それから、僕らは
◆……◆
「おい、そろそろ起きんね」
閉じていた目をゆっくりと開いた。
周りは白で囲まれ、どこを見渡しても同じ色。
そして目の前の人物に焦点を合わせる。
「やっと起きたか。いつまで寝とるつもりや」
返事をしない桔梗にしびれを切らし、顔すれすれまで近づいてきた。
「あんた、私のこと覚えてなかとか」
「覚えていないわけないだろう」
目の前の”姫島”と呼ばれた女性は、仏教面からやっと笑顔を見せる。
「やっと思い出したとか。さっさとせんね」
桔梗は以前にも同じ様なやり取りをしたことを思い出していた。
「お前、最初からこれが狙いだったんだな」
「何の事や?」
どこかとぼけているが、桔梗には全部わかっていた。
「俺がまだ千早のことを忘れられずにいるから、こうしたんだろ?」
桔梗は千早に対する気持ちを伝えられずにいた事を、
この5年間ずっと後悔していた。
「さっきは実際の5年前じゃなく、夢の中だったんじゃないか?」
桔梗のいう事を黙って聞いていた姫島は、ゆっくり話し始めた。
「結崎が貝塚に対する思いを引きずっている事も知っていたし、
貝塚も同じように引きずっている事もわかっていた。だから……
こうして、結崎の貝塚を想う気持ちを量らせてもらった訳さ」
「千早も……なのか?」
「あぁ」
桔梗だけでなく、千早も同じ想いでいたが故にこうなったのか。
「それで、俺はどうなるんだ」
役目も終わり、自分は1度死んでいる人間だ。
このまま成仏するのもありかな。
そんなことすら考えていると、姫島が口を開いた。
「約束通り、死んだ件は取り消しておきます。戻って構いません」
「えっ! 本当に……戻っていいのか?」
「ご協力感謝します。ささやかですが、楽しみにしていて下さい」
言い終わりと同時に、姫島の整った顔が目の前に近づいてきた。
顔を背けようとすると、手で軽く押さえられてしまう。
「こうしないと……帰ることができないもので」
一度笑顔を見せると、姫島と桔梗の顔が近づき触れ合った。
何度目かわからない感覚に、意識が徐々に薄れて行った。
◆2024年8月31日 12:00◆
目が覚めると、病室のベッドの上だった。
先生の話によると、1か月昏睡状態だったそうだ。
一通り検査が終わり、病室で寝ているとあるものに気付いた。
まずは、自分の左手薬指。
もう一つは、ベッド脇の荷物置きだ。
荷物置きには、どこかで見た事のあるペンが置かれていた。
可愛らしく、使いやすそうなデザインが目を引く。
そして、左手薬指には覚えのない銀の指輪が光っていた。
「 (いったい……誰がこんなことを) 」
そう思った時、姫島のある一言を思い出した。
「 (ささやかですが、楽しみにしていて下さい) 」
「まさか……」
そう思っていると病棟の廊下に軽やかな足音が響いてきた。
病室のドアを開け、桔梗の方を見つめる2つの瞳。
桔梗は暫く信じられなかった。
まさか、こうして彼女とまた会う事が出来るなんて。
だから、最初の言葉を桔梗は考えていた。
夢の中で再会した時に言ったあの言葉だ。
「千早死んだんじゃ……」
「何で私が死ななきゃならないのよ?」
元気そうにくるくる回る彼女。
気が付くと、桔梗から一筋の涙が零れていた。
これまで星に託してきた想いがようやく叶ったのだから。
涙を拭い、それから桔梗は千早を抱き寄せた。