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17話:クリスマスイブだから

ため息は夜の冷たい空気に白く溶けていく。玄関の前で空を見上げれば、灰色の空が視界いっぱいに広がった。これから雪でも降りそうだなあ。今日はクリスマスイブだしぴったりと言えばぴったりかも。友人は受験勉強の憂さ晴らしとばかりに彼氏とデートに行くと意気込んでいた。楽しそうなその笑顔を今しがた見送ったばかりだ。

それにしても結城さんはどうしているのだろうか。最近は全然喫茶店に行く事が出来なくて会えていないけど、元気かな。鞄に入れているスマホに手を触れていつものように躊躇した。連絡する方法は知っている。電話番号も知っている。だけど、未だに自分からそのボタンを押す事が出来ない。そして聞いてきた本人ですら未だに連絡がない。


「…自分から聞いてきたクセに」


マフラーに顔を埋めて、思わず零れた文句。むう、そうよ、自分から聞いておいて未だ連絡の一つも無いなんて。それでもふとした瞬間にあの時優しく抱きしめられた感触と、少し掠れた声で囁かれた事を思い出す。


『…君と繋がってるって分かるから嬉しいです』


嬉しかった。泣きそうな顔で懸命に言ってくれるその事が嬉しかった。でも、だ。連絡しないんじゃ意味ないよ、と思う。顔が見れない時に声が聞けないんじゃ意味ないと思う。きっと優しい彼の事だ、こちらの事を気遣って連絡をしてこないんだろう。ならば自分から行動を起こせばいい。会いたい、声が聴きたいと言えばいい、それだけの話だ。でも…今まで自分だって行動を起こせていなかった。


「…結局、自分も同じで勇気が無いってことなのかな…」


はあ、と思わず深いため息が零れた。しばらく弄び、鞄の中で触れていたスマホからそっと手を離して歩き出そうとしたその時、予期せぬ振動にうひゃう! と変な声が出た。慌てて再び鞄に手を突っ込み無意味にかき回してスマホを取り出し、震える指で通話に繋げる。


『……沙織?』 


躊躇う様な少しの沈黙の後に電話口から聞こえてきたのは、今の自分の指と同じくらいに震えた結城さんの声だった。驚愕と、嬉しさと、良く分からない何かの感情に思わず心まで震えた。


「……んで」

『え?』

「なんで…何で今まで電話くれなかったんですか…!」

『え、え、え沙織…?』


電話越しであわあわと慌てる結城さんの声。淡く優しい空気まで伝わってきて、ギスギスしていた心すら緩く解いてくれる。この人は本当に凄い人だ。


「声が聞けて…良かった」


それからやっと私は、電話しなくてごめんなさい、とそう言った。結城さんの息を呑む音が聞こえ、やがてふ、と優しく笑う声がした。


『お互い…勇気が無かったんですね』


それでもやはり僕の方がそれをすべきでした。結城さんは申し訳なさそうに笑い、こちらこそごめんなさい、と謝った。優しい声、春の様な空気、心を解くのは貴方の全て。目尻にたまった涙を拭ってやっと笑う事が出来た。互いに笑い合ってから、不意に結城さんが電話越しにねえ、と声をあげた。


『沙織。校庭出てみて』

「え?」

『早く』


言われるがまま歩を進め、校庭から出てみる。そして顔を上げれば、道の向こうに見覚えのある人影が見えて、更に驚きで目が丸くなった。


「……結城さん!」


耳元に黒いスマホを当てながら、ひらひらとこちらに向かって手を振っているのは間違いなく結城さんだった。黒に近いブラウンの髪の毛は珍しく降ろされてあの赤いピンが無い。ばさりと降りた髪型に少し新鮮味を感じた。黒のダッフルコートに下はカーキのカーゴパンツ、グレイのショートブーツ。すっかり冬の姿だなあなんて思うのは、しばらく会っていなかったせいなのだろう。走っていって近くで見るとやっぱり本物だ。優しく笑うその顔も、そっと手を握ってくれるその優しい仕草も。


「どうして…」


そう聞いたら、結城さんは私の手を握り直して少し照れくさそうに微笑む。


「…今日くらいは神様だって会う事を許してくれると思って」


クリスマスイブでしょ? と言われて途端にハッとする。先程友人をそれで見送ったばかりだというのに。きっと叶わないと思ってた、去年はまだそんな感情すら知らなかった。結城さんはいつもの様な優しい眼差しで見つめ、もう片方の手を冷たくなった私の頬に添えた。結城さんの体温がじわりとその手を通して伝わってきて、頬がつられて温度を上げる。


「僕の店で、少しだけクリスマスしませんか」

「結城さん…」

「少しでいい、僕の傍に居て。君の傍に居させて」


狙い澄ましたかの様に降り始めた雪に、今なら最大級の感謝が出来る気がした。





電話をすればいいのに出来ない2人。もどかしい、たいへんもどかしい。こんなもどかしいほのぼの系でいいのだろうかとも思いましたがまあいいやと思いなおした次第です。

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