21話:初詣、久しぶりの優しさに触れる。
この時期の空気と言えば日中でも冷たいのに、よくも人間と言うのはこう密集できると思う。遠くに見える人ごみを見ながら、私はただ目を丸くした。
「すっごい混み…まあ正月だしなあ」
無事に結城さんに会えるのかな。この混み具合だとまずそれが心配になってきてしまった。喫茶店まで行って合流すれば良かったんだけど、そうまでさせたくないと向こうが言うものだからまあ待ってみるとしよう。というかまず電話すればいい話だ。バックからスマホを取り出して電話を掛けると、ハイ、という少し息切れした声が聞こえた。
『沙織っ…今何処にいますか?』
少し焦った様な声に、アレ珍しいと思った。いつものんびりしている彼がこうも焦っているとは、まだ時間まで少しあるのに。
「今入り口です…結城さんは?」
『僕もそこらへんに。今探しますね』
「あ、はい」
なら少し目立つ場所の方がいいのかしら。そう思っているとすかさず電話口から声が飛ぶ。
『なら目立つ場所がいいとか思って動いてもダメだよ。人ごみから外れて大人しくしてなさい』
うっ、エスパーかこの人。渋々電話に向かってはぁい、と呟き電話を切り、人の流れる方向を逆走しながら道を外れ、隅っこに行こうとして途端に誰かとぶつかった。
「す、すみませ…え?」
そのまま黙って手を取られてぐいぐいと端の方に連れていかれ、人の少ない場所でようやく解放された。顔を覗きこまれて再度驚く。
「結城さん!」
「…全く君は…遅くなってごめんなさい」
黒のダッフルコートから覗く白い顔が寒さで赤くなっている。少し乱れた髪を手で直して、結城さんは少し困ったように微笑んで言った。
「こんなに人ごみになるとは思わなくて。…お参りは久しぶりで忘れてました」
「そうなんですか」
あはは、と爽やかに笑う結城さんを見ながら、どうして久しぶりに行こうと思ったのかな、とふと疑問に思った事を口にしかけてその前に結城さんの指で唇を制される。
「…君と一緒にいる口実づくりに久々に行こうと思ったんです」
そう言って結城さんはふ、と口元に笑みを浮かべた。や、ヤバいこの笑顔! 久々過ぎて耐性無くなってる! 熱くなった頬を押さえながら、片手を結城さんに引かれ本殿の方に向かう。
再び人ごみに入ると、人ごみに押されながらも懸命に繋がれた手を離さない様についていく。
気を抜けばいつだってもみくちゃにされそうな人ごみの中を、結城さんの手を離さない様にしっかりと握りしめて歩く。
(…あったかい)
頬が冷たいのに、その感触だけはしっかりとしてて、温もりは確かにあって。ああ、この人のこの手は離したくない。離れたくないと、心からそう思った。
「沙織?」
不意にぐい、と引き寄せられ身体が結城さんの胸の中に閉じ込められると、上から結城さんが優しく頭を撫でてきた。その仕草に自然と頬が熱を持ち始める。こちらの顔を見ながら、結城さんは困った様に眉をひそめた。
「繋いだだけじゃだめだな。はぐれてしまいそうで」
「だ、だからって」
「この方がはぐれない。もうすぐで本殿だから」
そう言って結城さんが顔を上げた気配がしたのでつられて顔を上げると、流れは確かにゆっくりとしてきて、時折聞こえるお賽銭を投げる音が先程より大きくなったのが分かった。
「これがお賽銭の列みたいで。ここで待ってましょう」
「あ…はい」
ざわざわとした喧騒の中で私は結城さんの胸の中で、黙って俯いた。何故なら恥ずかしかったからだ。こんな事、好きと言い合えるようになった関係なら当然の事なのだろうか。私は分からない。
彼のこうした他愛のない行動が、酷く心臓を熱くする。
「沙織、ハイお賽銭」
不意に後ろから回っていた手がそっと私の手を包む。驚いて顔を上げ、そして手の中に置かれた物を覗きこむ。
「…私このくらい出せるよ」
どこか冷めた口調になってしまった、と後悔しつつも結城さんに問いかけると、彼は良いから、と微笑んで言った。
「僕の方が大人だし、それに僕の思いもこもってるから」
「結城さん」
「二人分の感情を込めれば、きっと叶うでしょう」
ね、と優しく返してくれるその人を見て、何故か泣きそうになった。優しい。苦しくなるくらいこの人は優しすぎて。ほら、と私の手の平を包んだ結城さんが、順番の回ってきたお賽銭箱の前で私の手を一緒に振り上げ、お金を放り込む。甲高い音がして、投げたそれは他のお賽銭と一緒に賽銭箱の中に消えていった。
流れる様に結城さんが手を合わせたので私も慌てて手を合わせた。どうか、受験にうまくいきますように、頑張りますから、本当に頑張りますから。神さま、そしたら、そしたら―
一瞬の時間の中、私は心の中でそれを願った。
お久しぶりです。なんやかんやとしていたら本当に年の瀬になってしまいました。
相変わらずの二人ですが、見守ってやってください。
あと文章が大分アレなので、のちのち修正入れます。すみません。