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月の花が咲く時  作者: 美緒
第一章 基礎課程1年目 ―12歳―
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4 旅の三日目

「そうだな。それが良いだろう」


 宿の食堂で朝食をとりながらの打合せ。

 眠る前に考えていた事をルナティシアが口にすると、エリオットがあっさりと同意を示した。


「学院から出された課題も大切ではありますが、原因不明の結界の綻びを放っておく訳にはいきませんからね」


 国と教会に報告しなければいけませんし、と、オグルが微かに苦笑を滲ませる。原因不明のまま報告したら父に何を言われるか……。

 正直過ぎる呟きは聞かなかった事にし、ルナティシアはシアン、ライト、ヴィンに視線を向ける。彼等も――若干呆れた様な顔をしていたのは見なかった事にしておくべきだろう――心得た様に頷く。


「オレ達は先に採取地に向かいます。用事が済んだら合流して下さい」

「もし日が暮れそうな頃になっても合流しなかった場合、村に戻って来ます」

「ああ、それで良い」


 シアンの確認とライトの提案にエリオットが頷き、今日の行動が決定した。


 * * *


 シアン、ライト、ヴィンを採取地へ送り出した後、エリオットは村長と教会に、ルナティシアとオグルの二人は手分けして村人に、魔物が出てきた経緯を聞いて回った。

 その結果、畑仕事も終わり家路に着く頃、突然魔物が村を襲ってきた事が分かった。


 突然の襲来。混乱の中鳴らされる警鐘。逃げ惑う事しか出来ない村人達。そこに遣って来たルナティシア達の誘導に従い、教会に避難した。

 何が起こっているのか、どこから魔物が出てきたのかも分からない。固まって震えている時、響いてきた轟音に体を強張らせる。怖い怖い怖い。それ以外の感情は浮かびもしない。

 時間の感覚などなかった。軋む音と共に開く教会の扉。差し込んできた月明かりから響く、もう大丈夫、魔物は倒したという言葉。本当に安堵した。教会の祭壇に向かい、自分の、村人達の無事を神に感謝した。その後、どうやって家に帰ったか覚えていない。村人達は口を揃えてそう言った。


「情報なしか」


 溜め息と共に呟かれ、ルナティシアとオグルは苦笑するしかない。言葉にはしなくとも、二人共感想は同じだったからだ。

 結界が綻んだ時期もそうだが、出来れば知りたかった『魔物は結界の綻びから入って来たのか』すらも分からなかった。

 繰り返される言葉に辟易しながら話を聞いて回った時間は何だったのか。


「情報がなかったものは仕方ありません。結界を修復した場所に向かいましょう」


 早々に切り替え、ルナティシアが提案する。


「そうだな。せめて、何故結界が綻んだのか位は突き止めないと」


 話しながら三人は昨日魔物と戦闘した場所に来る。昨夜のうちに魔物の死体はひとまとめに燃やし、血の痕跡は魔法で浄化している為、戦闘の名残は欠片もない。

 それを横目に、ルナティシアは先導する様に村境へ向かう。結界を修復した場所は自分の魔力が目印となっている為感覚で分かる。似たような風景しか広がっていても見付けられる。

 結界修復の為必死になって走った場所を今日は歩いて進む。周囲を見渡してみると、昨日は暗くて判別が付かなかったこの場所には畑が広がっている。ここからの帰りなのだろうか。魔物に襲われたのは。

 そんな事を思いながら畑を通り過ぎ、手入れのされていない草地を乗り越え、奥にある林の少し手前まで進む。そこが村境だ。


「ここですわ」


 何もない空中。そこにルナティシアの手が伸び、何かを撫でる様に上下する。見える者には分かる。そこに魔物除けの結界がある事が。

 早速、結界に詳しいオグルが近付く。ルナティシアはオグルに場所を譲る様に村側へと数歩戻る。エリオットの隣に並び、地面や結界をじっくり見始めたオグルを大人しく待つ。勿論、周囲にしっかり目を向け、何か見落としていないか確認する事は忘れない。

 そうして周囲を見ていたルナティシアは、エリオットが腕を組み、何事か考え込んでいる事に気が付いた。気になる事でもあるのかしらと、余り気にせずオグルに視線を戻した途端。ポンッと肩を叩かれた。


「なあ、ルナ……」


 ここでその呼び方ですの!?


 肩を叩く事といい、愛称を呼ぶ事といい、エリオットは何を考えているのやら。

 思わずジト目になりながらエリオットを見る。彼はそんなルナティシアに気付く事無く、彼女の肩に手を置いたまま考えに(ふけ)っていた。


「あの魔物に、結界の僅かな綻びを見付け出し、通り抜けるような事が出来ると思うか?」


 エリオットの気になっている事が分かり、ルナティシアのジト目が呆れたものに変化する。

 一度何かが気になりだすと、普段被っている王子として、王太子としての猫がどこかに行ってしまう癖は変わっていないようだ。

 慣れというのは恐ろしいもの。指摘するのを諦め、普段通りに(・・・・・)答える。


「無理ですわね。群れで行動するあの魔物の知能が高くないのは実証済みですわ」

「では、何故魔物が村に?」

「可能性は三つですわね。一つ目は偶然。二つ目はエサとなる物の臭いを嗅ぎ分けて。三つ目は……『誰かが意図的に入れた』でしょうか」

「お前……言い難い事をはっきり言うなよ」

「可能性がある以上、(はぶ)く事は出来ませんわ」


 そこで(ようや)くエリオットが顔を上げ、ルナティシアを嫌そうに見据えた。


「その話し方……背中がむず(がゆ)くなる」

「……殿下(・・)、場所を(わきま)えて下さい」

「二人しか居ないのに気取ってどうする」

「…………オグル様が居りますわ」

「……ぁ……」


 本気で忘れていたようだ。エリオットが気まずそうに結界を調べているオグルに視線を向ける。

 ルナティシアもオグルを見遣ると、二人の視線を感じたのかオグルが振り返り――にっこりという擬音が聞こえてきそうな程の満面の笑みを浮かべ。


「僕は何も見てません。聞いていません」


 きっぱり言い切り、再び結界へと向き直る。

 その態度と言葉に、エリオットは苦笑いをもらし、ルナティシアは深々と嘆息しながら首を振ったのだった。


 * * *


「現状で判った事が幾つかあります」


 結界を調べ終え戻って来たオグルは開口一番そう言うと、不快そうに眉を(しか)めた。

 その様子に、エリオットとルナティシアはハッと息を飲み、無言で続きを促した。


「まず魔物ですが、ここから侵入した、という事で間違いありません。無数の『新しい魔物の足跡で』地面が荒れていました」


 二人が黙って頷く。それを確認し、オグルは続ける。


「結界の綻びですが……調べた結果、結界を張った者とも修復したオークフェル嬢とも違う、第三の魔力(・・・・・)を検知しました。何者かが態と結界を壊したと思われます」

「そう、か……」


 溜め息と共にエリオットが声を絞り出す。

 その可能性がある事は分かっていた。だが、出来ればその可能性だけは外れてほしいとも思っていた。意図的に村の安全を(おびや)かすなど……国家に対する挑戦、もしくは反逆だ。

 偶然にもこの地に戦える者、結界を修復出来る者が来なければ、最悪、村は全滅していただろう。そんな有り得た未来に寒気がする。


「殿下、オグル様」


 ルナティシアの毅然(きぜん)とした声が二人を呼ぶ。


「学院に戻りましたら、陛下と教会に『全ての街や村の結界を調べ直す』よう進言して下さい。この村と『同じ事が起こっていないとは限りません』」


 エリオットとオグルが慌てた様にルナティシアを見る。ルナティシアの瞳は揺らぐ事無く真っ直ぐに二人を見詰めていた。

 エリオットが決然と頷く。


「そうだな。戻り次第、直ぐに」


 それに頷き返し、ルナティシアは太陽の位置を確認する。結構時間が経ったように感じていたが、まだ午前中のようだ。


「時間に余裕がありますので、急いでシアン様達に合流し、調べた結果を報せましょう」

「そうですね。急ぎましょう」


 オグルの言葉と同時に三人は駆け出す。採取地まで数時間かかるのは分かっているが、少しでも早く合流したい。

 (はや)る気持ちを抑えながら、エリオットはルナティシアの隣を並走する。


「……結界の可能性に直ぐ思い至るとは、ルナも頼もしくなったものだ」


 その賛辞に、ルナティシアはふふっと笑い。


「女性の方が精神的な成長は早いと言いますし」


 そう、茶目っ気たっぷりに返すと、「それは意味が違うだろう」と何故か楽しそうに突っ込まれた。



 ――その後。


 六人は昼過ぎに採取地にて合流を果たし、結界の調査結果の情報を共有し、今後の事を話し合い、少しだけ全員で薬草を採取した後村へ戻り体を休め。

 翌日。まだ夜が明けたばかりの早い時間に村を発つと、大急ぎで王都へと戻り。テスト最終日に学園へ着くと、村での出来事と調査結果を学院と国、教会に報告したのだった。

取り敢えず、これで課題の冒険は終了です。

次話からは学園生活スタート(?)です。

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