1 木の上の月
以下 死霊術士の殺人鬼の番外編となります。残酷描写注意。
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学園編後・カトール編前
学園からカトール一門へと向かう道すがら。
ミチカとリパー・エンドは祭りのようなものをしている村に立ち寄った。
興味を覚えてミチカは村人に聞いて見る。興味なさそうなリパー・エンドはちょっと離れた場所で退屈そうにナイフを回している。
「これ、なんのお祭りなんですか?」
老婆は笑顔で言った。
「収穫祭みたいなもんだねぇ。多少賑わうけど旅人が見るほどのものはないと思うよ。ああ、ただ」
彼女は付け加えた。
「宿を取るなら早めにしたほうがいいよ。この村の宿は二部屋しかないからね」
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助言は少し遅かった。
既に宿屋の部屋は埋まっていた。宿屋の主人は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、今日は珍しく旅人が二組来ていまして……」
「そうですか……」
ミチカが残念そうに頷くと、となりの殺人鬼が囁いてきた。
「ミチカ、泊まりたい?」
「いい。いらない。やめて」
埋まっているはずの部屋を開けさせるのに、どのような手段をとるかなんて聞く必要もないくらいだ。
即座に否定するミチカにリパー・エンドも残念そうな顔をした。
残念そうな二人に再度謝る宿屋の主人に、気にしないでと伝えてミチカは外に出た。旅に出て初の野宿である。
なんだかんだいって今までは順調に宿がとれていたんだなぁと思いながら、眠れそうな場所を探す。
ちなみに死霊は眠らない。リパー・エンドはミチカが寝ている間はいつもどこかに行っている。
今日は野宿だからなのか、欠伸しながらリパー・エンドも一緒に夜道をついてきた。
「このへんでいっか」
大きな木の下に座ると、寄りかかるようにして木に体をもたせかける。
そんなミチカにくくっと笑ってリパー・エンドが告げる。
「木の下って虫出るけど、大丈夫? ミチカ」
「……」
彼女は黙って立ち上がった。
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辺りを回っても眠れそうな場所はなく、諦めてミチカは木の下に座り込んだ。見上げると月が光り輝いている。
「もういい、諦める! あんた眠らないなら私の周囲の虫は全て抹殺しておいて」
ご希望の殺害命令である。対象が虫だというだけだ。
「あはは、やだよ虫なんて。面倒くさい」
そう言って彼はひょいとミチカを抱き上げると、ぐんと蹴り上がるようにして、木の上へと連れて行った。
ひょいと大きな枝の一つにミチカを下ろす。
「ここならまあ、木の下よりはましなんじゃないの?」
ミチカは急に連れて来られた木の上で、リパー・エンドの腕にしがみつくようにして言う。
「ちょ、ばか、落ちたらどうするのよ!」
地面が遠くて怖い。殺人鬼も怖いが高いところも怖いのである。
ミチカは木の上で眠ったことなど一度もない。寝台ですらよく落ちるミチカがこんな枝の上で落ちない訳がない。
「えぇ? もう、仕方ないなぁ」
呆れたような様子でリパー・エンドはもう一度ミチカを抱き上げると、よいしょっとばかりに彼は木の枝に座って背を幹に預けた。
彼の両足の間にミチカの体があり、腕は軽く支えられているので落ちそうな恐怖はない。
落ちそうな恐怖はないが――殺人鬼に抱えられて眠るというのはまた別の恐怖である。
「これならいいでしょ? おやすみ、ミチカ」
話は終わりだとばかりに勝手に彼は目を閉じる。眠りもしないくせにポーズだけ寝たふりなのだ。
一瞬突き落としてやろうかと思ったが、突き落としたら確実に自分も一緒に落ちる。
諦めてミチカも体を硬直させながら、目を閉じた。リパー・エンドには触れないように座ったまま。
しばらくすると、ミチカは眠りに引き込まれていった。
眠りかけたミチカの首がぐらんぐらん揺れ出すと、木の上で彼女を抱えていたリパー・エンドは彼女の頭を引き寄せて自分の肩にのせた。
完全に眠りに落ちたミチカは気付きもせずに、全身をリパー・エンドにもたれかかるようにして眠っている。
薄目を開けてそれを見ていたリパー・エンドは口の端を上げた。
「……うーん、殺したいなぁ」
物騒なことを言いながらも、ミチカが落ちないように抱え直す。
触れているミチカの体は温かい。生きているからだ。
死んでいる自分の体も、生きている人と全く同じように心臓が動くし、暖かいし、切れば血が出る。
彼女と自分の境界線はどこにあるんだろう。
すくなくとも彼女はバラバラにしたら死んでしまう。自分は大丈夫なのに。
首の骨を折っても死んでしまう。例えばここ、木の上から落としたとしても。
「……」
くく、とリパー・エンドは笑った。殺人鬼に無防備に体を預けている少女は気付かない。
地面とミチカは交互に見て、彼は目を細めた。
「……」
ふ、と手を離しかけて彼は首を振る。
「いけない、いけない」
まだ楽しみは、お預けにしなくては。大好物は後に取っておく主義なのだ。
そう笑う殺人鬼の顔を、見下ろすのは月だけだった。
翌朝、リパー・エンドに抱えられていることに驚いて、飛び退こうとしたミチカが木から落ちかけたのは余談である。