20話:新年は電話越しに
すっかり外は雪景色になった夜の世界を窓から眺めながら、私は机の上のマグを手に取り、コーヒーを一口飲み込んだ。すっかりこの舌もコーヒーが無いといられなくなってしまったなんて、可笑しな話だ。静かな自室でクス、と笑って、もう一度机の上の勉強の後を見つめる。
勉強に集中していたせいか、気が付けば新年を大幅に過ぎていた事に気が付いたのはほんのつい先ほどだ。去年はなんだかんだで色々あったなぁ…その色々を思い出して、なんだかその色々は皆結城さんの事しか当てはまらないのに気付いて自然と顔が火照る。
傍らのスマホの画面をコツリと指先で叩く。クリスマス以降、電話も思い立ったら遠慮しないで互いにしようと決めた。それでも結城さんは週一が大体で、天気が悪い日なんかは「雨が降りそうだから、濡れない様に傘を持っていって下さいね」とか、些細だけど気づかいに溢れた言葉を伝えてくれる。それがとてもありがたくて、嬉しくあった。
受験が終わったら彼に精一杯、自分が出来る事で恩返ししよう。そう決めて、今自分に出来る事をやろうと頑張っているつもりだ。
(でも流石にそろそろ寝よう…)
あくびをかみ殺せば、目尻に自然と涙が溜まる。
(寝る前に…でもどうしようかな…)
時計を見ながらイスの背に身体を預け、ため息をつく。あけましておめでとうにはだいぶ過ぎているけれどはたして彼は出てくれるだろうか。ぼんやりと窓の外を見ていると、不意に机の上のスマホがブルブルと震えだした。画面を見て慌てて通話にすると、結城さんのあは、と笑う声が聴こえた。
『慌ててたんですね』
「そ、それは…」
二の句が告げずにいると、ふふ、と吐息の様な笑いが零れて思わずドキンと心臓が跳ねる。
『…新年も大分過ぎたから、もう通話もできるだろうと思って』
「あ、ありがとうございます…」
『もしかして寝てました?』
「勉強ですよ。今私も電話しようかな、って思ってた所」
そう言うと結城さんはお疲れ様、無理しないでと優しく言ってくれた。彼の声は心の中にほんわりと入りこんで癒してくれる。そのまま二人電話越しで何故が黙ってしまって、しばらくの沈黙が訪れる。ただ電話口では彼の吐息だけが静寂の空気の中に聴こえていた。
しばらくしてから電話越しで結城さんが沙織、と私を呼びかけたので、思わずイスから立ち上がって床に正座して座り、緊張の面持ちでハイ、と答えた。
『…あけましておめでとうございます』
「お、おめでとうございます…」
うわあ。なんで私、頬があっつくなってんだろう。空いている方の手で自分の頬に指先を当てるとやはりじんわりと熱を持っている。
それよりも、私いつも友達とかにはあけましておめでとうの後何を喋っていたんでしたっけ? あれ? 毎年の事なのにこうも容易く忘れてる物なの? あわあわしている私とは対照的に、結城さんはややあって静かにまた沙織、と私を呼んだ。
『…ねえ』
とととと吐息が! イケメンボイスの吐息がヤバい! お疲れ脳には刺激が強いっす! ともすれば簡単にふっとびそうな理性を必死に押さえつけ、震える声で会話に答える。
「は、はい…」
『…明日か明後日か、初詣に行きませんか』
「え?」
思わずきょとん、として返せば、電話越しで結城さんに驚きすぎですよ、と笑われてしまった。
『ほら、合格祈願も兼ねて』
「あ…」
『忘れてたの?』
「そう言う訳ではないんですが…」
『うん?』
「……誘って頂けるとは、思っていませんでしたので…」
おそるおそるそう言うと、瞬間電話越しで沈黙が訪れ、そして結城さんが爽やかに笑う声が響き渡った。またしてもわ、笑われた…!
「ゆ、結城さんっ!」
『…っは……もう』
息切れをしながら、結城さんは必死に呼吸を整えて、やっとの事でごめん、と吐息交じりに囁く。
『……誘いますよ。君だもの』
「…は……あ…そうですか…」
『それで。行くんですか行かないんですか。まあどっちにしても行かせますけどね』
「選択肢一つじゃないですか!」
『勿論。…それとも…沙織は断るつもりだったんですか?』
途端に電話越しの声が悲しそうになる。ああもう! この人またワンコバージョンだ! 今きっとワンコの耳出てる! っていうかホントは絶対分かってやってるでしょこの人はああああ! 乱れた心を何とか落ちつけて、キッとスマホを睨んでから口を開く。
「………行きますよ。…結城さんだもの」
悔しかったけど断るつもりもなかったので真似る様にそう言ったら、向こうの方で息を詰めた音がした。それから少し間を置いて、結城さんは苦笑交じりに笑っていたのだった。
『……ホント、叶わないな…』
まさかの衝動的な思いつきが20話まで続きました。びっくりしてます。まあ途中からイケメンが名作文学を読み聞かせしてくれるというスタンスが消えてるんですが、果たして戻していけるのか。