3 ミチカと呪いの箱
カトール編後
「エンド様、もしも僕がエンド様を蘇らせたらどうなさってました?」
そりゃあもう、世界が終わっただろうよ。
そんな心からの突っ込みを押し隠して、私は黙ってリパー・エンドに視線を向けた。
* * * * * * * * * *
現在私とリパー・エンドとエミリオは、真っ白な四角い空間に閉じ込められている。私の部屋くらいの大きさの空間だ。
何が起こったのか良く分からないが、目が覚めたらこの異空間にたった一人だった。
あまりに心細くて、「誰かいないの?」と言った途端に目の前にリパー・エンドが出現した。
とりあえずこいつだけは呼んでない。
驚いて、思わず逃げようとしたら後ろの真っ白な壁に激突したのである。
殺人鬼はそんな私を見て爆笑していた。相変わらずでホッとした、うん、死ねばいい。
「久しぶり、ミチカ……っくく」
笑顔で言いながらも、リパー・エンドの肩が震えている。
私は赤い鼻を撫でながら悪の元凶を睨み付けた。絶対こいつの仕業だ。
「変な場所に閉じ込めないでよ! さっさと帰して!」
「へ? 僕は別に何もしてないけど?」
「……」
私の半眼に心外そうに彼は首を振った。日頃の行いの大事さが分かっただろうか。
「誰かいないか言った瞬間に出てきたんだから、絶対あんたの仕業でしょ!?」
「違うって。そもそも僕こんな魔法使えないし」
そう首を傾げて、彼は真っ白な四角い空間の壁をコンコンと叩いた。
その数瞬後、彼の右手から圧縮された炎と光の塊が放出され、壁に叩き付けられた。
ドォンッ!
爆風に思わず後じさると、立っているリパー・エンドと無傷の壁がそこにはあった。
カトールの柱すら壊したあの魔力で傷もつかないなんて……一体何事なんだろうか。
「無理だね。閉じ込められてるみたい。ま、いっか」
あっさりと彼は諦めた。いやいや、あんたはいいのかも知れないけれど!
何も無い空間に殺人鬼と二人っきり。何の嫌がらせか分からないが、床が私の血に染まる。
思わずもう一度「誰かいないの?」と呟いた。それがまずかった。
その瞬間どこからか、エミリオ少年が現れたのだ。状況が悪化した。
「え? ここは?」
戸惑ったように周囲を見回したエミリオだったが、私の存在をナチュラルに無視して、リパー・エンドに話しかけた。
「エンド様! ここどこなんでしょう?」
「さぁ……気がついたら僕もここにいたからね」
「そうなんですか、困りましたね!」
待て、笑顔が全然困ってない。確実に喜んでいる。
恐らく私がいなければエミリオにとっては至福の空間だろう。
物理的に居なくさせられないように、私は空気を装った。窒素になりたい。
そして暇な私達は何もすることがなく、窒素な私と、ナイフを回しているリパー・エンドと、しばらく沈黙した後にエミリオが聞いたのがそれである。
* * * * * * * * * *
「ええ? エミリオが僕を? うーん」
殺人鬼は急に聞かれて首を傾げた。何だろう、エミリオの発言の意図が分からない。
「エンド様は僕を蘇らそうとは思わなかったんですよね? 僕は多分、エンド様が先に亡くなられたら、蘇らせただろうなぁって思って」
「あー、僕は死霊術と回復魔法は一切使えないからね?」
神聖術の回復魔法はまあ納得するとして、こいつくらい魔力があれば、死霊術も出来そうなものだが。
「殺すのが好きなのであって、死んだ人間をわざわざ蘇らせてまでどうこうする趣味はないよ?」
私の半眼に答えるリパー・エンドだが、前者も後者も十分悪趣味だということに彼が気付く日が来るのだろうか。絶対ないな。
「そうですかぁ……」
がっかりとした表情で、膝を抱えるエミリオ。
「エンド様に蘇らせてもらえたら、楽しかっただろうと思いまして」
だから楽しいのは限定二名だけである。
「そんなに現世に戻りたいなら、またミチカに蘇らせてもらったら?」
「いえそれは結構です」
エミリオの秒速の返事であった。いいけどね! 私窒素だから泣かないけどね!
そんな窒素の嘆きはさておき、いい加減この空間に閉じ込められているのもうんざりだ。
諦めて私は殺人鬼に話しかけた。
「ねえ、リパー・エンド。あんたこの状況分かるんでしょ?」
犯人じゃないにしても、やけに落ち着いている。何か知っているに違いない。
「んー、まあ、多分?」
殺人鬼はくっくと笑う。分かっているのならば早く説明すればいいのに、本当にこいつは嫌な奴である。
「ミチカ、僕のあげた箱の近くで寝たでしょ? 多分意識が紛れてきちゃっているだけだから、朝になれば自然と目が覚めるよ?」
「……」
箱?
……あっ!? リパー・エンドの呪われた箱か!
そういえばあれ、四角い小さな箱だったな! さすが呪われた箱である。寝ている私の意識を飲み込んだのか。
その時ハッと気がついた。
「ち、違う! 枕元に荷物を置いて寝ただけで、別にあんたの箱と一緒に寝たわけじゃない!」
そこだけは断固として誤解されたくないため、全力で否定すると彼はきょとんと目を瞬かせた。
「え、うん。それがどうかしたの?」
「……」
気を回すだけ無駄だった。そうだった。こいつ、人間の感情が分からないんだった。
寂しがっているとか思われたら、怒りのあまり湖に飛び込みそうだったので慌てて訂正したのだが、良かった良かった、安心だ。
「そもそもあの箱何よ! 燃やしても捨てても埋めても戻ってくるんだけど!? 何の嫌がらせ!?」
ここぞとばかりに不満をぶちまけると、リパー・エンドはちらりと赤い舌を見せた。
「ほら、ミチカはそそっかしいから。無くしちゃったら大変でしょ?」
「無くしたいのよ! むしろ永遠に消え去って貰いたいんだけど!」
「あっはっは。そこは知らない」
「……」
お前の意見は全く聞かないぜ、ということらしい。本当に消え去って貰いたい。
不満げに私とリパー・エンドのやりとりを聞いていたエミリオは鼻を鳴らした。
「ふん、誰かで真っ先にエンド様を思い浮かべたくせに」
「はぁ!?」
聞き捨てならない言葉に、私が目をむくと、彼はそっぽを向いた。
「夢の中なんだから、誰でも呼んだ奴が来るんだよ」
「……ベイルさーん!」
「生きてる奴は来ない」
なんだその嫌がらせ空間。もうあれだ、早めに目を覚ますしかない。
頬をつねるが痛みが何も無い。さすが夢の中。というか、これ悪夢だよね絶対。
目が覚めたら再度あの呪いの箱を遠投しよう、と心に誓う私に、リパー・エンドは笑って言った。
「まぁ、寂しかったらまた来ればいいんじゃない? どうせ僕、暇だし」
「……ばっ!」
寝台の上に起き上がって私は叫んだ。
「馬鹿じゃないの!? 違うって言ってんでしょうが!!」
……。
…………。
左右を見回すが、真っ暗な宿屋で一人、叫んでいたようだ。寝ぼけていたのだろうか。恥ずかしい。
しかし、なんだろう。すごく嫌な夢をみたような気がする。
私は枕元の荷物を壁に向かって投げつけてから、もぞもぞと寝台に潜って寝直すのであった。
* * * * * * * * * *
朝になって、何故自分が壁に荷物を投げつけたのかと首を傾げつつ、
宿屋のおじさんに「夜中はお静かに」と苦情を言われるのであった。恥ずかしくて申し訳ない。窒素になりたい。