1 夢であるかも知れないしそうでないかも知れない
以下、となりのクラスの山田くんの番外編となります。
某日某所。私はお茶を飲みながら現実逃避していた。
「良い天気だねー」
「……長崎さん!?」
呆然とした顔をしているのはこの世界の勇者様である山田くんである。
手には大きな長剣があり、体には鎧のようなものを付けている。
伝説の装備か、と突っ込みたくなるくらいその表面は輝く金属で覆われ、傷一つない。多分伝説の装備だ。
そんな伝説の装備の持ち主は、扉を開けた状態のまま、入り口付近で棒立ちである。目がまん丸だ。
そりゃあ帰ってきたらいきなり隣のクラスの人が窓際でお茶を飲んでいるんだ。驚くだろう。
「はい。山田くんもお茶飲まない?」
「え、長崎さん!? なんでここに、いや、どうして!?」
驚き叫ぶ山田くんに、聞こえないふりをしてお茶を入れてあげると、諦めたのか隣に座ってお茶を飲み出した。
ちらちらと物言いたげに私の方を見てくる。
私は手に爪を立ててみる、よし痛くない。まだ夢だ。
「本当に長崎さんだよね? 魔王の幻覚とかじゃなくて?」
「大丈夫山田くん。ここはね、夢の中なんだよ」
「いや俺起きてるし、寝てないし」
私の笑顔を怪訝そうな顔で見返してくる勇者様である。そんな彼に私は諭すように言った。
「寝ている人はね、皆そう言うんだよ? 山田くん」
さて現在の私の置かれている状況だが、どうやらまだ夢の中であるようだ。
ミア姫がハンカチを使って私を召喚したことを聞いた後、一室貰って眠りに落ちたはずなのだが、何故かここにいる。
簡素な部屋、宿屋の中のような場所に一人立っていた。
現実世界で目覚めるはずだったのだが、何故だろうと考えても分からないものは仕方ない。
勝手に現実逃避しつつお茶をしていたところ山田くんが扉から帰ってきたのだ。
「日なたでお茶をすると美味しいねぇ、山田くん」
「いや外は魔王の障気で曇ってるよ、長崎さん。あの、何でここにいるのか教えて欲しいんだけど」
困った表情の山田くんではあるが、先ほどから隙のない様子で私との距離を取っている。さすが勇者様(笑)である。
「え、この世界って魔王がいるの?」
魔王は山田くんが倒したはずなのだが、それがいるということは?
「そうでなきゃ、俺が召喚されたりしないと思う」
真顔で答える山田くんを見る限りでは嘘ではないと思った。
まさかの時間逆行か。寝たら戻れるのかそれとも、このまま山田くんの魔王退治に付き合うのか。
ちなみに多分私は職業村人(Lv1)辺りだと思う。スライムにも負ける自信がある。
よし諦めた。寝直そう。そう決意して私は山田くんに笑いかけた。
「とりあえず寝ようかなって思っているんだけど、ベッド借りていいかな? 山田くん」
「え、ちょっと、寝るって、ええっ!?」
見る間に顔を真っ赤にしてガタガタっと椅子をならして立ち上がった山田くんは、狼狽えきった様子で絶句した。
「な、何の罠!?」
「罠じゃないない。ただの夢だよ、山田くん」
にっこりと笑って私は勝手にベッドに潜り込む。うーん、毛布がふかふかだ。
硬直したように真っ赤のまま私を見ている山田くんに、一言だけ伝えておいた。魔王がまだいるというならば、彼はこれから死地に赴くのだろう。
「必ず生きて、ハンカチを返しに来てね。約束だよ山田くん」
それだけ言うとばさりと毛布を被って、私はすうっと眠りについた。
深い深い眠りに落ちて、夢を見たことなど忘れるくらいに。
* * * * * * * * * *
残された部屋で彼は、ゆっくりと毛布をめくると。
そこには誰もいなかった。彼女がいた痕跡一つなかった。
「――夢?」
そんな馬鹿な、と彼は呟く。会いたいと思う気持ちが見せてしまった白昼夢なのか?
彼女を見た瞬間に思った。偽物ではない、と。魔王が見せてくる幻覚のような邪悪な感じはしなかった。
彼が望んだ言葉を言ってくれる彼女は、何かの罠、いや彼女の言うとおり夢なのかも知れないと思うけれど。
それでも、と彼は思う。
「……夢でも、いいや」
首を振ると、彼は微笑んだ。彼女が望んでくれている。ならば、必ず。
「絶対に生きて、長崎さんにハンカチを返さないと」
そう、決意も露わに呟いた。