クラウスの独白
王子様は来ないの番外編です。
何を間違えたんだろう。
クラウスは真っ暗な部屋の中で項垂れていた。
本当は分かっている。何もかも間違えたことなんて。
彼女……ビオラはとても愛らしい、笑顔の素敵な女性だった。
小さい頃から、彼女の幼いながらの聡明さや、明るさ、そして無邪気にこちらを見上げる瞳に釘付けだった。
彼女が好きで、好きで、たまらなかった。
初等部は少しお互い思春期もあったけれど、それでも彼女と過ごしたほんわかと胸の中が暖かくなる時間は何にも代え難かった。
中等部になってしばらくして、彼女が明らかに暗い表情をしていた。
何度か「どうしたんだ?」と聞いても彼女は首を振った。
「大丈夫、クラウス。心配しないで」
絶対に何かあっただろうに気丈に笑う顔が胸を突いた。
彼女を傷つける全ての物に、憎しみを抱いた。
そして調べると共に彼女が虐めを受けていることが発覚し、すぐさまクラウスはリアに詰め寄った。
「ビオラを虐めるような真似はやめろ」と。
逆効果だった。彼女は逆上し、虐めは酷くなったらしい。
クラウス自身が常にビオラの隣にいようとしても、ビオラはクラウスを巻き込みたくないと思っていたのか、さりげなく席を外してしまう。
そんなときにリアが言った。
「あなたが私と付き合うなら、もうそんなことはしないわ」
馬鹿なことを、と一蹴したが続く彼女の言葉に歯噛みする思いだった。
「私だけが虐めているわけじゃないのよ? あなたを好きな女たち全員が、ビオラの事を憎んでいるの。ねえ、悪い話じゃないでしょう? 私だったら他の女も何も言わないわ。あなたはビオラを守れるじゃない」
長き逡巡の果てに、折れた。
リアと付き合ったし、ビオラに酷い台詞を吐いた。
クラウスがリアと付き合った後はビオラに対する嫌がらせは減ったらしい。
これで良かったんだと、彼は苦々しく思った。
手に入れたら満足したのか、中等部を卒業する前にはあっさりリアとは別れた。
そんなある日、陰鬱な思いで階段を下っていたら、「待って」とビオラが引き留めて来た。真剣な表情で、クラウスに伝える。
「ごめんなさい、クラウス。前のように仲良くしてほしい。もう私は誰にも負けないから」
しっかりとクラウスの目を見て言う彼女に、何故か苛立ちが浮かんだ。
――頼ってもくれなかったくせに。何が仲良くだ。
――俺が思うくらいに、君は俺のことを好きでいてくれるのか?
子供だった。自分が傷ついた分だけ、彼女にも傷をつけたかった。
「もう話しかけてくるなよ。お前とは高等部が一緒でも、仲良くする気なんかないからな」
彼女が衝撃で目を見開いて泣きそうな顔をするのに、歪んだ愉悦を感じた。
しかし彼女はすぐに精神を立て直し、階段を駆け下りていった。
「二度と話しかけないわ。今までご同情ありがとう!」
そんな彼女の後ろ姿に、やはり、と笑いが漏れた。
やはり好きなのは俺だけで。彼女は俺のことなんて簡単に切り捨ててしまえるくらいで。
クラウスは更に彼女を憎んだ。愛しければ愛しいほど、憎かった。
彼女を傷つけてても、彼女の中にクラウスの存在を残したかった。
* * * * * * * * * *
そうしてクラウスには何も残らなかった。
彼女はもはや足取りも軽く遠くへ行ってしまったのだ。
いっそ殺してやろうかと思った。彼女も、彼女を奪ったあの男も。
しかしそれも、驚くほど厳重なケイトの警備によって阻まれた。
何を間違えたのか。彼女は自分を愛してくれていた。そのはずだった。
「ビオラ……」
暗い部屋の中で呟く、クラウスの頬には涙が一粒流れて落ちた。
その手に握られた刺繍の入ったハンカチは、するりと手から滑り落ちた。