3 旅の二日目②
戦闘シーンですが……文才がないので軽いです。
夕空に響き渡る鐘の音。
何が起こったのだと顔を見合わせた六人は一斉に駆け出し、大急ぎで村の中に飛び込む。そこで見たのは十数匹の魔物。群れで襲ってくる種類の魔物で、大した強さではないが甘く見れば被害が出てしまう。
エリオット、シアン、ライトが素早く剣を抜き、手近な魔物へと斬り掛かる。ルナティシア、オグルが三人に対し補助魔法を掛け、ヴィンは攻撃魔法を村人へ襲い掛かろうとしていた魔物に躊躇いなくぶつけた。
「オグル様。わたくし、村人の避難誘導に回りますわ」
「分かりました。殿下方の補助はお任せ下さい」
一言声を掛け、ルナティシアは村人へと駆け寄る。テスト期間中、男性と同じパンツスタイルで行動すると決めて良かったと今更ながらに思う。普段通りのドレスだと緊急時に走るなど出来ない。
ヴィンの魔法により倒れた魔物を震えながら見ている村人の近くに辿り着くと、ルナティシアは努めて優しく労る様に声を掛けた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「は、はい……だい、大丈夫、です」
震えながらもはっきりした返答にホッとする。近付いて分かったが村人は女性だったようだ。庇う様に背後に小さな子供もいる。
チラッと戦場を見れば、五人が善戦していた。流石は成績優秀者達と言うべきだろう。だが、数の差が大きいのか戦い難そうだ。早く彼等のフォローに入りたい。
ルナティシアは女性と子供の手を取るとこの場から離れるよう促す。
「この村で最も強固な建物はどこですか?」
「え、その……村の中央にある教会、でしょうか……」
「そうですか……では、村人全員、そこに避難して下さい。其々の家に立てこもられては守り難いです」
「分かりました。皆に声を掛けます」
この村は学院の課題で良く使われるのだろう。ルナティシアが子供であるにも関わらず、村人は彼女の言葉に反発する事無く素直に従ってくれる。
学院と村の間にある信頼関係に感謝しつつ、ルナティシアは再び駆け出す。右往左往する村人達に教会へ避難するよう伝えるために。
* * *
「炎よ!」
ヴィンの放った初級魔法により動きを止めた魔物をライトが斬り伏せる。魔物は血の海の中に倒れ込むと小さく痙攣し、直ぐに動かなくなった。
最初十数匹いた魔物は五人の活躍により半分まで減ってきている。だが……今日一日急いで移動してきた疲労が一気に押し寄せ、既に体力は限界を迎え始めていた。
それに加え、太陽は徐々に沈み、辺りには闇が少しずつ忍び寄ってきている。完全に沈んでしまえば視界は制限され、討伐も難しくなってしまう。もう余り時間が残されていないのは明らか。
「流石に、キツイな」
流れる汗を手で拭いエリオットが呟く。それに対し、全員が黙って頷く。息が上がって返事をするのも億劫になってきている。
「――風よ!」
オグルの放った初級魔法により足止めが成功し、シアンが素早く斬り倒す。単純な動作だが疲れの所為か剣を振る動きに無駄と隙が目立つようになってきた。それを自覚はしているが、既に意識して直せる体力はない。
現在の彼等は、呪文詠唱を必要としない初級魔法で魔物の足を止め、剣で止めを刺す方法を取りながら一体一体を倒していた。
本当ならきちんと呪文を唱え中級魔法もしくは上級魔法で一網打尽にしてしまいたい。
だが、ここは村の中だ。何処に人が居るか判らない。強力な攻撃魔法で巻き添えにしたら大変な事になってしまう。その為、疲れるのは分かっているが地道に一体ずつ倒していくしかないのだ。
それに――本来なら村等の人が住む領域には、魔物除けの結界が村の周囲に張り巡らせてある筈だ。それなのに、これ程の数の魔物が村の中に入ってきている。となれば、結界に何かあったか、結界の要に何かがあり結界が砕け散った可能性が考えられる。
もし結界に何かあったのなら、全ての魔物を倒すと同時に修復を施さなければ、血の匂いに引かれ違う魔物が遣って来てしまう。
万が一、結界の要に何かあったのなら……全員で協力し、新たな要を作り結界を張り直さなければならない。その際、使う魔力は膨大になる。その可能性が僅かでもある以上、数は多いが弱い部類に入る魔物相手に魔力を使い過ぎて疲弊する訳いかない。
それに新たな結界を張っている間に違う魔物が遣って来てしまったら……被害は更に大きくなるだろう。
相談した訳ではないが、彼等はその可能性を自然と導き出し、現状をしっかり把握しながら戦闘していた。流石は若くとも優秀な者達と言えるだろう。
この状態を打破する為に必要なのは『情報』。そう今の彼等は――村人を避難させる為この場を離れたルナティシアの情報待ちをしているのだ。
彼女ならきっと必要な情報を持ち帰ってくれる筈。ただ只管それを信じて戦っていた。
「――彼の者を癒したまえ――回復!!」
軽い足音と共に響く凛とした声。建物の影から飛び出すと同時に治癒魔法を五人に施したのはルナティシア。
「要は無事です! 日が沈み切る前に終わらせましょう!!」
――その言葉を待っていた。
疲れていた体に力が戻り、五人の口元には思わず笑みが浮かぶ。
エリオット、シアン、ライトがサッと前に飛び出し、魔物を牽制する様に剣を横一閃に薙ぎ払い、オグル、ヴィンが魔物を一撃で沈められるだろう中級または上級魔法の詠唱に入る。
ルナティシアも自分の武器――小剣を手に魔物へ近付き、斬り付けると同時に奥へ駆け出した。
「一番元気なわたくしが結界の修復に向かいます! 皆様、ここはお願い致します」
返事を聞く事無く、ルナティシアの背中が魔物の後方に消えていく。
それを見送り、エリオットが再び剣を一閃させた。
「――残り僅かだ! 一気に方付けるぞっ!!」
「「はいっ!」」
シアン、ライトがそれに応え剣を振り、呪文詠唱中のオグルとヴィンは頷く事で応える。
先程まで充満していた疲れた様な空気は、既に欠片もなかった。
* * *
魔物除けの結界が張られている村境へルナティシアは辿り着いていた。
魔物の血の匂いに惹かれ新たな魔物が村を襲う前に結界の修復を終わらせなければならない。焦りそうになる心を叱咤し、ルナティシアは目を凝らして結界の綻びを探す。
(どこ――?)
口では既に結界修復の為の呪文を唱え始めている。余計な言葉は呪文の失敗を引き起こす為話せない。
(あった! あそこ!)
漸く見付けたその瞬間。後方から轟音と熱波が襲ってきた。きっと魔物を全て倒したのだろう。そう考え、ルナティシアは結界の綻びに向かい駆け出す。修復さえ終わればこの緊張状態から抜け出せる。
糸が解れ、重なっていた布がずれ空間が開いてしまった状態の結界。布を再び重ね合わせる様に横から引っ張った結界の一部を開いた空間の上に移動させ、縫い付けるための呪文を唱える。
「結界修復!」
力ある言葉と共に解れていた結界の糸が縫い合わさり、輝きながら元の状態に戻っていく。
光が収束して後、ルナティシアは結界に触れ、他の綻びが無いか確認してみる。異常は――ない。魔物除けの結界は盤石のようだ。
ホッと息を付き、笑う。良かった。大きな被害が出る事態は免れられた。
ルナティシアはもう一度だけ結界を確認すると、疲れて座り込んでいるであろう仲間の元へ駆け足で戻っていった。
* * *
暫くの間ざわざわと落ち着かなかった村の中も、夜がかなり更けた頃、静寂を取り戻していた。
魔物の死体の後始末や村人への説明、宿泊場所の確保、食事等々。慌ただしく動き回っていたルナティシア達六人も、今は其々が借りた宿の一室に引き上げ、落ち着いていた。
簡易なテーブルの上に荷物を置き、木でできた質素なベッドに腰掛けゴロンと横になってみる。ふわりと香るお日様の匂いに笑みが浮かぶ。今日一日が本当に『終わった』と感じた瞬間だった。
だらしない格好だと分かってはいるが、そのまま寝返りを打ち仰向けになり、片腕で目を覆う。
明日は薬草の採取に向かわなければ期間内に学院へは戻れない。だが……何故結界が壊れたか調べないと同じ事がまた起こってしまう可能性がある。
貴族の義務。特権階級にいる以上、自分の領地ではなくとも人を守らなければならない。
「明日は……二手に分かれなければいけませんわね」
結界の調査に関しては……王の代理でエリオット、結界魔法に詳しいであろうオグル、結界を修復したルナティシアが適任だろう。シアン、ライト、ヴィンには悪いが採取に行ってもらい、結界の調査が終わり次第合流する事にしよう。
そんな事を考えているうちに一日の疲れが急激に押し寄せてきたのを自覚し、ルナティシアは掛け布を手繰り寄せると、あっという間に夢すら見る事の無い深い眠りへと落ちていった。