4 ミチカと呪いの箱2
全てが終わり、私とベイルは今まで隠れ住んでいた小屋から離れることになった。
作っていた畑はしばらく休ませ、山小屋は入り口を閉じて人が入れないようにするらしい。私は自室で部屋の整理をしていた。荷物の中からいくつかの服を取りだす。
濃い藍色を基調とした死霊術士の服は脱ぎ、普通の服装に替えた。茶色のズボンに白のシャツ、その上から黒い風除けのマントを羽織る。髪もまとめて一つに結んでおく。これで旅人姿の完成である。
リパー・エンドの復活の時に、何度か似顔絵めいたものが配られたようなので念の為だ。一応私は死んだはずの人間ではあるが用心にこしたことはないだろう。
出発直前にベイルに「どうですか、服装とか髪型とか、これで大丈夫ですかね?」と尋ねに行ったところ、農作業の道具を両手一杯に持った彼は見もせずに「いいんじゃねーか」と言っていた。多分言葉の最初に「どうでも」が付くと思う。
そりゃあベイルは賞金首にされたところで腕力でどうにか出来るだろうから頓着しないのだろうが、私は普通に死ねる。多少くらいは心配してくれてもいいではないか。一応不肖ではあるが弟子なのだし。
恨めしげな私の視線に気付いてか、ベイルが片眉を上げて笑う。
「そんな心配しなくてももうお前の賞金は消えてるし、大丈夫だろ」
「……そうだといいですけどね」
「不安なら何か死霊でも召喚しておけばいいんじゃないか?」
それは確実に召喚したくない何かが出てくる。
しゃあしゃあと「やあ、ミチカ」と笑顔で目の前に出現する奴が思い浮かんだ。どこにでもいそうな平凡な顔立ちの黒衣の青年は、その赤い目を狂喜と殺気で輝かせて表れるに違いない。そんな光景が容易に脳裏に浮かぶ。うるさい黙れ死ね。
私は嫌な想像を頭から振り払うようにして、ベイルとの会話を打ち切った。
「……とりあえず、荷物まとめてきます」
「おう。俺もカトールに戻る準備しているから、ミチカも終わったら声かけろよ」
「はーい……」
荷物。服と、食料や水。場合によっては野宿もあり得るので寝袋も必要だろう。そして。
顔をしかめて私は手の平に収まる程度の小さな箱を見た。
――あの殺人鬼から受け取った、四角い箱。
* * * * * * * * * *
私は荷物をまとめ終えると、箱を持って近くの湖にきた。鬱蒼とした木々に囲まれたこの湖は、透き通っていてとても広く大きな湖である。対岸が見えないほどだ。
手に持った箱は、リパー・エンドの死体の一部。これさえなくなれば、おそらくもう二度と奴が蘇ることはない。
念入りに始末されたリパー・エンドの遺体はきっと他にないだろう。唯一の例外がこれだった。だから、これさえ無くなれば、二度と蘇らない。
「――っ」
手の中の箱を握りしめると、私はキッと湖を睨んだ。
あんな奴。狂人で、凶悪で、私の手におえる奴じゃないし、思考回路も理解出来ないし、蘇ったって誰一人喜ばない。私はこいつを蘇らせるべきじゃない。それだけは分かっている。
『いつでも呼んで。君が生きてるのを見るのは好きだからね』
そんなの、私の心を揺さぶろうとする奴の作戦だ。騙されるもんか。私を殺したいがために裏切って、さらにフィリップまであっさり見殺しにして。史上最悪と呼ばれたのは伊達ではない。
私はギリギリと握りしめた右手の箱を、大きく振りかぶって。
――投げた。
「……あっ」
一瞬だけ、離れていった箱に手を伸ばそうとして慌てて手を握りしめた。いけない。
そのまま箱は空に曲線を描いて、音もなく湖に落ちた。小さな波紋だけ残して、あっさりと湖に沈む。
私は、間違ってない。そうだ、そのはずだ。
沈んでいった箱が完全に見えなくなっても、私はその場から動けなかった。
「……リパー・エンド」
だから、後悔なんてしちゃいけない。
* * * * * * * * * *
しばらくして、のろのろ自室に戻ったら何故か荷物の中に四角い箱があった。二度見した。
何かの間違いだと思ってその箱を手にとったらやはり投げ捨てたはずのあの小箱であった。何だコレは。
全力疾走で再度湖に走り、迷うことなく箱を遠投したところ、戻ったら荷物にまた四角い箱があった。呪われた。絶対なんか呪われた。
荷物の前でがっくりと膝をついた私は、心から後悔した。迷う必要は全く無かった、一瞬で遠投すればよかった。なにを血迷っていたのだろう。馬鹿だ、私は。
思わず喉から怒りの声が漏れた。奴は本当にろくなことをしない。
「……あんの、殺人鬼!」
くくっ、と低い笑い声がどこからか聞こえた気がした。
* * * * * * * * * *
そして、ベイルと別れた私は神殿へ向かう道を歩いていた。左右に木々が連なる細い道である。この辺りは整備されてはいないがこの道を真っ直ぐ進むと街道に出る。神殿までおそらく三日ほどだろうか。
一人、とぼとぼと歩く道のりに小さな風が吹く。
段々と風も冷たくなっていくだろう。私は首をすくめるようにして身を小さくした。
……一人ぼっちになるのは、一年ぶりだ。
最初の半年はリパー・エンドもロザリオ教官もいたし、後の半年はベイルとエミリオがいた。やらねばならないことは沢山あったし、立ち止まる余裕も考える暇もなかった。
「……」
足を止め、振り向くともうベイル達と暮らした山小屋は木に隠されてしまった。もう、見えない。
私は小さなため息をつくと、黙って道に向き直りまた足を進めていった。
* * * * * * * * * *
神殿は神を崇める大きな建物である。
神聖魔法は神への信仰を基とすると言われ、比較的多くの人が習得することも出来るため、各所に大きな神殿がある。中に多くの神官が勤めている。
民間の神聖術士と異なり、神殿で働き職位を得ている者を神官と呼ぶのだ。
大雑把に分けて上級神官、中級神官、下級神官に分かれていると言われている。彼らは怪我人や病人の治療を行ったり、呪いの解除や悪霊の祓い、時には警備隊に加わり死霊退治までもする。
私が辿り着いたのは、そんな神殿の内の一つだった。周囲を壁で囲まれた中に、大きな建物が建っている。神殿に用事のあるものは列をつくり、門に沿うような形で立って待つのだ。私が寄りかかった漆喰で覆われた白い外壁は神への汚れ無き心を表すかの如く真っ白だった。居心地が悪い。
何故かそわそわと落ち着かないのは死霊術士だからか、あるいは荷物の中の小箱のせいだろうか。私は帽子を目深に被ると、荷物を抱え直して順番を待った。
しばらくしてやっと私の順番になり、個別の部屋へと案内された。机が一つ中央にあり、椅子が向き合う形で置かれている。その一つに座って待つようにと言われた。
私が座ってすぐに、恰幅の良い五十代の神官が現れた。
「本日はどのようなご用件ですかな?」
眼鏡をかけたその神官は小さな目を細めて私を見る。私は思わず体を固くした。
……大丈夫だ。私が死霊術士であるのは分からないはずだ。
神殿に来る前に全力で神聖魔法を放ったので魔力残量はほぼないはずである。勿論神聖魔法の標的は呪われた小箱である。傷一つつかなかった。本当に何なの、あいつは。嫌がらせに命でもかけてるのか問い詰めたい。……まぁ奴は命なんて、遊戯ほどの気楽さで賭けるのだろうけど。
「あの、この箱が、何度捨てても戻ってくるんです」
目の前に座った神官は、私が差し出した小箱を手に取った。
「ふむ、拝見させていただきましょう。呪いの術ですかね?」
彼は丸ぶちの眼鏡を、くいと上に上げるとまじまじと箱を見た。表面には掠れた文字の名残。薄汚れた木で出来たその箱は、見た目は脆そうに見える。だが恐らく象が踏んでも壊れない。
「開けてもよろしいですか?」
「どうぞ。でも、開かないんです」
一度中を見た経験から、以前ネロの家で見た箱であることは間違いない。だがどれだけ力を込めてもあかないのである。ベイルにも試して貰ったので万力でも開かないことは確かである。
当然、目の前のちょっと小太りの神官の力で開くはずもなく、何度か試して彼は諦めたようだ。
「開きませんな……。まぁ、箱からは確かに良くない魔力を感じますし、解呪を使わせて頂きます。その際に中の者が壊れるなどの可能性がありますがよろしいですか?」
「むしろ喜んで」
私が力強く頷くと、神官は小さな目を丸くした後に、オホンと一つ空咳をした。
「では……」
箱を両手の間に置くと、彼は小さく術を紡ぎだした。攻撃魔法と少しの回復魔法しか習っていない私の知らない術だった。恐らく解呪の類だろう。
「捻れし理を正し、あるべきものをあるべき姿にすべし」
彼の両手に魔力が集まるのが少しだけ見える。私に魔力がしっかりあれば、もっときちんと見えただろう。
「呪い、神の名のもとに消えよ」
彼の言葉と共に手の中の箱が……。
……特に変化がなかった。
あれ、という顔で神官は箱に手を当てた。両手で押さえつつ開けようとしたが、開かないようである。
「……ちょっと、失礼」
オホン、ともう一度彼は解呪を繰り返す。私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「呪い、神の名のもとに消えよ!」
先ほどの数倍の魔力が彼の手の中に集められた。
――しかし、やっぱり箱に変化がなかった。
何とも言えない沈黙がその小さな部屋を支配した。彼は小さな目を無理矢理笑みの形にすると、立ち上がった。
「少々……少々、お待ち頂いてよろしいかな? 解呪の得意な上級神官がおりますので、そちらに頼みますから」
「……あ、はい」
何かすみません、ほんとすみません。私は椅子に座ったまま小さくなった。彼は解呪できないことをどうやら苦手分野だからということに変換したらしい。しかしこれから来るのは解呪の得意な上級神官。
「……」
何故だろう、嫌な予感しかしない。
その後いかにも有能そうな三十代の上級神官がやってきた。眼鏡をかけ、怜悧な顔立ちをした彼は、私と小箱をちらりとみてあからさまにため息をついた。
「……中級神官はこんなのも解呪できないのか?」
「お手数をおかけして申し訳ありませんが、お願いします」
先ほどの小太りの神官は申し訳なさそうに頭を下げる。いやいや、彼は悪くない。確かに見た目、この小箱の周りを流れる魔力は薄っぺらで弱々しく見える。この程度なら中級神官どころか下級神官にも解呪できるだろうと思われる。
上級神官は、やれやれという表情で椅子に座った。その隣に中級神官が立って、その手元を見ていた。
小さな箱は上級神官の手の中に佇んでいる。
「では、少しお待ちいただこうか」
ちらりと私を見ながら言うと、上級神官は淀みなく解呪を唱えた。確かに先ほどの神官と比べるとかなりの実力の差があることが、その手抜きっぽい術からも分かる。
しかし。
「呪われたものに神のご加護を」
上級神官の術が終わると、手の中の小箱が光――らなかった。
「……ん?」
怪訝そうな表情で彼は箱をねじるように手で開けようとした。開かなかった。
「……」
黙って上級神官は二巡目の詠唱に入った。隣に立った中級神官がちょっとほくそ笑んでいるのが見えた気がした。私は神殿の暗い闇を見た気がしたが、気のせいと言うことにしておいた。人間蓋をしておいたほうがいいものは沢山あるのである。
「……神のご加護を」
先ほどよりも真面目に詠唱を終えると、小箱に彼の魔力が真っ直ぐに向かっていった。神聖魔法は、魔や死霊などの負の感情を打ち払うことが出来るはずであった。だがしかし、小箱はその魔力をするりと弾いて流し、何事もなかったかのようにそこに存在している。
「……」
「……」
私は視線を下に逸らした。もはやプライドの問題か、上級神官の三巡目が始まった。これはもう駄目かも知れない。予想が現実になったのを感じ、私はただ引きつる顔を、項垂れたまま隠すのであった。
* * * * * * * * * *
四巡目が終わり、どうにもならないことを感じた上級神官は目を血走らせて私を睨み付けた。
「……これは、一体どんな経緯で入手したんだ?」
「ええと、知り合いに押しつけられたというか、無理矢理渡されたというか……」
一応嘘は言っていない。奴は家族でも友達でも、勿論恋人でもないし、死霊と言う言葉は使えない。私の言葉を眉間に皺を寄せて聞いていた上級神官は、大きなため息をついた。
「……これにかけられている呪いは非常に強く、現状では解呪は困難だ。この呪いをかけたものに心当たりは?」
「あります」
まったくもって一人しかいない。こんな凶悪でイカレた呪術、奴くらいしかかけないだろう。
「どこにいるんだ? その術主に掛け合った方がよっぽど早いぞ」
「……彼は死にました」
嘘は言ってない。元から死んでいるだけである。
むむ、と怯んだ上級神官であったが、はっとした顔で自分の右手を左手にぽんと叩いた。
「なるほど、死者の呪いは通常の数倍の能力を発揮するからな。解けないのも納得だ」
あの、隣の中級神官が生暖かい視線を向けてますけど、大丈夫ですか立場的に。負け惜しみっぽく聞こえてますけど大丈夫ですか。
「ならば解決法をお教えしよう」
肩の荷が下りた笑顔で上級神官がぐっとその顔を近づけた。私は思わず身を逸らした。
「その呪い、術主が死んでいるが故に非常に強固なものになっている。なれば直接解呪するために、死霊術士を頼ってみたらいかがか? おそらく術主を蘇らせることで呪いは弱まるだろう。また直接対話することによって呪いを解くという選択肢も選べるはずだぞ」
……ふむ、なるほど。
つまりリパー・エンドが死んでいるから呪いがより強固なものになっているのであって、奴を蘇らせることによって呪いは弱まる、あるいは説得によって呪いを解除させることもできるということか。
よって、リパー・エンドを蘇らせて呪いを解くように説得しろ、と。ほうほう。
「あほかあああああ!!」
リパー・エンドを復活させたくないから箱と離れたいのであって、そのために奴を蘇らせたら本末転倒もいいところである。思わず全力で机の上の小箱を投げたら、壁に跳ね返って上級神官の頭にぶち当たった。ものすごく怒られた。泣きたい。
* * * * * * * * * *
その夜。
私は街道を数本外れた細い道の奥にある大きな木の下に座っていた。
神殿へのお礼の寄進に、なけなしのお金を差し出したため宿場に泊まることができなかったのだ。そのくせ呪いは解けなかったし、もう踏んだり蹴ったりだ。
まだお金はあるにはあるが、冬になる前に仕事を探さねば生きていけないだろう。
と、いっても私に出来るような仕事なんてあるのだろうか。死霊術は断固として封印しなければならないし、学園もカトールも途中で除籍されている。家族がいる訳でもない。
「……生きるって、厳しいなぁ」
思わずぼやいた言葉に応じる声はない。誰も居ない一人旅なのだから当然だ。
それを何となく寂しく思いながら、私は寝袋を地面に敷いて、荷物を抱きしめるようにして眠りについた。
* * * * * * * * * *
真っ白で、四角い小さな空間に私は立っていた。
夢? と思った瞬間に思い出した。こ、ここって、まさか!
「……!! リパー・エンド!?」
「はいはい、呼んだ?」
私が叫ぶと同時に、どこからか、あるいは最初からいたかのように黒衣の青年が一隅に出現した。両腕を組み、壁に寄りかかるようにして立っている殺人鬼の姿を唖然として私が見ると、彼の赤い目は少しだけ細められ、唇の端を上げた。思わず再度叫ぶ。
「呼んでないわよ!! 出てこないでよ!!」
「えー、さっき普通に呼んだでしょ。ミチカ」
「呼んでない!」
私のきっぱりとした断言に、理不尽だなぁとぼやくリパー・エンド。呼んだわけではなく、勝手に口から飛び出しただけである。断固として呼んでない。
この白い空間に、以前来たことがあることを思い出した。すっかり忘れていたがこの四角い空間は、呪われた箱に意識が飲み込まれているのだ。次に誰か呼べばエミリオが来る。気をつけよう、狂人は一人で十分である。いや出来れば一人もいらないのだが。
「……この箱」
「ん?」
私は白い壁を叩くように手をおくと、リパー・エンドを睨み付けた。
「……神聖魔法の解呪じゃ解けないの?」
素直に返事をするなんてありえないだろうと思いながらも聞いた言葉に、彼はあっさりと首を横に振った。
「うーん、解けなくもないけど?」
「神官に頼んだけど、駄目だったわよ」
「単純に魔力量が足りないんじゃないかな。中央の神殿でも行ってみたら?」
「……」
さも親切そうに言っているが、原因が何をほざいているやらである。しかし中央の神殿……カトールに近い場所でもあり、ミチカ・アイゼン生存が発覚してしまう危険もある。ベイルさんにはこれ以上迷惑をかけたくないし、悩ましい。
私が悩んでいると、彼はぽんと手を叩いた。
「あ、他にも方法はあるけど」
聞く? とばかりに笑みを向けられて瞬間的にイラッとする。こいつがこんな顔をする時は大抵ろくでもない内容なのである。私は顔を顰めて首を振った。
「……いい、いらない」
「基本的に箱がミチカから離れないのは、役目を果たそうとしてるからでさ」
誰かこいつに人の話を聞くという能力を与えて欲しい。
私の拒否も聞かずに、勝手に笑顔で話し出すリパー・エンドはコンコンと壁を鳴らす。
「ミチカがその役目を果たしてあげれば、もうくっついてはこないよ?」
「……役目って何よ」
箱が求める事なんて分かる訳がない。もっと大きい箱に入りたいとかそういうことだろうか。ヤドカリ的な。
彼は楽しそうに話を続けた。
「蘇生のためにミチカにくっつけたから、死霊術使って召喚をすれば役目を果たせた箱は離れるんだよね」
ほうほう。
つまりこの箱は私がリパー・エンドを蘇生するまで離れないような術をかけられているため、死霊術で奴を召喚すれば呪いは解けると。なるほどなるほど。
「あほかあああああああ!!」
目的と手段が入れ替わってしまっている阿呆な提案に、私が履いていた靴をぶん投げたところ、リパー・エンドはけらけら笑いながらひょいと避けた。たまには当たってもいいと思う。
「まあ、別にいいんだけど。ミチカが呼んでくれないと暇だからさぁ、早めによろしくね?」
「絶対嫌!!」
睨み付けて叫ぶ私を、彼は楽しそうに見やると「どうせそのうち、事件に巻き込まれると思うんだよね。ミチカ運ないし」と嫌な予言をした。奴の言葉は当たると今までの経験で分かってしまっている私は、聞かなかったことにした。もうやだ窒素になりたい。
* * * * * * * * * *
「……うー」
木々から差し込む光に、目を覚ました私は目をこすると大きな欠伸をした。
良い天気である。何だか嫌な悪夢を見たような気がしたが、どんなものであったのか忘れてしまった。
寝袋を荷物にしまうと、その中には当然のように小箱が入っていた。何故か無性にイラッとした私が小箱を木に向かって投げつけたところ、跳ね返って額にガコンとぶち当たった。痛い……。運がないにも程がある。
少し赤くなっているだろう額を撫でながら荷物をまとめると、私はハッと思いついた。
「そうだ、中央神殿に向かってみようかな」
比較的地方の神殿なため、解呪ができなかったのかも知れない。中央にはよりレベルの高い神官がいるだろうし、カトールには近いがすぐに用事を終えれば問題ないだろう。学園から出るときに書いてもらった紹介状もある。名前のところはこっそりミッチェルとかに直してしまおう。
何で思いつかなかったんだろう。希望を捨ててはいけない、と私は自分を叱咤した。
「そもそもリパー・エンドがいないんだから、問題なんて起こらないだろうし」
持ち上げた荷物を背負うと、私は歩き出した。
「仕事も探さないといけないし、丁度良い、はず」
……何故だろう。言葉を重ねるほどに何だか嫌な気配が忍び寄ってくるかのようだ。
私はぶんぶん首を振って、気配から逃げるように森の中を駆け出した。
爽やかな朝日が、やけに目に眩しかった。