22話:帰り道、手をつなぐまでのほんのちょっとした。
お参りからの帰り道、私と結城さんは二人で並んで歩いていた。手が触れるか触れないかという距離なのに、その手は繋がれる事はない。そんな空気に若干の気まずさも覚えながら、私は結城さんの横について歩く。空気は冷たくてあっという間に指先を冷たくするから、無意識にその手を握りこむ。
するとしばらくして、隣の結城さんが沙織、とこちらを呼んで、握りこんだこちらの手をかまわずに取り、握りこんだ指先を解いて握りしめてきた。
どきり、としたどころでは無い。心臓はもうばっくんばっくんだ。
「ゆ、結城さん…」
「ごめんなさい。冷たかったのに…女の子をこんなに冷やしちゃって…」
そう言って更に結城さんはやんわりと手を握りしめた。彼の温もりが、冷え切った指先すら危うく忘れそうになっていた。そのまま立ち止まってしまった結城さんに合わせるようにこちらも歩を止めて彼を見上げる。冷気に頬が赤らみ、どこか泣きそうにも見える優しい微笑みがそっとこちらを見下ろした。
「…次はいつ…会えるかな。…受験が終わってからですかね」
「そ…ですね。…でも、連絡はしてくれていいですから! 結城さんの声聴けるだけで…嬉しいですから…」
言った途端、自分のあやまちに気付いて思わず顔がボッと熱くなった。あ、しまった私何言ってんだ馬鹿!その言葉をしっかり聞き届けていたであろう結城さんは真っ赤になりながら私を見てうっすらと微笑んでいる。
「分かってます…でも、少しだけにするから…」
そう言ってもう片方の手の人差し指を口元に持っていって口角を持ち上げる結城さんの姿はなんかカッコかわいすぎて目を合わすことも出来なかった。その笑みにホント弱いんだって! ホント心臓に悪いよ…
「…沙織…どうして顔を背けるの」
「何でもないです…」
「嫌なの?」
「そうじゃないんです…」
「なら」
突然ぐい、っと手を引かれたら結城さんの目の前で、更に心臓の音が増す。その…そのうるうるしたワンコ目を止めてええええ!
「ちゃんと見て」
「…は」
「は?」
「……恥ずかしいんです…!…」
ホント久々の結城さんだし相変わらずのイケメンっぷりだしなおかつそのワンコな眼差しで見つめられるとホント弱い。ちらっと結城さんの方を見たら、ああ、案の定なんか得意げな顔をしていた。
「…ホント、かわいいな」
「っ……!」
「…ああもう、…沙織。これだけ許してくれる」
そう言った結城さんの気配が次の瞬間不意に近づき、前髪を柔らかくかき上げられたと同時に額の方で軽い感触が当たる。
ちゅ。
その音に何されたかが瞬時に判断がついて、またしても顔が赤く成らざるを得ない。
「ゆ、結城さん…!」
思わずその両腕を掴んで視線で懇願すれば、切なさの入り混じった笑顔で返された。その笑顔は私の心臓を抉るみたいに深く切り込んくる。それに耐性が相変わらず付かないから本当にどうしようと思う。いつもドキドキさせられっぱなしだ。
「許して」
頬にこもる熱は頬に添えられた温かい手の平のせいなんだろうか。視線に耐え切れなくて目だけ逸らせば、クス、と優しく笑う声がした。
「ありがと」
本当にこの人は知り尽くしている。結城さんは微笑みながら私との手を繋ぎ直すとまたゆっくりと歩き出した。ふんわりとした時間が緩くほどけていくように流れていく。
互いの間に相変わらず言葉はないのに、今度はその空気が心地良かった。頬は先程の熱の余韻を仄かに残している。ちら、と視線を上げれば結城さんはとても嬉しそうに空を見上げていた。
「家の近くまでは送らせて下さいね」
「ええ?! 別にそこまで…」
「柚琉は送らせたのに…」
「あ…根に持ってたんですか」
やがて家の前まで来た時、照れながらこちらを見つめる彼女を最後まで手を振って見送った。その姿を見つめながら、無意識にある作品の一文が唇から零れた。
「…そうさ。僕も悪戯だとは思っていない。愛する事は、いのちがけだよ。甘いとは思わない…」
風に乗せた言葉を果たして聴きとったのか、振り返った彼女は何かを察したか少し怪訝そうな顔をしたが、やがて通りの角を曲がって行った。
無理やりに詰め込んだ、結城くんのいったワンフレーズの作品は太宰治「雌に就いて」です。男2人が理想の女について語り合い、太宰が女と一緒に死ぬと言いだした所で友人が止める話。しかしこの翌日太宰は女と心中を起こし、自身が助かる、という結果になるのでした。短めで喋る文の方が多いので読みやすいです。