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12話:お兄さんに再び会いに来ました。

うだうだしていても仕方ない。様はそう言う結論に達した。

日差しも段々と落ち着いてきて秋も深まってきたこの頃、やっと気持ちの整理がついた私は久々に桜井さんの所に行ってみる事にした。あの日から―喫茶店で本城さんー桜井さんの友達と言う人と出会い、帰ってきた桜井さんにはち合わせてしまった。彼はあの事のヒントを漏らしたと言った本城さんをもの凄い目で睨んで殴った。でも本城さんはそれを受け入れた。あの時のーあの時の傷ついた顔をした桜井さんに何も出来ず、触れようとしたその手を弾き飛ばされて逃げるように帰ってきてしまった。…それを今も悔やんでいる。でも行きづらくて、それで勉強にかこつけて小夜鳴鳥に行くのを避けていたけれど―考えてもやもやしてしまった。気になって仕方なくなった。気が付けばいつも桜井さんの事を考えている。


(ああもう、気にしないって決めたのに!)


ぶんぶんと顔を振って、手にかけていたドアノブを握りしめて力を込めて引いた。カランカラン、と上に付いたベルが乾いた音を立てる中で中に入ると、桜井さんが目の前のテーブルに何故かつっぷしていた。びっくりして目を丸くしている私に気が付いたのか、不意に桜井さんが顔を上げてこちらを見て、その瞳を大きくした。何を言って良いのか分からず、おそるおそる片手を上げて、


「ど…どうも」


我ながらよく分からない挨拶をしたものだと、言ってから思ったが遅い。桜井さんはハッと目を開いてから立ち上がってツカツカとこちらに歩いてきたかと思えばそのままぎゅう、と抱きしめられた。

え? そのまま数十秒フリーズした私は少しして我に返ると、抱きしめてくる桜井さんの腕にそっと手を触れた。その途端びくりと桜井さんの身体は痙攣のように震える。


「……さく、らいさん」


首筋に当たる彼の吐息が妙に熱い。抱きしめる腕の感触、その力は彼の性格を表しているみたいに優しかった。やがて桜井さんは顔をあげると、私の存在を確かめる様にしっかりと見つめた。あんまりに近くで見つめられたので無意識に身体中を熱が掛け上がる。


「…来てくれないと思った」

「……ごめん、なさい」

「僕、ユズルが待ってろっていうから…待ってたけど…もう駄目かと思ってた」

「…ごめ、ん…桜井さん」


またしても抱きしめられて、今度は心臓がうるさくなった。そんな顔しないでよ…胸が苦しいよ桜井さん。なんで私も泣きそうなのに、桜井さんの方が泣いてるの。ポロポロと水が首筋に落ち、つう、と筋を作って肌を伝っていく。生ぬるい水が下に落ちていくにつれて冷たくなっていく。


「泣かないで…泣かないでよ、桜井さん」

「…っ…すみません…」


やっと涙を拭い離れていった桜井さんの顔は涙で汚れていたけれど、いつもの表情を取り戻してくれていた。掌でまだ残る涙を擦ってから桜井さんは安心した顔で笑った。


「やっと会えたら、ホッとしちゃって…あの時の事で、沙織が僕の事嫌いになったんじゃないかって思ったから…」

「そんなことない! 嫌いになんかっ!…」


かあ、と先程の熱が再び顔に集中して言葉に詰まる。ええと、ええと。ぐるぐると頭の中で廻る言葉がうまくまとまらず、ぼそぼそと桜井さんに伝えるより他になかった。


「……………嫌いになんか………なれる訳ないじゃないですか」

「……っ!」


ぼぼぼ、と桜井さんの顔がたちまち真っ赤になり、そのまま彼は掌で口元を覆った。つられるようにして私も顔が熱くなる。ああ、ほんとどうしたらいいんだろう。この人の事、本当に放っておけなくなってしまった。桜井さんはそのまましばらく固まり、やがてゆっくりと両手を伸ばして私を抱きしめた。温かい、でも触れる指先が少し冷たくて、優しい。


「……沙織」

「なんですか…」

「…携帯の番号教えて下さい」

「え…?」


驚いて上を見上げると桜井さんはその瞳を少し細くしてこちらを見下ろしてくる。


「僕が不安にならない様に。いつでも沙織との繋がりを感じていたい。沙織と繋がってるって分かれば、もうこんな泣いたりしないから」

「…桜井さん」

「もう…聞いても良いですよね? 僕はもう…」

「…嫌じゃないよ」


今心から思っている事を私は口にした。嫌じゃない。でもそれは全てから逃げる最高の口上だと知っているから。所詮ごっこ―その言葉を改めて思い出してしまうと心が痛い。


「沙織……?」


今度は桜井さんが不思議そうにこちらを見つめてくる番だった。いつの間にか頬を伝った涙に驚き、私は思わずそれに手を伸ばす。しっとりと指先を濡らすその液体の存在に、今の自分の感情を改めて教えられた気がした。


―桜井さんが、好きだ。

―この人がこんなにも愛おしい。


でも私は高校生で、三年生で、まだまだ何も分かってない子供で。桜井さんは子供みたいな人だけど、本当はお店を一人切り盛りするくらいのしっかりした大人で。私なんかより、ずっと大人で。でも今は凄い傷ついている。その傷を何とかしてあげたい。聞いてあげられるなら聞いてあげたい。私でいいのなら、ごっこでも傍に居たい。でも、でも。


「沙織…どうして泣いているの?」


耐え切れなくなった桜井さんはおろおろと私の頭を撫でながら背中をさすった。しっかりとした男の人の手の感触を感じる度に、この恋は仮初めでしかないのだろうかと思った。

ねえ桜井さん、なんで『ごっこ』にしたの。なんで私を選んだの。なんで私は桜井さんと出会ったの。なんで仮初めの恋は、普通の恋より何倍も何倍も苦しいの。まるであの日読んだ小説みたいだ。


『愛し合うことは、結局、苦しめ合う事なんだと感じた―』


決して問い掛けられない人に、私は泣きながらずっとずっと問い掛けていた。桜井さんは私の手を引いてイスに座らせて、自分のイスを隣にして座ってから私の手を握って肩を抱きながら、私が泣きやむのをずっと待ってくれた。






最後の一文は堀辰雄「死の素描」からの抜粋。自分で砕けた訳し方をしています。


ノリノリで投稿したり、突如止まったりする事に定評のある自分。なるべく切らさないようにしたいですが、なんとも言えませぬ。

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