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ほぼ恋愛なし系

徘徊なう@無双ジジイ



 惑星ティシューは常冬の大地ネピア。

 そのネピアの田舎道を、1人の老人が自衛用のヤリを杖替わりにえっちらおっちら歩いていた。

 常冬とはいえ、今は比較的暖かな季節を迎えており、地面に雪などが積もっていることもない。


「ふむ。本日も晴天なり。砂糖大根はテンサイなり。

 ……ふ。ほっほっほ。」


 老人は道の脇のカブ畑を見ながら、1人冗談を言って笑った。

 モンスターが実在し、また多くの盗賊が蔓延る惑星ティシューは、けして治安の良くない世界だったが、老人の周囲にはそんな現実を感じさせない穏やかな空気が漂っていた。

 彼の名はミトクニ=コウ。

 世界中を放浪し続ける生粋の旅人であり、ごく一部の者に限りそれはそれは有名な徘徊老人だった。




 数時間後。

 特に何事もなくクリネックスの町に到着した老人は、まず傭兵会へと顔を出した。

 傭兵会とは、民間や国家からモンスターや盗賊などの討伐依頼を受け、会に登録されている傭兵たちを派遣するという世界規模の施設である。

 老人もまた会に登録された傭兵であり、時にモンスターを退治して日銭を稼ぐこともしていた。

 ただし、今の彼の目的は依頼を受けることではなく情報収集にある。

 老人は、地域の情勢や町の雰囲気、その他様々な情報を待機中の傭兵の様子や依頼の種類、職員との会話などにより仕入れるようにしていた。

 ヤリを所持してはいるが、依頼人として老人が傭兵会を訪れることは珍しくないため、特にミトクニ=コウに注目するような者はいなかった。

 やれやれと年寄りらしく呟きながら、彼は一先ず部屋の隅に設置された長椅子に腰かける。


「……っい加減にしろ!!」


 と、その途端。大きな怒鳴り声が建物を揺らし、次いで老人の足元へと年若い男が転がってきた。

 10代後半とおぼしき彼は、どうも鳩尾を強く殴られたか蹴られたかしたようで、その場で小さく蹲り呻いている。


「なーんじゃ、なんじゃ。穏やかでないのぉ。」


 男の憐れな様子に、老人は怒鳴り声のした方へ責めるような視線を向けた。

 その先に立っていたのは、年の頃は30代半ば程と思われる筋骨隆々の男戦士。

 老人の言葉を受け、戦士は軽く顔を顰めて口を開いた。


「ふん。それはそいつの自業自得だ。

 騒がせたことは悪かったが、無関係のジイさんにそんな目を向けられる覚えはねぇな。」

「ふむ?」


 どうやら乱暴なばかりではないらしい戦士の態度から、何かしらの事情がありそうだと察した老人は、小さく頷いて彼への視線を緩める。


「こりゃ、失敬。確かに顛末を知らんワシの出る幕ではないかもしれんのぉ。

 じゃがな、お前さん。手加減しておるとはいえ、素人相手に乱暴は感心せんよ。」


 戦士は老人の言い分に少しだけバツの悪そうな表情を見せた後、再び眉間に皺を寄せ悪態をついた。


「ケッ。ジイさんだって、そいつの話を聞きゃあ殴りたくもなるぜ。

 とにかく、俺はもうそいつの面も見たかねぇ。

 節介焼こうってんなら、別の場所に引きずってからにするんだな。」

「なるほどのぉ。では、忠告通りにさせてもらうとするかね。」


 言いつつ、老人が意外な力強さでひょいと男を脇に抱え上げると、戦士は一瞬それにギョッとしつつも無言で踵を返しその場から離れて行った。






「さて、この辺りでいいかな。」


 傭兵会からほど近い憩いの広場。

 老人はそこに並ぶ木々の下に男を降ろし、自身もその前方にしゃがみ込んだ。


「ぃよっこいせっと……ふぅ、やれやれ。

 大丈夫とは思うが、万が一ということもある。

 まずは回復魔法といこうかのぉ。」

「え、いや。何もそんなことまで……。」

「なぁに、遠慮するこたぁない。

 ただの寂しい老人の暇つぶしじゃよ。」


 申し訳なさそうに首を横に振る男へ、老人は朗らかに笑いながら両手をかざし呪文を唱え出す。


「つうめいけんき、こっていくこん、おうこうけんちゅう……。」


 すると、ボウッと老人の手から白い光があふれ出し、男の身体を優しく包み込んだ。

 瞬間。鳩尾のみならず床に転がった際に擦った腕や打ち付けた背中、そんな様々な痣と痛みが完全に消え失せ、男は驚いて目を丸くさせながら老人を褒めそやした。


「す、すごいっ。

 こんな高度な回復魔法を受けたのは初めてです!

 全く聞いたことの無い呪文でしたが、一体これは……。」

「ほっほっほ。ヒールの上位魔法マジデヒールじゃ。

 呪文はただのロールプレイの一環で、意味も必要も無いぞい。」

「ロー……え?

 あの、な、何ですかソレ?」

「ふっ。そうさな、まずは自己紹介といこうかの。

 ワシの名はミトクニ=コウ。

 ゲームのキャラデータを引き継ぎし最強の徘徊老人ミトクニ=コウじゃ。」


 最強の徘徊老人ミトクニ=コウは常に自身を偽らない。

 ゆえに痴呆老人扱いを受けることも少なくはなかったが、懐深き彼はそれすらも甘んじて受け入れていた。


「……と、いうわけでな。

 いやぁ、最初はゲームの中かと思ったもんじゃがのー。

 今では『人間の考えうる全ての世界は実在する』っちゅう方向の異世界だと認識しとるよ。」

「あ、はい。」

「普通に考えて気が狂いそうなもんじゃが、あいにく精神力のパラメーターもカンストしとるもんで、許してもらえんかった。」

「あ、はい。」

「ラスボス討伐中じゃったが、一応無事に倒したことになっとったようでのー。」

「あ、はい。」

「しかし、何が怖いっちゅうとなぁ。齢を取らんっちゅう事実じゃよ。

 ワシがこの世界に来て約20年、シワ1本すら増えんまま生き続けとる。」

「あ、はい。」






「ほほー、幼なじみが魂魄剥離病こんぱくはくりびょうにのぉ。」


 男は老人の説明にドン引きしつつも、助けてもらったのだからと律儀にも思い直して、今度は自身の身の上話に入っていた。


「それで、万年氷山に生息する雷光竜の血液が欲しい、と。」

「はい。」

「で、ろくに報酬も用意せず、しつこく助けてくれ助けてくれと傭兵に付きまとって、結果殴られたわけじゃな。」

「………………はい。」

「そりゃあまた、何ともかんとも。」


 男の話を聞いた老人は呆れたようにため息を吐き、次いで彼を諭す様に滔々と語り始める。


「傭兵は正義の使者でも何でもない、ただ金のために命がけで戦っておる者たちじゃ。

 金と自らの命を常に天秤にかけて生きておる者たちじゃ。

 報酬を軽んじることは彼らの命を軽んじることと同義。

 1発で済んだのはむしろ幸運じゃったぞ。」

「でも…………でも、笑ってくれるんです!」

「ん?」

「魂魄剥離病は大人でも堪えられないほどの痛みや苦しみに襲われるのだと聞きます。

 それなのに、幼なじみは……エリエールは、俺が見舞うといつも大丈夫だって言って、笑ってくれて。

 どんどん弱っていってるくせに、もう目を開けるのだって億劫なくせに、俺を見て笑うんです。

 だから、俺は……っ俺はどんなことをしてもエリエールを!!」

「そこまで。」


 興奮する男を、老人は右手を上げ強い眼差しと厳しい口調を向けることで制止した。


「スコッティとか言ったかの。

 お主が何をどう喚いたところで、依頼を受ける傭兵などおりゃせんよ。

 そもそも命がけの危険な行為を他人任せに、自分は安全圏でのうのうと待っておるだけというのも酷い話じゃないかね。」

「それはっ……だけど、俺には何の力もなくて……。」

「なぁーにを言うとる。

 雷光竜相手なら、ほとんどの傭兵が無力同然だわい。」


 目の前の老人から残酷な現実を突きつけられ、スコッティは悔しそうに唇を噛み俯いた。

 そのまま声も無く震える彼に、老人はそっと手を添えてこう告げる。


「ふむ。そうじゃなぁ。

 袖振り合うも多少の縁。一期一会という言葉もある。

 お主に覚悟があるなら、ワシが少しだけ手助けしてやってもいいぞい。」

「……え?」

「こう見えて、ワシはそれなりに強ぉい傭兵なんじゃ。

 たった1人で世界中を旅して回れるくらいにはな。」

「じゃ、じゃあ、貴方が雷光竜を!?」

「は?イヤじゃよ。」


 ミトクニ=コウの言葉に瞳に希望を浮かべ顔を上げるスコッティだったが、しかし、即座に真顔で否定され彼は石像のごとく硬直した。


「だって、ワシに討伐できるのは虫型モンスターと無機物モンスターと人間だけじゃもんっ。」

「へ?」


 唐突にふざけた口調でよく分からないことを言い出した老人へ、スコッティは懐疑的な目を向ける。

 老人はそんなスコッティの視線も全く意に介さず、顎に手を当て1人ブツブツと何事かを呟きだした。


「いや。より人間に近いゴブリンやオーガ、ギガンテスなんかも大丈夫じゃな。

 アレは何じゃろ、鬼系?

 ゴブリン単体なら妖精種の可能性もあるが、正直これは否定させてもらいたいのぉ。

 あとは上半身が人間のケンタウロスやアルケニーなどのモンスターも倒せたかな。

 逆にトカゲ顔のリザードマンや犬顔のライカンスロープなんかはダメじゃな。

 ふむ。総じて動物顔をしとるモンスターは無理っちゅうことか。

 改めて考えると、ワシとんでもない偏食傭兵じゃなぁ。」

「え、な、何で、そんな。」


 腕を組みうんうん難しい顔で唸っている老人へ、スコッティが当然の疑問を口にすれば、彼は勢いよく目を見開き己の膝を叩きながらこう叫んだ。


「何でもなにも、そんなもん可愛いからに決まっとるじゃろ!

 あんな愛らしい生き物たちを殺してしまうなんぞ、とんでもないわい!」

「かわ……えっ、えぇ!?でも、モンスターですよ?

 常時駆除対象になってる人間に仇なす害獣ですよ?」

「分ぁーかっとるわい。じゃから、誰が殺そうと止めはせんよ。

 ただ、ワシが手をかけるのは絶対にイヤじゃ。死んでもイヤじゃ。

 これだけは何があっても譲らんっ。」


 鼻息を荒くして主張する老人ミトクニ=コウ。

 彼の感覚が全くもって理解不能な若者スコッティは、とりあえず分かろうとすることを止めて最初の話に戻そうと試みた。


「だったら、あの、貴方の言う手助けとは一体どういう……。」

「ん?あぁ、アレじゃ。アレ。

 お前さんが自分で雷光竜に挑むんじゃったらまぁ、ワシも護衛くらいは引き受けてやるぞい。」

「っそんなムチャクチャな!」

「そうかね。延々無駄な依頼を出し続けるよりは、まだ可能性のある選択だと思うがのー。

 ま、何にせよ決めるのはお主じゃ。ワシャ、無理強いせんよ。」


 軽く老人から肩を叩かれ、スコッティは戸惑いに瞳を揺らした。

 何かを話そうとするも声にならず、彼の口はただ開閉を繰り返している。

 しかし、老人は男の言葉を待つつもりは無いようで、ヤリを支えにゆっくりと立ち上がった。


「ぇよっこいしょっとぉ。

 もし決心がついたら、傭兵ギルドにワシの名で呼び出しをかけとくれ。

 それじゃあの。」


 言って、えっちらおっちら去って行く老人の背を追うことなく、スコッティはどこか呆然とした表情で風に揺れる雑草を見つめ続けていた。






「っひ、うわあああああ!!」


 男は己が目前に出現した恐怖に脅え、情けなくも叫び声を上げ尻餅をついた。

 パキパキと氷に水でもかけたかのような音を響かせながら、白の大地より透明な人型のモンスターが生み出されていく。

 まるで草木が生えるように地面から湧いて出たデッサン人形にも似たソレらは、ものの10秒とかからぬ内にスコッティとミトクニ=コウをずらりと取り囲んだ。


「ひぃーっ!死っ、たっ、たす、助っ!」

「金剛氷人なら討伐余裕じゃて、安心せい。」


 慌てふためく男と裏腹に、老人は手元のヤリを構えもせず、呆れのため息と共に自身の曲がった腰を2度ほど叩いた。

 彼の余裕な態度を見てもまだ安心できないのか、スコッティは涙目で前方を指さし声を震わせる。


「だだだだってあああんなたくたくさん!」

「9割9分9厘以上、問題ないわい。

 仮に取りこぼしてお主の方へモンスターが行ったとして、身代わり神像があるじゃろ。

 ついでに、今貸しとる獄炎のヤリならかすっただけでもヤツらお陀仏。

 いくら素人のお主でも、そうそう死にゃあせんぞい。」

「で、でも!でもぉ!」

「デモもストもあるもんかね。

 どうしてもダメなら、嫌魔玉を使えばモンスターは一目散じゃよ。」

「あ、そ、それなら。」

「ま。使っちまえば最後、雷光竜も寄って来なくはなるがの。」


 老人のその一言を耳にした途端、スコッティの目が、空気が、態度が変わった。

 身体はまだどうしようもなく恐怖に震え、瞳から流れる涙が頬を濡らしていたが、彼はゆっくりと立ち上がり不格好にヤリを構えた。


「い、イヤだ……エリエールが、エリエールが死ぬのが、1番イヤだ……っ!

 俺は絶対彼女を助ける!助けるんだ!!」


 へっぴり腰に、穂先の定まらぬヤリ、鼻水さえ垂らした脅えの拭えぬ顔。

 懸命に覚悟を決めてなお、スコッティの姿はどこまでも情けなかった。

 ジリジリと金剛氷人が間合いを詰めてくる中、けれど老人は愉快そうに笑い出す。


「くっ、ファーッファッファ!!

 いーやいや、中々、どうしてどうして!

 お主、強いのぅ。感心したぞい。」


 笑顔を浮かべたまま男の肩を軽く叩いて、ミトクニ=コウはようやく自身のヤリを両手に構え出す。

 意図が分からず困惑するスコッティが眉尻を下げて老人を見やれば、彼は前方を向いたまま視線だけを軽く男の方へ向け口を開いた。


「ほっほ、どこが強いのかと反論したそうな顔をしとるな。

 だがなに、答えは簡単。」


 言いつつ、ニヤついた表情のまま1歩足を踏み出した老人は、次の瞬間スコッティの……いや、その場にいた全ての存在の視界から消え失せた。


「心じゃよ。」


 言葉と共に再び老人が彼の前に姿を現せば、直後ガラスが割れるような音と共に一斉に金剛氷人が四散する。

 スコッティがその現象を理解する間もなく、すでに、そこには何の変哲もない雪道のみが広がっていた。


「さて、もう少しで雷光竜の生息域に入るぞい。

 お主は今の気持ち、しっかり胸に留めておくんじゃぞ。」


 朗らかに笑って、徘徊老人ミトクニ=コウは再び彼に背を向け、ヤリを杖代わりにえっちらおっちら歩き出した。

 スコッティは、己が身の内から湧き上がる昂揚感に後押しされるように、漫然とした意識のまま老人の背を追い駆けだしたのだった。






「おー。ホレ、いたぞい。雷光竜じゃ。」

「ひぃー!ででで、デカイぃぃ!」

「見た目といい、サイズといい、ブラキオサウスルによう似とるのぉ。

 ま。アレよりはちょいと雷を纏っとるし気性は荒いし色々身体もゴツく機動力があるかもしれんが。」

「何を暢気に感想なんか述べてるんですかぁー!」


 意味の分からないことを述べつつウンウン頷いている老人へ、必死にツッコミを入れる男スコッティ。

 だが、ミトクニ=コウは彼の声など全く耳に入っていないかのように、顎から離した手をいそいそと腰に吊るした茶色の道具袋へと伸ばした。


「ふむ。得物はヤツの弱点、土属性が良かろうな。

 えー、どこに……と、あったあった。ほい、大地神の聖なるヤリ。」


 さっと老人が取り出した見るからに神々しいヤリを受け取りながら、スコッティは顔に苦々しい表情を浮かべて口を開く。


「どこからこんな国宝級の装備を手に入れているのかとか、その小さな道具袋は一体どうなっているのかとか、ミトさんの人離れした強さは本気でどういうことなのかとか、色々聞きたいことはありますけど!

 けど!!」

「けど、何じゃ。」

「本っ当に俺がアレに1人で挑むんですか!!?」


 男はまだこちらに気が付いていない雷光竜を指さし、老人の強さを知った今では理不尽とも思える条件に対し苦言を呈した。

 自らの命と幼なじみの命がかかっているため当然必死にならざるを得ないスコッティだが、ミトクニ=コウはどうでも良さ気に鼻をほじりながら至極軽い口調でこう返してくる。


「そうじゃよ、だって可愛いもの。

 あれだけ可愛い竜じゃ、ワシャよう怪我もさせられんわい。」

「うわー!理解できないぃーー!!」


 明らかに人間よりもモンスターに重きを置いているキチ老人に、彼は痛む頭を抱えて蹲った。

 すると、それを見た老人は面倒臭そうに息を深く吐き出しながらこんなことを言ってくる。


「ったく。ゆとりはこれじゃから、しょーがないのぉー。」

「ゆ、ゆとり……?」

「ほれ。出血大サービスでこの剛力王の腕輪と韋駄天のワラジ、上昇したステータスについていけるよう脳力強盛眼鏡と、ついでにターン毎自動小回復機能つき神竜の兜、飛行能力の付いたいにしえ英雄合羽ヒーローマントも貸してやるわい。

 お主、これでダメなら末代までの恥じゃからな。ふんまにもー。」


 ブツブツ呟きながら、老人はスコッティの傍らへ投げ捨てるかのようにポイポイ装備を放った。


「って、ちょぉぉ!?

 これ絶対そんな雑な扱いして良い代物じゃないですよねッ!?」

「ワシのもん、ワシがどう扱おうと勝手じゃわい。

 いいから、さっさと拾わんか。

 大事な幼なじみが死にかけとるんじゃろうが。

 苦労して血液を手に入れたところで間に合いませんでした、じゃあ話にならんぞ。」


 老人に発破を掛けられたことで、男はついに覚悟を決めたのか、歯を強く喰いしばりながら地面へと手を伸ばした。

 だが、ミトクニ=コウの持つ装備は、特に一般人のスコッティには効果が大きすぎたのだろう。

 それらをひとつまたひとつと身に纏うたび、彼は己の身体が赤の他人のものへとなりかわっていくような、そんな不気味な恐怖感を味わっていた。






 結果的に言えば、雷光竜の血液は容易に手に入った。

 装備で何倍にも身体能力を強化されたスコッティは、実にあっけなくモンスターを討伐することに成功した。

 だが、その直後。彼らは運悪く……そう、本当にただ運が悪く惑星ティシューにおいて唯一遭遇してはいけない存在に遭遇してしまった。


「スコッティ!お主は今すぐ嫌魔玉を使って、1秒でも早くここから逃げるんじゃ!!」


 全身から黒い霧を立ち昇らせながら、血よりもなお深い赤色でできた人型の骨が2人の元へと歩いてくる。

 いや、歩いてという表現は適切ではない。

 モンスターの足は地面から数センチほど浮いており、空中を滑るように移動していたのだから。

 赤い骨の纏う霧が次々と木々を溶かし地を腐食させていく異様な光景を前に、スコッティは大いに脅えガクガクと身体を震わせながら、それでも老人相手に虚勢を張ってみせた。


「おお主はって……みみミトさんはどうどうすっでっ!

 おおお俺はおん恩人を置いてなんかいか行けまっせんん!」

「あぁ!?」


 途端、普段は温厚な態度を崩さない老人ミトクニ=コウが、まるで人が変わってしまったかのように額に青筋を浮かべ殺気まで交えて本気の睨みを利かせてくる。

 だが、スコッティも中々大したもので、チビりそうになる下半身をギリギリ抑制しながら果敢に話を続けるのだった。


「ひぃーっ!だっ、だだだいたいアレは……あのモンモンスターは何なんなんですかぁー!?」

「ッあーーもう、面倒くさいことぬかしおって!

 こいつは放浪癖の死神王!正式名称は不明!適正レベル50以上のフィールドやダンジョンにランダムで現れる!

 アバチュの人修羅やウィズのダイヤモンドドレイクに並ぶ鬼畜仕様で、ゲーオタを何人も泣かせてきた最強最悪のクリア後隠しボスじゃ!!

 相当のリアルラックとついでに正確無比なプレイヤースキルを要求され、今のワシでも即死が有り得る超大物!」

「ごめんなさい俺にも分かる言葉でお願いしますミトさんんん!!」

「要するに、ごっつぅヤバい敵じゃあ!

 分かったら、足手まといになる前にさっさと逃げい!!」

「ででででも!!」

「それとも幼なじみより先に死ぬつもりか!

 いいから行けーーーーッ!!」






 それからすぐ、スコッティは逃げだした。

 恐怖、後悔、怒り、安堵、様々な感情を抱いて万年氷山をひたすら走った。

 顔面の穴という穴から汚らしい汁を大量に垂れ流しながら、必死に足を動かし続けた。

 未だ借り受けていた老人の装備が大いに彼を助け、下山はわずか30分で終了した。

 山の外まであのモンスターが追いかけてこないことは教えてもらっていたし、嫌魔玉の効果は最低でも2時間以上だ。

 スコッティは地に蹲り吹き降ろす冷たい風を無防備に背に受けながら、涙が枯れ果てるまで声を上げて泣きに泣いた。

 己の我が侭で親切な老人を殺してしまったのだという罪悪感に泣き、けれどこれで自分と幼なじみは助かったのだという安堵感に泣き、そんな利己的で薄汚い思考を持つ自身の情けなさにまた泣いた。


 3時間後。

 目を真っ赤に充血させたスコッティは、老人の死を報告するためにノロノロと傭兵会の扉を開いた。

 が。その直後、彼は有り得ないものを視界に認めて反射的に身を竦ませる。 


「あー、まぁね。

 ワシも昔は女やっとったわけじゃから、お前さんの気持ちは分からんでもないぞ。

 ただのぅ、春画本まで禁止するのは明らかにやりすぎじゃよ。

 尿意催すのと同じ、生理現象じゃから。溜まったら出すもん出さんと辛いじゃろ。」

「なっ!えっ!?ミトさ……えぇ!?」


 そこにいたのは、紛れもない徘徊老人ミトクニ=コウだった。

 彼は逞しい女性戦士を相手に、何やら微妙すぎる内容の会話に勤しんでいる。


「一方で、お前さんはその生理現象全てに対応することは出来んと言う。

 ま、それは当然じゃな。いちいち全部に付き合っていたら、肉体的にも精神的にもキツかろうし。

 そもそも、愛情に関係なくただ生理現象の捌け口となっちまったら、肉便○とよう変わらん。

 しかし、じゃ。じゃったら、旦那はどうしたらいい?

 答えは、自家発電。これしかないじゃろうが。」

「まっ、ど、ミトさ、どうして……!?」


 震える足を何とか動かし、未だこちらに気付かず熱弁を振るっている老人へと近寄るスコッティ。


「いいかね?生理現象と愛情を同列に見てはいかん。

 他の女を見てエレクトするっちゅうのは、お前さんがイケメンを見て格好良いと思うのと同じレベルなんじゃよ。

 所詮その程度のことなんじゃ。」

「…………ていうか。」

「もちろん、浮気は最低じゃ。去勢か拷問かいっそ死刑にされるべきじゃ。

 だからといって、無差別にオナ○ーまで浮気扱いしてしまってはいかんよ。

 本当にお前さんが旦那のことを愛しているというのなら余計にな。」

「貴方さっきから一体何の話をしているんですかーーーッ!!」


 大声でツッコミを入れたスコッティは、先ほどとは全く違う意味で泣き出したくなってしまったが、まぁそれも潔癖な田舎の未だ10代という若き男では仕方の無い話だった。


「おや、スコッティ。遅かったのぅ。」


 声をかけられてようやく男を視界に入れた老人は、気を利かせて離れていく女性に軽く手を振ってから、彼の方へ向き直る。

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしたスコッティは、感情に任せてミトクニ=コウの肩をつかみ揺さぶりだした。


「おや、じゃありません!俺がどれだけ心配したと思っているんです!!

 なのに、貴方ときたら白昼堂々下品な話をそれも女性に向かって!!」

「何が下品なもんかね。至極、真面目な話じゃったろうが。」


 流れるような見事な動作でスコッティの手を外しながら、ミトクニ=コウは不満に頬を膨らませる。

 子どもと違い可愛さのカケラもない老人のその行為は、少しだけ男の思考に冷静さを取り戻させた。


「どこが真面……あぁ、いや、いい。もういいです。

 それで、ミトさん。どうしてここに?

 俺はてっきり、あのモンスターにやられて死んでしまったものと……。」

「あぁ、うん。死んだぞい。」

「またそんな……生きているじゃないですか。」


 趣味の悪い冗談だと眉を顰めれば、老人はこれ見よがしに人差し指を立て左右に揺らしながら舌を3度鳴らした。


「チッチッチ。ワシャ、嘘なんぞ吐いとらんわい。

 残機があるもんで、自動的に最後に寄ったクリネックスの町の外に復活しただけじゃー。

 いわゆるデスルーラっちゅうやつじゃな。」

「ざ…………え?」

「いやぁー。初めて蘇った時ゃあ仰天したが、今じゃすっかり慣れっこでなぁ。」

「えっ、よみ、あの。」

「あぁ、そうか。お主にも分かりやすく言うとじゃなぁ。

 ワシまだあと90回くらい死んでも、生き返ることになっとるんじゃよ。」

「生き返……はぁあああ!?」


 仰天し雄叫びを上げるスコッティへ、老人はイタズラが成功した子どものように愉快そうに笑う。


「ほっほっほ。ワシャちゃあんと最初に名乗っておいたんじゃがのぉ。

 ゲームのキャラデータを引き継ぎし最強の徘徊老人ミトクニ=コウ、とな。」


 得意げにウインクを飛ばし、老人は更に楽しそうに笑い声を上げた。






 かくして、常冬ネピアは狭き寒村に住まう若者スコッティは無事幼なじみの少女エリエールの病を治すに至り、また残機90以上という長い長い暇を持て余した正義の徘徊老人ミトクニ=コウは新たな地に新たな無双伝説を刻むに至ったのである。




 めでたし、めでたし。


おまけ~とあるゲーマーの独り言~


「っしゃああ!低レベルプレイ完遂ぃーー!!」

「いやー、疲れた疲れた。ちょっと休憩。」


「さーって、3周目はどうしようかなぁ。」

「やっぱ鬱憤晴らしにもステータスオールマックスで無双プレイいっちゃうか?

 とすると、既存キャラよりオリキャラがいいかな。」

「見た目とギャップのある感じでー、幼女だとありきたりだし老人でいこう。」

「老人ねー、老人……あ、ちょうどいいや。

 青掛拳せいかけん胡文老師こぶんろうしでもモデルにしよ。」

「年寄りだし背はそんなに高くなくていいかな。165、と。」

「武器はー、うーん、幼女ならめちゃデカイ斧1択なんだけどジジイだしなぁ。

 元キャラやロマン的には無手がいいんだけど無いし。

 むー、より無双っぽくヤリにするか。

 薙ぎ払いの範囲が1番広いし、攻撃力も低くないし。うん。」

「で、キャラ名ね。んーんーんー、んっ。ミトクニ=コウでいいかな。

 平和のために放浪する老人ってイメージで。よし、オッケー。」


「さ、ボス戦の前に最終チェックーっと。」

「レベル、最高。ステータス、オールマックス。

 残機99。2周目以降解放の最強隠し装備かっくにーん。

 必殺技、魔法、全取得オッケー。アイテム上々。お金カンスト。

 イベント、全クリ。モンスター図鑑コンプリート。」

「コントローラーの効き、ゲーム機の状態、ACアダプタの温度、オールグリーン。

 セーブ終了。所要時間350……か。自分、超頑張った。」

「ふひひ。こりゃあ、天からの災厄さんも涙目だわ。

 弱い者イジメすぎて、戦う前に侵略中止するレベル。」


「へっへっへ。いいね、いい塩梅だよ。

 2周目でパターンも完全把握してるし、無傷勝利余裕っすわー。

 いよっし、トドメは超必殺技で格好良く決めー……。」







「…………どこ、ここ。」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ネピアにはきっと柔らかくてフワフワで、白い羽根のように軽い雪が降るのでしょう。白い大地に転がったトイレットペーパーの街道を連想してしまいました。雨には弱そうです。徘徊する御老体が実は女性だ…
2014/03/01 22:00 かえるさん
[良い点]  もはや熟練の域の固有名詞芸に、一行目から吹いた。  元気なお年寄りっていいですね。(中身は純情乙女かもしれませんが。)癒されます。  福笑いをありがとうございました!
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