

 突然笑われ、ヴィンは驚いた様に目を見張った。


「ふふ、申し訳ございません。わたくし、ヴィン様の噂を聞いて、魔術一筋な方だと考えておりましたので、まさか『怖くないのか』と尋ねられるとは思ってもみなくて……」

「え……」


 意外な答えだったのか、ヴィンの目が大きく見開かれる。


「先の冒険で、ヴィン様が、無闇に魔法をお使いになる方では無いと解っております」


 そう。あの課題テストの冒険時、ヴィンは戦闘以外では魔法を使っていない。必要だった事もあるが、ルナティシアの方が結構な頻度で補助魔法を使っていた気がする。

 つまり、必要が無ければ使わないという、最低限のモラルをヴィンはきちんと持っているという事になる。そんな理知的な人間を、何故異端視しなければならないのか。


「ヴィン様は『魔術という力』がどんなものかを分かった上でお使いになっているのでしょう? それをきちんと理解されている方を、どうして怖がる必要があるのでしょうか?」


 大きな力の怖さを理解して使いこなす事は難しい。強い力は持っているだけで人のタガを簡単に外してしまう事があるからだ。

 本来の秩序が崩れた結果起こるのが、何某(なにがし)かの事件か――戦争だ。

 それ故に、『力』――今回は『魔法』だが――は難しい。心の強さすら求められるのだから。


「わたくしは今のヴィン様を『尊敬』はしますが、怖がる事はありませんわ」


 ルナティシアは口元から手を外し、ヴィンに微笑み掛ける。自分の言葉は嘘じゃないと伝える様に。

 その言葉と微笑みに暫し絶句していたヴィンも――


「……ありがとう、ございます……」


 随分経って、ポツリ、呟き。

 本当に嬉しそうに――笑った。

強そうな力の一つが刃物じゃないかな、と思います。

後は自分の持つ力――頭脳だってそうだし、肉体だってそう。

それらを本来の用途とは違う使い方をしたらどうなるか。

本当に、『力』って難しいです。

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