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番外編置き場  作者: かなん
彼と彼女と異次元バッグ
12/15

1 セリド七不思議

以下、彼と彼女と異次元バッグの番外編となります


 * * * * * * * * * *

IF設定です。もしも和葉が日本に戻れなかったとしたら。

 セリド国内の争いは、王妃ソランジュの死後、急速に収まっていった。

 第一王子アベルの魔女の疑いも晴れ、王位継承権も回復した。

 国王ジョセフは病気を理由に身を引くことと、アベルが後を継ぐことを宣言し、国は順調に落ち着きを取り戻していった。




 * * * * * * * * * *




 その頃、セリドの王城ではひそやかにある噂があった。

 深夜、二人の近衛兵は靴音を響かせながら、燭台を手に城内を見回っていた。


「知ってるか、お前」


 にやにやと笑うのは先輩兵士である。新人の兵士は揺らぐ蝋燭の明かりを見ながら、怯えたように返事をした。


「な、何ですか? 先輩」

「この城な……出るんだよ」

「! や、やめてくださいよ!」


 彼は新人兵士として初の深夜の見回りである。薄暗い周囲と相まって、そんな話をされたら恐怖をそそることこの上ない。


「少し前、魔女の噂があった王妃が生きていた頃にな。俺は見たんだ」


 思わず息を呑む新人兵士に、先輩兵士は言う。


「そう、いつものようにそこの角を曲がったときだ。俺達は目を疑った。そこには、この世のものと思えない恐ろしい化け物がいた」


 彼は後輩に語りながらも思い出す。あの日、あの時のことを。

 同僚達は大悲鳴をあげて、全速力で逃げ出した。近衛兵としての誇りとか全てをうち捨てても逃げたい恐ろしさがそこにはあった。彼もまた逃げだそうと思ったが、足が言うことをきかなかった。腰が抜けてしまったのだ。

 化け物――体の半身が皮をはがされ、残り半身が露出した骨になっているものが、呻きながら這い寄って来たときに、彼の精神は限界を超えた。ぐるりと彼の視界が反転し、気がついたら通路の脇に横たわっていた。あまりの恐怖に失神してしまったのだ。


「想像出来るか? 半分骨だというのに、笑いながら全力疾走で追いかけてきたという話もあるぞ」

「やめてくださいって、先輩!」


 既に涙目の新人兵士にはきつい洗礼ではあるが、これもまた精神の鍛錬である。深夜に見回ることの多い近衛兵は、この噂に耐える必要があるのである。

 かくいう彼も、一時恐怖に怯えていた時期があった。しかし克服した。お化けがなんだ、アレがなんだ。彼らにとって主と仰ぐべき存在であるアベル王子が無事に帰ってきたのだ。この城を守るのは我々の役目なのである。そんなものに怯えていられるか。


「せせ、せせせんぱい」


 左を歩いていた新人兵士がカチカチと歯の音を立てた。こんな話でそこまで怯えるとは、と思いながら先輩兵士は彼を見た。新人兵士の目は一点を見つめたまま、硬直したように動かなかった。

 彼の視線を追って通路の奥の十字路へ顔を向けたときに、先輩兵士は見た。

 夜の暗闇を歩く、黒い闇の中に、ぼんやりと浮かんだ生首……いや、半分が骸骨で、残り半分が生皮をはがされて剥き出しの筋肉が出ている恐ろしい化け物を。


 アレだ。アレが、俺達に這い寄ってきた奴だ。


 先輩兵士の脳裏に、過去の恐怖が浮かび上がった。踏みとどまったのは先輩の意地か。動いたら襲われるという警戒心か。


 その骸骨はふわふわと通路を歩くように動き、ふとこちらを向いた。真っ黒な闇の瞳が、明確に彼らを認識したのだ。


「っぎゃあああああ!!」


 新人兵士の叫び声を聞きながら、先輩兵士の視界がぐるりと反転した。




 * * * * * * * * * *




 今は使うもののいないある部屋に、何人かの人影があった。大きな円形のテーブルを囲むようにして彼らは座っていた。そのうちの一人が、最後に部屋に入って来たものに向かって言う。


「あーあ。何やってんのさ、カズハ」


 非難めいた台詞を吐くのは隣国の王子、トビアスである。テーブル席の一つにどんと腰をかけて、呆れた顔をしている。


「黒いマントだけですと、生首が浮いているように見えますからね。今度黒いフードをご用意しますね、和葉さん」


 柔らかくフォローするのはセリドの第二王子キリクである。トビアスの隣の席にちょこんと座っている四歳児だ。四歳に見えないほどに落ち着いている子供である。


「まぁ、目撃者の記憶は私が消すようにしておくよ」


 苦笑しながらも言うのはセリド王子達の伯父であり、今も表舞台からは姿を消しているサムリだ。

 彼らが視線を向けているのは、恐ろしい生きものであった。いや、生きているのかと聞かれれば本来は生きているはずはないと誰もが言うだろう。

 その左半身は骨だけの骸骨であり、右半身は皮がはがされ、筋肉が剥き出しになっている。

 この世界にはない「人体模型」の姿の持ち主は、黒いマントをなびかせるようにして席の一つに座った。


「一応、私も気をつけてはいたんだよ? 忍び足でここまで来たんだけどさ」


 ごめんごめん、と軽く言うのは、日本からこの世界へと転移してきた女子高生、和葉である。本来短い黒髪と黒い目を持った普通の娘であったはずが、現在「人体模型」通称ボビーくんの中に入り込んでしまっているのだ。


「さて」


 彼らの中心人物であり、この国セリドの第一王位継承者、アベルもまたそこにいた。彼も席に座り、両手を組むようにして宣言した。


「第一回、カズハをどうにかニホンに送り返そう会議を開催する」




 * * * * * * * * * *




 数週間前のことである。

 全てが終わり、サムリがこの国へ帰ってきた時に、真っ先にアベルに連れられて彼の私室へと案内された。そこには。


「……!?」


 寝台の上でごろごろとしている人体模型がそこにいた。さすがに直球で口には出せなかったが、何だアレは、とサムリは思った。何か動いているような気がするが、あんなものに魔力を吹き込むような物好きがいるのだろうか。


「あ、サムリさん!」


 やっほー、とサムリに気付いた人体模型がひらひら手を振った。人体模型からフランクに名前を呼ばれて彼は目をむいた。人体模型の知り合いはいないはずだった。知り合いたくもなかった。


「……誰だ?」

「私だよ、サムリさん。和葉だよ」


 その人体模型が、けろりと放った一言で、その時初めてサムリは和葉が日本に戻れていないことと、どうやら人体模型の中に入り込んでしまっていることを知ったのだった。




 * * * * * * * * * *




「とりあえず、日本に戻ってみた」


 会議の先陣をきったのはサムリだった。彼は責任を感じていた。彼が和葉に袋を渡したがゆえに、こんなことになってしまったのだ。ただし彼女が人体模型である責任は彼にはないと言い切りたい。そこだけは主張したい。


「和葉の身体は昏々と眠り続けているみたいだ。死んでいるわけではないからここから意識さえ切り離せば戻れるとは思う。ただ……交通事故で、和葉の持っていた袋がなくなってしまい、戻れなくなってしまったみたいだ」


 彼女の持っていた袋は事故の後の清掃で片付けられてしまい、必死で行方を探したが、既に焼却施設で燃やされてしまっていた。修復しようにも作成者である妹のエリスはもうおらず、残されたのは消し炭だけである。


「和葉さんの視点で見てみたのですが、完全にそちら、その、ボビーくんの動力源が和葉さんの意識であるようです。和葉さんにとっては両手も普通の手に見えていますし、食事を取れないこと以外は何の違いもないようです」


 困った顔でキリクが付け加えた。意識を切り離すにしてもどうするべきか、と集まった面々は悩んだ。

 そこに脳天気なトビアスの声が発せられた。


「ボビーくん壊してみたらいいんじゃない?」

「軽く言うな、トビアス!」


 叱るようにアベルが言うと、トビアスは「手っ取り早そうなのに」とぶつぶつ呟いた。

 アベルは和葉の意見を最大限尊重しようと思い、声をかけた。何にしても彼女は巻き込まれたのだ。彼女が望むのならこの城で一生面倒を見る覚悟はあるが、夜中の外出だけは控えて貰えるように平身低頭でお願いしたい。


「カズハはどうしたい?」


 アベルに問われて和葉は悩んだ。戻りたい、というのは勿論である。だがその方法を考えようにも、袋はなくなってしまったし、まさかボビーくんの姿のまま日本に戻るわけにはいかない。学園七不思議になってしまう。

 彼女は少し考えてから、アベルに告げた。


「ボビーくんを壊すにしてもさ。痛かったら嫌だし、ちょっと怖いのよね」


 アベルも頷いた。彼女の言うことはもっともである。誰がお前の身体を破壊すると言われて、抵抗なく受け入れられるというのか。

 和葉は続けて言った。


「そんな訳で、このボビーくんの首を引っこ抜いてみようかと思うんだけど」

「だからどうしてカズハはそう斜め上の方向に全力投球なんだ!!」


 人体模型の彼女は、両手を頭に添えて笑顔で言った。もう駄目だ、彼女の怖いと言う言葉は一切信じない。

 自分の首を引っこ抜く宣言をした彼女にとっての恐怖は、きっと彼らの知っている恐怖ではない。深淵の向こう側の世界である。

 そんなアベルの不信に満ちた目にたじろぎつつも、和葉は言った。


「いやそもそもさ、ボビーくんって一部壊れている所があったから理科の先生に貰えたのよ。で、その壊れている所っていうのが首でさ」


 和葉が貰った先代人体模型ボビーくんは、首がぐるんと回転し、そのまま外れてしまうという欠点があったのだ。飾っていて首が外れたら恐怖である。ブリッジして追いかけてくるくらいの恐怖に違いない。

 よって和葉は提案したのだ。


「手とか足とか折ってみて痛かったり治らなかったら困るし、ちょっとくるくる回して大丈夫か試してみようかと」


 首がちょっとくるくる回していいものだとは知らなかった、とアベルは呟いた。きっと生涯活用することのない知識である。


「じゃあちょっと、やってみるね」

「待てカズハ、心の準備が!」

「自分で言っておいて何だけど、カズハの思い切りの良さが怖いんだけど!」

「和葉、べ、別の方法を考えたほうが……わぁああ!」

「和葉さん、外れた首を持ち歩くのはやめてください!」



 * * * * * * * * * *





 その後、使われていないはずの部屋から悲鳴が聞こえた、というのがセリド七不思議に加わったのであった。





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