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16話:アイツの昔と、現在。

お休みの日、さしたる用事も無いのでふと思いついて結城の所に行ってみる事にした。あれから結城はどうなったのかは電話でも聞いていない。沙織ちゃんー彼女の事だから、きっと会いに行ってくれてはいるのだろうが、如何せん彼の行く末に逐一付き合うほどに自分は暇じゃない。

まあ少しは背中を押してやったのだから、結城の方も一歩進んでくれるだろうと信じたい。

アイツは昔、それはそれは酷かったのだから、せめて今は幸せになってほしいと思う。


結城を付け回していた相手は見た目もごく普通の女だったらしい。それがだんだんとヤンデレ化してったっていうのだから人間というのは怖いもんだ。結城から毎日ポストにつっ込まれる手紙の山を見せられた時は正直女って怖いと思った。ゾッとしたってレベルじゃない。なんで公共の場で彼を見てからここまで行動できるのか。普通図書館なんてそんな人が行くとも思えないだろう。そう言ったら結城は、逆に誰もが入れる所だから、普通の人が来ないからこそ、そういう人が溜まるんだ、と悲しそうに言って返した。それでもすぐさま自分が結城に警察に届けを出す事を勧めた。優しい彼はその時まで被害届を出していなかったのだ。職場の方でもそう言った届を出させることを止めても居たらしい。その後被害届を出した事を知った犯人に襲われたのだから結局それが良かったのか否か―むしろ襲われたのは俺の責任もあると考えて、なんだかんだでアイツの面倒を見てしまっている。なんとも報われない罪滅ぼしだとは思う。


しかしーそれほどまでにアイツには何かそうさせたいと思わせる雰囲気があるのだろう、自分達がバカみたいにはしゃいでいた大学時代、結城は男女問わずモテモテだった。

それは恋愛感情が含むモテが大半だったが、後の小数には「君みたいな儚い子、マジで世話したい」「何でも出来るのに時にこんなささいな事が苦手なの?!というのに萌える」「その笑顔で見下ろしながら踏んで下さい」みたいな特殊な奴が主立っていた。なんだそれ。特に一番最後。


ともかく大学時代までは女の子とも笑って話せていたのに、ありきたりな会話はするものの、それ以来他人と進んで会話をする事は無くなった。だから久々に店に行ったあの時、結城が彼女に店番をさせているのにまず驚いたのだ。確かに可愛い子だったけど、結城がそういった視点で女の子をみるだろうか。そう思った時、ふと彼女の手元に目が行った。彼女は結城の店にある、自分にはとても読みたくないような分厚い本を手にしていた。


―ああ、これか。


それを見て何となく察した。本が彼と彼女を繋いだのだろう。彼にとってそれはトラウマですらあるはずなのに、彼女だけは特別らしい。


(……あの時)


全てが終わった後の彼と、自分は彼の実家で対面した。西洋窓の元、アンティークのイスに腰掛け、放心したように外を見ていた彼。その膝の上で古ぼけた本がカサカサと音を立てていたあの時をまざまざと思い出す。あんな友人を真面目に怖いと思った。同時に憐れみさえ持った。


(さて、どうなっているのやら)


そう遠くない昔に思いを馳せながら、本城柚流ほんじょうゆずるが小夜鳴鳥の扉を開けようとしたその時。

ゴン、という音が前方で響いた。ん? と不思議に思って扉を押し開けようとすると、やはり何かが当たる。その度にゴン、ゴン、と柔らかい物を小突く音がするので、何かドアの前にあるらしいと踏んで思い切り押してみた。そして中に足を踏み入れた瞬間、彼はおおいに目を見開いた。


―床に店主が転がっている。


しかも何故か仰向けに寝転がって、放心したように天井を見上げていた。おい、営業してんのかこの店。そう思い戸口の看板を見たらお休みです、という文字が書かれていた。阿呆。

そして当の本人はというと、そのままもそもそと起き上がったかと思えば膝を抱えて座ってしまった。せめてイスに座れや。そう声をかけたかったが、まだ自分自身呆れて物も言えなかった。あーとかんーとか発声をして、声を出す準備が整った所で俺はやっと転がっていた我が友人―桜井結城に震えながら声を掛けた。


「…ユーキ君。君、営業する気あるのかな」

「ありますよ何言ってんですか」

「表に外出中って出てたけど」

「じゃあない」

「死ね」


次の瞬間、俺は自分の友人の頭に盛大な拳を叩きこんでいた。仮にも自分はチャラく見えても社会人、働く事の苦労は身に染みている、それ故の致し方ない行動である。

しばらく頭を両手で押さえて蹲っていた友人は、やっと我に返ったのかゆっくり立ち上がって戸口まで行くと看板をどけ、そのままこちらに戻ってきて無言のままイスに座った。


「……お騒がせしました」

「ホントだよ」


お陰でなんだか身体も心も少しだけーほんの少しだけ痛い。そのままイスに腰を降ろし、頬づえをついて友人のドス暗い顔を見やった。


「で、なんで落ち込んでんだ」

「……会えない」

「まだ来て無いのさおたん?」

「いや…来た…正直に話したよ…自分の気持ちも…」

「じゃあいいじゃん、嫌われた訳でなし」


うまくいったんでしょ? そう言った瞬間に結城は犬の様にしょげてしまい、そのままズターン! と音を立てて机に突っ伏した。おい、大丈夫か。いやまて、それよりも。


「受験とは言え…勉強が本分とは言え…耐え切れないいいい!」

「そこは耐えろよ!!」


その場に二人の絶叫がその場に響き渡った。そしてあらかた叫んで疲れ切ったのかそうでないのか、二人は互いに視線を合わせるとどちらからともなく口を開く。


「…なんかお前、ヘタしたらヤンデレ化する性質だよなぁ」

「なに人聞きの悪い。大事にするに決まってんだろ」

「ホントかよ」

「ホントだよ。大事なんだよ…好き過ぎて触れるだけで精一杯だってのに…」


起き上がってそう、結城がため息のように語尾を濁して言った。憂いを帯びた表情は真剣さのような寂しい様な顔にも見える。何だそれ。好きすぎて触れないって、最近の小学生でもないぞ。笑いながら慰めるように優しく言ってやる。


「…大丈夫だって」

「ああ」

「君の方が大人なんだから、出来る事をしてあげるべきでしょ」

「…うん」

「いい加減、大人になりなさい」

「………なってるつもりだけど」

「恋するのはヘタだねえ」

「そ…」


どこか呆れた様にこちら見つめる瞳が、あの日より現実味を増していて心のどこかで少し安心する。俺はしょうがねぇなぁ、と苦々しく笑って、結城の頭をぐしゃぐしゃと掻きまわした。ああ何か分かるなあ、何だかんだでコイツの世話焼いちゃう。同じ年の癖してなんか弟みたいなんだコイツ。不器用で、まっすぐで、憎めない。さおたんもそんな感じだったのかな。じみじみとそう思いを馳せつつ頭をぐしゃぐしゃ掻きまわしまくっていたら、5秒後に返り討ちに遭いました。


「ねーユーキちゃんコーヒー下さいよー」

「1000円ね」

「酷っ!」



閑話です。沙織ちゃんは受験勉強が本格化して中々会いに来れません。どうしようもないチャラいお兄さんが桜井君のお世話をする理由。なんだかんだいってますけど、友人としても接しやすかったんだと思います。次は元に戻ります。 遅くなりましたが閲覧、お気に入り登録等々ありがとうございます。

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