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19話:君と居られるこの時を

「一緒に食べるんでしょ?今度は僕が食べさせてあげる」


そう言って結城さんは白い頬を染めながらあーんと笑ってフォークを差し出してきた。もう頬どころか全身が熱いよ! ふふ、と笑って結城さんは私の唇にそのお菓子を押しつけてくる。パリ、とした生地が当たって、バターの香ばしい香りが漂って、もう選択肢なんか一つしかないんじゃないっすか! 震える唇をそうっと開くと、パイ生地が優しく差し込まれた。もう味なんか分からない。緊張と心臓のバクバクと顔の火照りと、色々混ざって頭も思考をストップしている。おいしい? と結城さんが笑顔で聞いてきたのでもう無意識でコクコクと頷く。


「後は沙織が食べて下さいね」

「…はい」

「ああ、それともこのまま僕が食べさせて」

「いいいいえけけ結構です!」

「そう?」


言いながらも結城さんは凄く楽しそうだった。うう、なんか今日はいじられてばっか…恥ずかしいしなんかドキドキさせられっぱなしだし。必死に気を紛らわそうとしてフォークで目の前のお菓子の消化に努める事にした。パリン、と音を立ててパイ生地が弾け、口に入れたらその軽さとクリームの甘さ。何より奥の方にいるバラの香りがとても素敵だ。しばらくそうして黙々と食べ続ける私を、結城さんは頬づえをついて嬉しそうに見守っているのだった。ずっと見られっぱなしも何だか癪なので、食べながら私はふと思った事を聞いてみる事にした。


「…今日は本談義無いね」

「え?」

「いつもは本の事、喋りたくて仕方ないって感じなのに」


私にそう聞かれた結城さんはああ、と言うと、頬づえをついたまま苦笑した。


「だって今日は君を一杯甘やかすって決めたから」

「なん…」

「いつもは君に甘えてばっかりだから。今日は君を沢山甘やかすんです」


そして彼はその白い頬をうっすらと染め上げて満足そうにそう言い切った。何だソレ! 何だソレ! やり返そうと思ったらやり返された! もう顔が熱くて仕方ない。もう仕方ないので引き続き食べる作業に突入しました。

そして数分後、ようやく目の前のスイーツを食べ終えた私は御馳走様でした、と小さく言ってフォークを置くと、結城さんにありがとうございます、とお礼を言った。


「いいえ。君が喜んでくれたなら良かった」


笑って立ち上がり、食器を片づけ始めた結城さんの指先を見つめながら、私はふと窓の外を見つめた。薄暗い路地には相変わらず雪がハラハラと舞っている。空気が張り詰めた様に凛としていて、その空気を味わいながら、キッチンの方では結城さんの食器を洗う音が聞こえていた。

静かだ。でも、こんなクリスマスイブだっていい。賑やかな喧騒には出ないけど、これだけで今は十分だ。しばらくそんな空気をぼんやりと外を見ながら楽しむ。


「沙織」


しばらくして、突然背後から結城さんの両手が私を包み込んだ。びっくりしてその場で跳ね上がり掛けたが結城さんの手がそっとそれを押さえる。心臓はしかしドキドキしたままだ。何も言えなくてそのまま黙って首を横に振ると、後ろからクスリと笑う声がして、次に吐息が耳元に近づく。


「…君に会えて良かった」


不意に結城さんがそう呟くように言った。良かった。その後にもう一度言った。大事な事の様に言われて、それはこっちのセリフだと言い返したくなって、言えなかった。


「…結城さん」


手を絡め取られて冷たい指先だけを握りしめられる。水仕事をしたばかりの手は少し湿っていて冷たい。


「……ゆ、ゆーきさん」

「ん?」

「あ、あのね…私…」

「うん」

「…大学は、地元の学校受ける事にしたの」

「うん」

「そしたら…また、ここに来るから。前より来るから」

「うん」

「……だ、だから…また、一緒にいて、ね」

「……沙織…」


ぎゅう、と一層に力強く抱きしめられて苦しくなった。精一杯愛情を持って私は繋がれた手に少しだけ力を込めた。結城さんが震えながらため息を吐き、静かに口を開く。


「…最高のプレゼントですね」


ありがとう、と泣きそうな、切なそうな声でそう言われてこっちの方が胸が痛くなる。悲しい痛みじゃない、これはきっと、嬉しい痛みだ。


「ねえ、沙織」


結城さんがそっと私のサイドの髪の毛をかき分け、耳元で小さく囁く。拍子に彼の指先が私の耳に触れて、ドキリとする。木の葉が擦れるような囁きが吐息と共に吹きこまれる。


「……今、君に触れたい」


『その意味、分かるでしょ?』 


悪戯めいて囁く声が耳元で聞こえたその途端、ぞわ、と身体中の毛が逆立った。その意味がリアルに分かるから余計恥ずかしい。クスリ、と笑う声がして、結城さんの身体が離れたかと思うと次には目の前に結城さんの照れながら微笑む顔があった。

ああ、何だろうこの気持ち。この人をぎゅう、と抱きしめてあげたい、ただ好きの言葉の代わりに抱きしめてあげたい。何だろう、この気持ちは。

ぼんやりと彼を見上げてそんな事を考えていたら、不意に伸ばされた結城さんの手が私の肩に触れ、引き寄る。そして頬に温かい感触が宿る。それが先程の言葉の結果だと知って顔が一瞬にして真っ赤になった。それを見た結城さんの顔が緩やかに綻ぶ。


「…今日はここまでにしてあげる」

「へ…あ…え…」

「ああもう」


たまらない、と言う様に結城さんは目を細めて、ぎゅう、と私を力強く抱きしめた。その拍子にまたして心臓が一つ跳ねあがる。温かい温度が身体を包みこんで、きゅう、と今度は胸が締め付けられる。


「君は本当にかわいいなあ…!」

「…っ…結城さん!」

「…唇は、またの機会に。…君の受験が終わって、君が卒業する時」


結城さんが身体を少し離してね? とこちらを見つめる。


「え…」

「その時に」


そして結城さんは耐え切れなくなったかのように私をまたしっかりと抱きしめ直した。ふんわりと匂う甘い匂い。優しい温度。背中に感じる手の感触。抱きしめる結城さんがねえ、と小さく囁いた。


「もう少しこうしてていい?」

「…嫌だって言ってもするでしょ」

「だって沙織は嫌じゃないんでしょ?」

「…う…そうです」

「…ほんと好きですよ、そんなとこも」


そう言って微笑む結城さんは私の頭に自分の顎を乗せながら、安堵するようなため息を吐いたのだった。





ぼんやりと書いていました。額にチューでも良かったんだけど、崖から落とされそうな勢いで頬にしろとお告げが来たので…

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