自殺志願者と享楽主義者
はぁ、、死にたい。
わたしこと、邦弘千代子は自殺志願者なのだろう。
日がな一日、死にたい死にたいとしか考えれないのだから。
「どうして死にたいんだ?」
「人生をゲームと考えてみて?
楽しさの総量よりも、それと対極の総量が多ければ、それは死にたくなるのも、理路整然とした、当然の帰結でしょ?」
この男性は秋野怜治、わたしを殺してくれる、”予定”の人だ。
出会いは酷い運命の偶然だった。
屋上で死のうかどうか、迷っているときに、給水塔の影でわたしを見ていたのだ。
そんな漫画とか小説で、ありきたりの出会い方をした。
その場で少し話して、ある契約をした。
「それで? 何時わたしを殺してくれるの?」
「俺を満足させてくれたらな」
「焦らし過ぎると、わたしは家族の事なんて気にせず、勝手に自殺してしまうかもしれないわよ」
わたしは自殺したい。
でも、誰にも迷惑を掛けたくない、そういう想いはある。
わたしが自殺すれば、残された家族は世間から白い目で見られるだろう、それは出来るなら避けたい。
わたしが死にたいのは、別に家族の所為でもなく、全ての責任を押し付けられるのは自分自身だけなのだ。
「あなた、わたしを殺したくないの?」
「そうだな、死にたいのなら、殺してあげても悪くない。
ヤり方次第では、享楽的にできそうだしな」
この男性は、自己を享楽主義者と定義づけている。
人生を積極的に楽しむ、実際楽しめる、わたしとは全く違う、共感も同情も難しい。
「ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「警察に捕まるのは、貴方にとって楽しいことなの?
客観的に考えて、あまり楽しい事とは、思えないのだけれど」
「なるほどね、確かに捕まらないに越したことはない、当然だ。
俺的に、罪を犯すのは、別に悪いことじゃないが、それが社会にばれて捕まるのは悪いことだ」
「それじゃ、わたしを殺してくれないの?」
多少剣呑な感じで言い、じっと見据えた。
わたしと向き合う男性は、面白そうにわたしを見てくる。
「いや、殺すがな。
だいたい第一に、楽しさの為なら、俺は多少のリスクは厭わないし、場合によっては一顧だにしない、気にしない。
シンプルに言えば、全ての事象、要素を客観で俯瞰し、長期的に見たリスクとリターンに適えば、何でもやるんだよ。
それに、今回は殺される対象の君が、殺す俺に協力的だ。
それならリスクを大幅に減らし、運が良ければ零にすらなる、そうなればリターンだけを得られるうまい話ってわけだよ」
なるほど、それにしても、、。
「”今回”って、貴方は前にも、人を殺したことがあるの?」
「当然だろ、頭の中ではもう数え切れないほどの人間を殺してるよ。
つまりは、沢山のパターンをシミュレーションしてるってわけだ、その意味での今回だ」
「貴方なら、他人の隙をついて、既に何人も殺しているかと思ったわ」
「心外だな、俺はそこまで外道じゃないし。
それに享楽主義者も単純じゃないんだ、何も考えないよりは、いろいろと良く考えた方がいい。
一過性の感情で人を殺せば、その後の人生が楽しめなくなるんだ。
まあ、簡単に人をやめるのはどうかって話だ。
良心や自尊心は意外と重要だ、人生を最大限楽しむためにはな。
あぁ、おっと、君のような自殺志願者には、難しい話題だったかな?」
こちらを馬鹿にしたように見てくる。
わたしは何も感じない、そうだろう?
「嘘つきなさい、あなたは絶対に、もう何人も殺してる、そういう目をしている」
「そう思いたければ、思えばいいよ、俺はどっちでも構わないし」
「ええ、そうさせてもらう。
あなたは、外道で殺人鬼で、わたしを快楽の為に、殺す人よ」
「君は、本当に殺されたいみたいだな。
いや、死にたいとも言えるか」
「そうなの、早く楽にさせてくれない?
あなたに良心があって、苦しんでる人を助けて、自尊心を高める為にも、わたしはいいと思うの。
これは、わたしとあなたにとって、双方にとって、どちらにも良いことだと思うわ」
わたしは、どうしたら今すぐこの男性に殺してもらえるか考えていた。
男性は、先ほどと変わらず、わたしを、その瞳の奥を、とても楽しそうに見ている。
羨ましいとも、妬ましいとも思えない、わたしの感受性、心の感度は、愚鈍になって救いがたいほどなのだ、そうだろう?
「死ぬ為に生きるのに、とても積極的だな。
見ていて矛盾的で、対極の行動理念を同時に持っているようで、とても面白いな君は」
「死ぬ為なのだから、それ、所詮は生きているとはいえないでしょお。
それに積極的じゃない、受動的に、辛いことから逃避しているだけだもの」
わたしにはそんな生きる為の活力すら、絶望的な砂漠に落ちた水飛沫のように、簡単に乾いていく。
オアシスのように大量に沸いて、生きる為の圧倒的な糧。
それが出てこなければ、とてもじゃないけど生きようと思えるとは考え難い。
「はぁ、、、はぁぁ、、、」
溜息が止まらない、生きるのが辛い。
何か、絶対的な強度で、わたしを変えてくれる、そんな都合の良い運命でも起きない限りは、わたしは必ず死ぬのだ。
そして、わたしはわたしで、わたしを絶対的に変える強度で変えられない。
初めからそうではなかった、今まで、変えようとは無数に思った。
が、実際問題、変えられない現実が立ち塞がり、今まで超越し、突破できていない。
つまりは、現在の自殺する他に道が見えない、それ以外の運命がないのだ。
最後に、わたしの運命に現れた分岐。
この享楽主義者の男性に、利用され、死ぬという運命。
それ以外は一つだけ、自分で自分を殺すという選択。
どちらが良いか、決定的には今でも判断がつかない、現在進行形で迷い続けて答えが出ない。
でも、男性の傍にはいる。
それはわたしがわたしを殺す可能性と、男性がわたしを殺す可能性があって、どちらかといえば、男性に殺されたいから。
可能性を最大にする為には、できる限り、常に一緒にいた方がいいだろうから。
「ねえ、貴方は、自分から死にたいと思わない?」
「思わないね。
俺は今のところ、絶対に自分から死のうなんて思えない。
それだけ恵まれて、人生というゲームを楽しめてるからな。
君は人生の楽しみよりも、詰まらなさの方が優越してるんだろう、劣越者だな」
飄々としたノリで、そんな内容を話される。
うらやましいと、そう思った。
わたしはこんなに不幸なのに、彼は幸福なのだろう。
なんだろうか、胸がむかむかというか、どきどきする。
幸福と不幸の落差が、人間を殺すとかいうが、今のわたしは違うようだ。
おそらく、いま暫く生かされた、わたしの存在も、まだそれによって活かされるようだ。
今の話を聞いて、自分から死ぬよりも、自殺するよりも、この男性に殺されたいって、そう思うのだから。




