Ⅱ
翌日――。
「おっはよー、舞」
「あ、おはよ」
「舞―。 昨日ライン見てなかったみたいだけど、何かあったの?」
「……いや。 携帯落としちゃったみたいで」
「まじで!?」
驚く陽子と春菜に、私はただ項垂れた。
――絶対あの公園で落としたんだ……。
「うわ……これは重症だ」
「どこで落としたとか、心当たり無いの?」
「うーん……。 今日探してみて、無かったらドコモコショップ行くよ」
何となく一人で公園に行ったことは隠したくて、私は誤魔化しながらそう言った。
「なんだよ、ドジだな~南野」
バンっと肩を叩かれ、私は思わずびくっとした。
――宮本!
「しけた面して。 たかが携帯一個ぐらいで、落ち込むなよ」
「……」
いつもならここで言い返すところなのだが……。今日はどうにも調子が悪い様で、元気良く応戦するよりもむしろふつふつと怒りが込み上げてきた。
「ちょっと宮本、その言い方ないでしょ!」
「まあまあ、良くあるっちゃ良くあることだしね、ね」
黙ってしまった私の代わりに宮本に言い返してくれている二人にもう良いよと言い、私はガタンと立ち上がった。
「宮本に何か言われる筋合い、無いから。 あんたは彼女さんと仲良くしてれば良いじゃん。 じゃあね」
そう言って私は、その場から逃げ出した。後ろで宮本が逆切れこえーと言っているのが聞こえたが、どうでも良かった。
――誰のせいでこんなになってると思ってるのよ! 馬鹿馬鹿馬鹿!!
目の奥が熱くなって、自分でも限界が来ているのが分かっていた。とりあえず女子トイレに駆け込み、私は個室のドアを乱暴に閉めた。
人前で泣くという最悪の事態だけは避けられたが、いつ誰が入って来るか分からないここも結局は一緒……。私は声を押し殺して、荒れ狂う嵐が過ぎ去るまで必死で堪え続けた。
どんなに気分が沈んでいても、授業をサボる度胸など私にあるはずがなく。チャイムが鳴るぎりぎりになんとか戻ってきた私は、その日鬱々とした表情で教室に居座り続けた。宮本だけではなく、陽子、春菜もこちらをちらちらと見ているのは分かっていたが、自分から話しかけに行く気も話しかけられるつもりも無かった。
そして放課後になった瞬間、私は誰かに呼び止められる前にと学校を飛び出した。そして――。
「やあ、昨日はどうも」
私は公園で、再びその男に会った。
「……」
まだ明るい中、黒づくめの男の回りにだけ闇がある様だった。私たちはしばらく睨みあっていたが、やがて男が思い出したかの様にポケットに手を突っ込んだ。
「これ、君の――」
「返して!」
男が私の携帯を出した瞬間、私は反射的に叫んでいた。掠れた高い音は、二人以外誰もいない公園で響きもせずに消えた。
「……」
男はすっと俯くと、口をわずかに緩めながら携帯を差し出した。それをひったくる様に受け取り、そして……私をじっと見ている男の視線に気づいた。
「な、なによっ!」
ぎゅっと携帯を胸に押し付けながら、私はやけくそで凄んだ。
「ちゃんと返せて良かったよ。 昨日忘れて行っちゃっただろ、君」
「……!」
――そっか。 この人、私の携帯預かってくれてたんだ……。
それなのに、まるで盗られていたかのように言ってしまった。心では謝らなくてはと思うのに……私はどうしても、への字に結んだ口を開けることが出来なかった。
「……」
「……」
胸の前で拳を握ったまま俯く私と、男。二人の間を生暖かい風が通り抜けた時、男がゆっくりと口を開いた。
「……君はいつまで…………だい?」
「……?」
それは囁く様な声で、私は男の声を読み取ろうと唇をじっと見つめた。
「――君は、いつまで自分から逃げ続けるんだい?」
「逃げる……?」
予想もしていなかった言葉に、私は男に茫然と聞き返した。
「そうさ。 君は傷ついているのに、自分から目を逸らして必死に自分は大丈夫だと言い張っている。 でも無理してるから、どうでも良いところで苛ついては他人に当たって、そんな自分が嫌いになっている」
「そんなこと……」
知らずに震えだした手を隠す様にぎゅっと握りしめながら、私は男から視線を逸らせずにいた。
「君だって本当は、咲きたいんだろ?」
「私は、別に――」
「おい、こんなところで何やってるんだよ!」
「――!!」
公園の入り口に立っていたのは誰であろう、宮本だった。
「な、なんでここに……?」
宮本はユニフォーム姿で、明らかに部活中の様だった。
「おい、帰るぞ」
そう言って彼は、私の腕をがしっと掴んだ。
「え、でもまだ話が――」
「は? お前一人で何やってんだよ」
「え?」
私は腕を惹かれつつ、首だけ後ろを向いた。
「あれ、嘘、何で……?」
確かにそこにいたはずの男は、いつの間にか忽然と姿を消していた。
「お前手冷たいな。 いつからここいたんだよ、まったく……」
「えええ?」
足を縺れさせつつ、私は無理やり公園から引っ張り出されたのだった。




