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月の花が咲く時  作者: 美緒
第一章 基礎課程1年目 ―12歳―
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1 旅の一日目

 木立が続く街道の一画。少し開けた場所から夜陰に溶け込む赤がチラチラと熱を放っている。

 その炎を囲み、十代前半の子供が六人座り込んでいた。


「ルナティシア嬢? 聞いているのか?」


 呼び掛けに、それまで炎を何となく眺めていたルナティシアはハッとしたように声を掛けてきた人物に視線を向ける。

 炎を受けて輝く金色の髪から除く碧眼でルナティシアを訝しげに見ているのは、現在行われているテスト中の仲間であり、この国の王太子エリオット・サージュディオ。慌てて居住まいを正し、一言一言に気を遣いながら口を開いた。


「申し訳御座いません、殿下。少し集中が途切れてしまいました」

「男ばかりの中に女性が一人。疲れたのでしょう」


 炎に薪をくべながら穏やかに口を挟んだのは、国教であるロード教の教主の子息オグル・マルサー。柔らかそうな茶色の髪から除く蒼い瞳は言葉と同じくらい穏やかだ。彼に対しルナティシアが軽く頭を下げると、エリオットはやれやれと言わんばかりに自分の隣に座る残りの仲間三人に声を掛けた。


「ライト、ヴィン、シアン。最初から方針を整理し直すぞ」

「「「はい、殿下」」」


 エリオットの声に応え、学院から配布されている地図を全員に見えるよう開き直したのは、近衛騎士団団長子息であるシアン・ハードン。炎と闇を受け暗く沈む灰色の髪から除く同色の瞳で全員を見渡し、彼は地図上の一点を示す。

 ルナティシアはそれを真剣に見詰め、ゆっくりと頷く。


「現在地より二日ほど東に行った場所にある平原。そこから薬草を採取してくるのが、我々に出された学院からの課題です。薬草はこの地でしか採取できない物なので誤魔化そうとしても無駄です」

「そんな低レベルな行為、何故やらなければならない」


 端的に嫌悪感を顕わしたのは、伯爵家の次男であるライト・オーキッド。炎でキラキラ輝く銀色の髪から見える真紅の瞳は本気で嫌そうに眇められていた。


「例えに態々噛みつかないで頂きたい」


 シアンはしれっと言葉を躱すと、目的地を示していた指を西側にずらす。


「平原から数時間くらいの距離に村があるので、明日中にここへ辿り着ければ、採取の効率も上がり、野宿も避けられます」

「テスト期間は七日間。一日を採取に使っても、村にもう一泊して戻ってくる余裕がありますね」


 考え考え口を開いたのは、魔術師団団長子息のヴィン・サージス。炎を受けた薄緑の瞳は理知的な光を発している。ヴィンは緑の髪を掻き上げながらエリオットに目を向け、最終確認の言葉を投げ掛けた。


「明日は少し進むペースを上げ、村に辿り着くのを目標にしてもよろしいでしょうか、殿下」

「私はそれで構わない。村に入れれば、ゆっくり体を休める事が出来るからな」


 どうだと言わんばかりにエリオットの瞳が全員を見渡す。其々が同意するように頷くのを確認すると、エリオットは鷹揚に頷いた。


「今日は早目に休むとしよう。疲れが残っていては、明日の行軍に差し障りが出る」


 まるで軍隊の様と思いながらもルナティシアは頷き、ゆったりと立ち上がった。


「それでは、魔物除けの結界はわたくしが張りますわ」

「僕も手伝いますよ、オークフェル嬢」


 さっと立ち上がったオグルと手分けして、木立と休憩場所の境界に魔術で印を施していく。決められた数の印を施し、最後にそれを繋げれば、術者に応じた魔物除けの結界が築かれる。

 補助系魔法に秀でているオグルとルナティシアの張った結界は、明日の朝その役目を終える時まで、付近に存在するであろう魔物は近付く事すら出来ない強固なものだった。

 魔術の苦手なシアンは強度の高い結界に少しだけ落ち込みつつ、炎の脇に積まれている薪を視界に捉え立ち上がった。


「朝使う分の薪が足りない可能性があるので拾ってきます」

「手分けした方が早いだろう。俺も行く」


 剣を腰に差しライトが立ち上がる。

 シアンがそれに対し頷くと、二人は連れ立って木立の奥へと足を進めた。


「火の番は自分がしますので、殿下は先にお休み下さい」

「そうか。任せる」

「はい」


 ヴィンが答えると同時、エリオットは自分の荷物を枕にして、剥き出しの地面を気にする素振りも見せずその場に寝転ぶ。程なくして、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 何て寝付きが良いのだろうと若干苦笑しながらエリオットを見ていたルナティシアは、自分に注がれる二対の瞳に気が付き顔を上げる。見ていたのは、ここに残っているオグルとヴィン。


「ルナティシア様もお休み下さい。明日は強行軍になりますので」

「火の番については僕達に任せて下さい」


 二人の言葉にルナティシアは微かに考え込む。確かに、体力のない自分が無理に火の番などをして翌日に支障を来したら迷惑するのは彼等だ。無事にこのテストを乗り切る為にも、その時その時で最良の選択をしなければならない。

 ルナティシアは頷くと、オグルとヴィンの目を真っ直ぐ見詰めた。


「お言葉に甘えさせて頂きますわ。お二人も、無理はなさらないで下さいね」


 オグルが微かに笑い、ヴィンが頷くのを確認し、ルナティシアは荷物から取り出した薄手の布を体に巻き付け、エリオットと同じ様に荷物を枕にしてその場に寝転ぶ。公爵令嬢として普段は快適な寝具で体を休めている身ではあるが、寝られない程でもない。それに、眠ってしまえば気にもならないだろう。

 ルナティシアは瞳を閉じゆっくり息を吐き出すと、自分に睡眠の魔法を掛ける。徐々に沈んでいく意識の中で最後に聞いたのは、戻って来たのであろうシアンとライトの足音だった。


 * * *


 ここファーチェスタ王国は王制を敷き、貴族や平民などの身分制度があり、剣や魔法等のファンタジーな言葉が普通に存在する、それなりに平和な王国である。魔物が出たり、近隣の国が緊張状態でなければ、『それなり』が『かなり』になるのだが、無いものねだりをしても仕方がない。


 この国では、魔力を持つ子供達が十二歳を迎えると、王立魔術学院に通う決まりがある。十八歳までの六年間を半分に分け、最初の三年間を基礎課程。残りの三年間を応用課程と呼んでいる。

 学院の生徒となる魔力を持つ子供の九十九パーセントが貴族で、残りの一パーセントは偶然魔力を持ってしまった平民の子供だ。そんな生徒比率の為か、授業の内容は一般教養や歴史、貴族としての礼儀作法やマナー等が多いが、剣や魔法の使い方にもかなり重点を置いており、年に二回テストと称して成績順にチームを組み、野外活動が行われている。

 今回ルナティシア達が地位に見合わず地面に寝転んでいたりするのも、このテストの所為だ。


 学院に入学したばかりの甘ったれだと思われる貴族の子息や令嬢達がどれほどのものか見極める為に行われるこのテストは、入学試験の筆記や剣・魔法による実技の成績を基に男女関係なく六人編成のチームが組まれた。

 各チーム毎に課題が出され、定められた期間内にクリア出来るかどうか、実践に於いてどのように行動し、仲間で助け合えるかどうか。それを後方からこっそりついてくる監督官たる先生が見極める事になっている。途中何事か起きても、この先生が助けるので一応安全ではある(その際、クリア出来なかったという扱いにはなるが)。


 そんな事とは知らないルナティシア達。

 出発前に渡された食糧等が入った荷物を背負い、使い慣れた武具を装備し、課題として出された薬草採取の為、只管(ひたすら)てくてくてくてく目的地に向かい街道を歩く。馬車や馬等の交通手段を使わないのは、使ってはいけないという決まりの為だ。

 良家の出である彼等から文句は出たが、国王陛下から許可は貰っていると言われてしまえばそれ以上は何も言えない。渋々ながらも従い、現在に至る。


 そんな訳で、身分的には護衛がいない方がおかしすぎる六人が、学院のある王都から離れ、子供の足でおよそ三日の距離にある薬草採取地に向けて、表向きは子供だけの旅を続けているのであった。

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