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月の花が咲く時  作者: 美緒
第一章 基礎課程1年目 ―12歳―
5/19

5 大騒ぎ①

 王立魔術学院。

 魔力を持つ子供が十二歳から十八歳までの六年間を過ごす全寮制の学び舎。

 最初の三年間は基礎課程と呼ばれ、剣や魔法の使い方、一般教養や歴史、礼儀作法やマナー等、様々な分野を幅広く学ぶ。

 残りの三年間は応用課程と呼ばれ、剣か魔法、もしくは貴族としての在り方のどれかを自分で選択し、その技術と知識を専門的に学び、極めていく。

卒業後は騎士や宮廷魔術師、領主等、其々の進路に分かれる。


 この学院の変わった所は、生徒の多くが貴族であるにも関わらず、年二回、課題と称して成績順に六人編成のチームを組み、生徒のみで冒険させる事にある。

 王族だろうと高位貴族であろうとお構いなし。連綿と受け継がれるこのテストに全ての貴族が理解を示している為、問題は一切ないと言い切れる。

 そして十二歳となり学院へ入学した新入生は、入学式が済んだ途端、入学試験の結果を元にチームを組まれ、翌日から七日間の期限付きで課題テストへと放り出されていた。


 十二歳になったばかりのオークフェル公爵令嬢ルナティシアもまたこのテストを受け、トラブルはあったものの七日以内に帰院し、三日間のテスト休暇を経て、本日から漸く授業開始となる。


 入学式以来十日ぶりとなる白地に臙脂(えんじ)の縁取りをしたロングワンピース風の制服を着込み、鏡に己の姿を映す。

 テストで冒険している間はポニーテールにしていた腰まである癖のない白金の髪は専属侍女の手により二つに分けられ複雑に結い上げられている。

 ジッと鏡を見詰める瞳は深いアメジストを映し込んだ様な紫。肌理(きめ)細やかな肌は白く、紅を差していない桜色の唇がキュッと結ばれ、鏡の中には多くの人が褒め称える美少女が映っていた。

 客観的に見て、誰かを不快にするような格好の不自然さは見当たらない。

 ルナティシアは一つ深呼吸すると、覚悟を決めた様に部屋から出て、学院へと向かった。


 ――筈が。


「ルナティシア!」


 寮を出て直ぐ、ルナティシアは聞き慣れた声に呼び止められ振り返る。

 こちらに駆けてくるのは、薄い金髪に緑の瞳を持つ四歳年上の実兄ギルフェス。慌てた様に近寄ってくると、兄は早口で要件を述べた。


「王宮よりルナティシアに登城するよう呼出状がきたそうだ。馬車を用意しておいたから急いで公爵家(うち)へ戻り着替え、父上と一緒に行ってくれ」

「……王宮からですか」


 嫌な予感しかしないのだけれど……。

 ルナティシアは不吉な言葉を飲み込むと黙って頷き、馬車が用意されている筈の馬車着き場へと駆け出した。



 馬車が公爵家へ着き、ルナティシアが急いで玄関ホールをくぐると、そこには父であるライオット・オークフェル公爵が困った様に立っていた。


「お父様」

「ルナティシア……」


 父に「只今戻りました」と挨拶しながら早足に近寄り、自分と同じ紫の瞳を見上げルナティシアは眉根を寄せる。


「お兄様より、王宮から呼出状がきたと伺いました」

「王宮と言うより、国王陛下からなのだが……私とルナティシアに来るよう書いてあった」

「陛下から、ですか……」

「そうだ。陛下から(・・・・)だ」

「……」

「……」


 父娘揃ってフッと苦笑を零し、ルナティシアがぼそりと呟く。


「わたくし……何故かとても行きたくありませんわ」

「偶然だね。私もだよ」


 再び、同時に溜め息を足元に落とすと、ルナティシアは「着替えてきます」と自室に戻り、ライオットはそれを諦めの滲んだ顔で見送った。



 ファーチェスタ王国の首都にある王城は、要塞としての役目は持っておらず、主に来賓等のもてなしに用いられる為、絢爛豪華な造りとなっている。

 城は通称『白亜宮』と呼ばれ、真っ白は壁面は、昼間は日の光を反射しその荘厳さを際立たせ、夜間は月光と星光を弾き幻想的な姿を見せ、王都の民にとって権力の象徴であり誇りでもあった。


 そんな王城に着いたルナティシアとライオットは、近衛騎士に先導され城内を歩いていた。

 城の中心へと進んでいる事から謁見の間にでも向かっているのだろうか。ルナティシアはそう当たりを付け、自分をエスコートする父を見上げる。


 ルナティシアの父であるライオット・オークフェルは、現王の実弟であり、王太子のエリオット、第二王子のエリファスに続き、第三王位継承権を持つ。これは国王がライオットの継承権放棄を頑なに認めなかった為である。

 その結果ライオットは、臣下である筈のオークフェル公爵家当主と王族という、本来なら有り得ない二足の草鞋を履く破目になっていた。

 一部では、王が継承権放棄を認めなかったのはただの個人的我儘と有名で、「賢王なのに……これだから弟馬鹿は……」と呆れた溜め息を零されている。これはある意味その一部での公然の秘密(・・・・・)というやつであった。


 王城の窓から差し込む光により兄と同じ薄い色彩の父の金髪が輝くのを見ながら、ルナティシアはぼんやり考える。

 父と共に呼び出し。学院もあるというのに陛下は一体何を話されるのだろう。

 この間、殿下が報告した魔物除けの結界について? それなら、父も呼び出すのは可笑しいし……。

 結局、何の答えも出ぬまま、ルナティシア達父娘は国王陛下の待つ『私的謁見の間』に辿り着くのであった。


 公式な謁見の間と違い私的というだけあって、部屋の広さは上級貴族の邸宅にある応接間より若干広い程度。

 そこに一点ものと思われるソファセットが中央に置かれ、上座に国王、次席にエリオットが座っている。


「お呼びと伺い参りました。オークフェル公爵ライオットです」

「ルナティシアです。御機嫌よう、陛下」

「うむ。良く来てくれた」


 平等な治世を敷く賢王と名高い金髪碧眼の国王ゼオハルト・サージュディオは鷹揚に頷くと、入室した二人に座るよう促す。

 一礼して二人が座ると、ゼオハルトは早速口を開いた。


「数日前にエリオットから報告があった魔物除け結界の綻びについてだが、報告を受けたその日のうちに各領へ至急調べるよう通達を出した。ライオット。宰相と共にその報告をまとめる作業を頼む」

「承りました」


 ああ、この命令の為に父は呼ばれたのですね。

 内心で納得していると、それまでライオットを見ていたゼオハルトの目がルナティシアを捉える。


「他の場所に結界の綻びがある可能性に気付いたのはルナティシアだと報告を受けている。時間を置かず指示を飛ばせ助かった」

「恐れ入ります」

「うむうむ。流石は我が姪っ子だ!」

「「「……」」」


 始まった……と、ゼオハルト以外の三人の心の声が重なる。

 王家の血筋内での秘密(?)。弟馬鹿な国王は、実は弟一家(・・・)馬鹿だった。何かというと実子より甥姪を褒める。しかも身内しかいない時を狙っている様なので始末に負えない。無駄な所で賢さを発揮する。

 早く遮ってとルナティシアはライオットを見るが、ライオットは肩を竦めるだけ。エリオットに至っては視線を合わせるのを徹底的に避ける。

 こうなると……甘んじてべた褒め攻撃を受けるしかない。


 幼少から可愛かったが更に可愛くなった。……身内の贔屓目が多分に含まれております。

 成績優秀で鼻が高い。……父が言うならまだ分かるのですが!?

 気が利く娘で嬉しい。……何を指してそういわれているのやら、等々。

 よくそれだけ褒め言葉が出てきますねと言いたいくらい立て続け。


「こんなにも良く出来た令嬢は他に出せん! ルナティシア。エリオットと婚約しようじゃないか!」


 またですか……。


 疲れてきた頃に落とされる定番の一撃。

 第一王女(エリオットの三歳上の姉)と甥のギルフェス、エリオットとルナティシアの婚約話。全員(親も含め)耳たこ状態。

 国王はどうしても弟一家を他にやりたくないようです。


「お、恐れながら陛下……」

「うん?」


 疲れを一切見せず、完璧な令嬢スマイルでゼオハルトを見るルナティシア。

 この精神攻撃。これで最後にする言葉はないかと探す。


「大変ありがたいお言葉ではありますが、辞退させて頂きます」

「む」


 今まで使っていない辞退の言葉(いいわけ)を探すが既にネタ切れ状態。どうしよう。


「……現在の我が国は陛下の御世の元、確実な発展を遂げております。殿下には盤石な治世が望まれ、それを支えるのは殿下と真に心通じ合わせる方こそ必要と思われます。それを考えますと、わたくしでは分不相応ですので、謹んで辞退申し上げます」


(内心冷や汗ものではあるが)言い切った。

 ハラハラしながらゼオハルトの言葉を待つルナティシアの耳に、小さな溜め息が聞こえてきた。


「また振られてしまったぞ、エリオット」

「……父上……」

「まあ良い。ルナティシアに無理強いするつもりはない」


 この一言が出てくれば一安心。父と娘は視線を交わし、軽く微笑み合う。


 ルナティシアはふと視線を感じ目を上げる。見ていたのはエリオットだった。視線だけで会話する。


『上手く逃げられたな』

『何とかね』

『まあ、頑張って逃げるんだな』

『……エリオット。何の為にここに居たの』

『う……』


 婚約話の為にゼオハルトが同席させたのは一目瞭然。

 それなのに、(二重の意味で)役に立たなかったエリオットはがっくり項垂れる。

 そんな彼を残し、ライオット、ルナティシア父娘はゼオハルトに退出の礼をすると、優雅に部屋を後にした。


 ――魔獣除け結界の話(メイン)より姪っ子賛辞(サブ)の方が長い謁見という名のご機嫌窺いは、こうして終わるのであった。

サブタイトル 王様が大騒ぎ(通常営業)

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