6 大騒ぎ②
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「ルナティシア。私はこれから宰相に会って今後の事を決めてくるよ。先に屋敷に帰り、学院へ戻りなさい」
「はい、お父様」
謁見の間を出て直ぐ、ライオットはルナティシアに声を掛けると、王城内にある政治の中心へと歩き出した。
その背が廊下の奥に消えるのを見届けてから、ルナティシアは城の外に向けて歩き出す。
高位貴族令嬢である為、本来なら警護の騎士か案内のメイドを付けるべきなのだが、幼少期からよく来ていた場所だ。勝手知ったる何とやらで、安全な道筋は熟知している。
躊躇う事無く歩を進めていると、背後で扉が開く音の後、こちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ルナ」
馴染みの声に愛称を呼ばれる。
何故またここで。思わず時間と場所と場合を考えろと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、ルナティシアは振り返った。
そこには、案の定エリオットの姿が。
「殿下御用ですか」
強調される呼び方に、エリオットは僅かに眉を顰めるが、軽く首を振る事で気持ちを切り替え、ルナティシアの隣に並んだ。
「父上に騎士団と魔術師団の様子を見てくるよう言われたんだ。途中まで一緒に行こう」
「……」
深々と吐かれる溜め息。
王城の回廊を王太子と、従姉妹とはいえ女であるルナティシアが並んで歩いていたら何と言われるか。
こんな事が国王の耳に入ったら、また嬉々として婚約話をされるに違いない。
だが……『エリオット』を知る一人として良く分かっている。彼は一度言い出したら聞き入れない性質であると。
諦めて共に行くしかないと、ルナティシアはエリオットと並んで歩き出した。
「叔父上もルナも相変わらず固いな。折角父上がプライベートの謁見の間に呼んだというのに、臣下としての立場を崩そうとしないのだから」
「……父もわたくしも国王陛下に呼ばれたのですから当然ですわ」
「ほら、やっぱり固い」
「……」
くすりと笑うエリオットにルナティシアは小さく嘆息する。公式な呼び出しである以上、固いと言われても困る。
肩の力を抜き、笑いながら隣を歩くエリオットをちらりと見遣り、これは早々に話題を変えた方が良さそうだと、ルナティシアは同行する破目になった当初の会話を呼び起こした。
「そういえば、殿下は何故、騎士団と魔術師団へ行かれるのですか?」
「ああ、結界の綻びの件についてだ」
その答えに首を傾げる。
結界を張ったり、維持や修復を行うのは本来教会の仕事だ。そこに騎士や魔術師が係わる理由が分からない。
ルナティシアの仕草からその思考を正確に読み取ったのか、エリオットが言葉を続ける。
「誰かが結界を故意に壊した可能性があると報告を受けた教会が、国中の街や村に教会員である牧師の派遣を決定した。国としてもその方が良いのは明白で、それなら牧師を守る騎士や魔術師を同行させようという事になったんだ」
特に隠す事でもないのか、至極あっさり語られる内容にルナティシアは考え込む。
確かに、僻地にある村等にも牧師が常駐していれば、結界の修復等を直ぐに行えて良い。
護衛の騎士や魔術師が居れば、仮に魔物に襲われても対処できるだろう。
「シアン?」
そこまで考えた時、エリオットが誰かに呼び掛ける声を聞き思考を中断する。
エリオットの見ている方に視線を向ければ、数日前まで共に冒険をした近衛騎士団団長の子息であるシアンが紙の束を抱えて通り過ぎようとする所だった。
「殿下、オークフェル嬢」
呼び掛けられ気付いたシアンがその場に立ち止り、紙の束を抱え直し騎士の礼を取る。
「何故王城に? 学院はどうした?」
シアンに近付きながらエリオットが問い掛ける。
その問いにシアンは紙の束を少しだけ持ち上げ、苦笑交じりに言った。
「父に、人手が足りないから手伝えと呼び出されました」
「騎士の派遣の件か?」
「はい。本来なら近衛騎士の方までは関係ないのですが、騎士が減る事によって警護や警備に問題があってはならないと、騎士団や兵士団と共に綿密な話し合いが行われています」
兵士団とは城下町や外門の警備、街道の魔物退治等を行っている一団である。
今回の件では騎士が派遣されるという話だったが、どうやら騎士団だけではなく、兵士団に属している騎士も派遣に該当しているようだ。
それならば、人員が減った事によって問題が起きないよう騎士団や兵士団、近衛騎士団が一堂に会し話し合うのも頷ける。
「場所によって派遣する人数を変えるそうで、騎士の出身地や人柄、相性等の情報収集をさせられています」
どこか疲れを含んだシアンの物言いに、エリオットとルナティシアは同情した。
この様子だと、派遣が決定した時から使われていたのが容易に察せられる。三日間のテスト休暇など、有って無かった様なものだろう。
お疲れ様ですと労いながら、ルナティシアはあれ? と首を傾げた。
「シアン様。魔物の種類は調べなくてよろしいのですか?」
「は? 魔物の種類?」
「はい」
ルナティシアは頷くと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「シアン様は騎士の出身地や人柄、相性を調べているとおっしゃっていましたが、派遣される町村の情報も重要だと思います」
「と言いますと?」
「場所によって出没する魔物は違います。この前みたいに、弱いけれど群れで襲ってくる魔物もいれば、とても強い魔物が単体で襲ってくる所もあります。魔物によって派遣する騎士の強さを変えるのも一つの手ではないでしょうか」
「確かに!」
シアンは頷き、少し慌てた様に持っていた紙の束を抱え直す。
「魔物によっては剣より魔法の方が効く物もいる。魔物の種類によっては魔術師を多く派遣した方が効率が良い――こうしてはいられない。この事を早く父上に伝えなければ……! 殿下! オークフェル嬢! オレはこれで失礼させて頂きます!」
言うが早いか脱兎の如く駆け出すシアン。
口をはさむ事が出来なかった二人は、ただただポカンとシアンを見送るしかなかった。
「……シアンの素の話し方はあんな感じなんだな」
「感想がずれてます殿下」
何とはなしに呟き、漸く我に返る二人。
顔を見合わせ苦笑すると、再び歩き出す。
「それにしても、よく魔物の事まで思い付いたな」
「テストの前に、わたくしも色々調べましたので……」
入学式の後、課題テストがあるのは分かっていた。
それ故に、父や母、兄に過去行われた課題を聞き、事前に場所や距離、課題となる物、出て来る可能性のある魔物等、思い付く限り調べた。
父や兄に、そこまで調べなくても大丈夫だと笑われるくらい事細かに調べた。
その経験から、魔物の事も調べた方が良いと考え付いただけだ。
どこか照れくさそうにそう説明するルナティシアに、エリオットも少し笑う。
その笑みを見て、ルナティシアは微かに頬を膨らませエリオットを睨み付ける。
それに対して今度こそはっきり笑い、エリオットはルナティシアを覗き込んだ。
「笑ってすまない。ただ、ルナティシアの慎重な所は全く変わっていないんだと思ったら、自然と笑っていた」
「……数年で変わる訳ありませんわ」
幼少期は共に遊んだ二人だが、八歳位からエリオットが簡単な公務を行う様になり、自然と会わなくなった。
その四年の間に耳に届くルナティシアの評判。流石は公爵令嬢だと褒める者ばかり。
実際に再会したのは、その評判は間違いないと思わせる完璧なご令嬢。
たかが四年。されど四年。
変わってない部分があるなど、どうしても思えなかった。
だが、課題テストで冒険をして、今こうして話をして……四年前まで一緒に居たルナティシアも確かに存在するのだとホッとした。
その安堵が、エリオットの頬を緩ませる。
「殿下」
笑い続けるエリオットに恨みがましそうな瞳を向けるルナティシア。
その所作が更にエリオットを笑わせている事にルナティシアは全く気付かなかった。
サブタイトル 城内は大騒ぎ