7 姉弟子の独白
本編10話 大貴族ネロ・ドミトリーのあたりです。
(カトール武術大会後、建物二階廊下にて)
「うるさい、ついて来ないで!」
叫び声に私が振り向くと、そこには一人の死霊術士と死霊がいた。
怒ったように言うのは死霊術士ミチカ・アイゼン。やれやれと肩をすくめているのが彼女の死霊であり、殺人鬼のリパー・エンドだった。
噂では聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。
思わず私が耳をすますと、彼が反論しているのが聞こえる。
「だからさ、ミチカ。僕は事実を言っただけだよ?」
「あんたは口の中にオブラート突っ込んで話しなさいよ!」
「うーん、じゃあ今度から『太った』って言わずに『重くなった?』って言うよ」
「変わらないでしょうが! 死ね!」
「あっはは、もう死んでるし」
喧噪とともに彼女達が去ったあと、一人残された私はぽつりと呟いた。
「……噂と随分違うじゃないの」
聞く限りでは史上最悪と呼ばれる快楽殺人鬼と、その哀れな操り人形という話だったはずだが、今の光景とはまるで合致しない。
少しだけ興味にかられて窓の外を見下ろすと、ちょうど玄関口からミチカ・アイゼンが外に出て行くところであった。その後ろを追いかけるように、鼻歌交じりで歩く青年が姿を現す。
――そして。
「……っ!」
一瞬だけ、黒衣の青年の視線が二階のこちらに向いた。その赤い目は私の視線と絡まると、少しだけ細められた。
背筋が粟立つような恐ろしい殺気を感じて、私は反射的にしゃがみこんだ。窓の下の壁に隠れるように背中をつけたまま、ばくばくと跳ねる心臓を抑えるようにして息をひそめる。
――どれくらいそうしていただろうか。気がついたときには目を丸くしている巨漢の男が目の前に立っていた。
「サーラ、どうした?」
「ベイル師匠!」
私の先輩門士であり師匠でもあるベイル・デイタに声をかけられて、やっと私は硬直から逃れることができた。立ち上がろうとして、震える足に気付く。
ベイル師匠は首を傾げるようにして、私に手をかしてくれた。
「顔色が真っ白だぞ」
「師匠、あの、さっき、あの、あれが」
言おうとして頭も舌も回らない。あの男が、殺人鬼の視線がいまだに私に絡まっているかのようであった。
――殺されるかと、思った。
「さっき、いたんです。死霊で、あの」
「ああ、リパー・エンドが?」
こくこくと頷く私に、彼は自分の髪の毛をがしがしとかくようにして言った。
「今日はミチカと奴と武術大会を見に来ていたんだけどよ。あいつ、俺の給料数ヶ月分吹っ飛ばしやがった」
まったくはた迷惑な、とため息をつくベイル師匠ではあるが、彼はミチカ・アイゼンを指導している。あんな死霊と一緒の死霊術士を。
「だ、大丈夫なんですか? 師匠は」
私の震える声に、彼はきょとんとした後に私を上から下まで見て、理解したように笑った。
「ああ、何だ。あいつらにちょっかいでもかけたのか?」
「かけてませんよ! 見ただけです!」
本当に見ただけで、何をしようという訳でもなかったというのに、もし一欠片でも殺気を込めていたら――どうなったかなんて想像したくもない。
ベイル師匠は肩をすくめて言った。
「まぁ見世物になるのを許容するような奴じゃないからな。あんまりジロジロ見ると殺されるから、やめとけ」
……その忠告はぜひ、もうちょっと早く頂きたかったです、師匠。
* * * * * * * * * *
(その後、馬小屋にてベイルとミチカとリパー・エンドの会話)
「で、何で喧嘩してたんだ? お前ら」
「聞いてくださいよベイルさん! こいつ私を持ち上げて『あれ、太った?』って言いやがったんですよ!」
「えー、だって前抱き上げたときより重かったし」
「死ね!」
ミチカに筋肉が多少なりともついたからだろうなぁと思ったベイルだが、面倒くさいので放っておくことにしたのであった。