これが顛末。
「好きなんです。付き合ってください」
男二人、笑いながら雑談していたのはほんの十数秒前。
「は……?」
訊き返したのは、そうしなければいけないくらいにすんなりと。
すんなりと、今の時代には不似合いなくらいにシンプルな台詞が、過ぎ去ってしまったから。
小鳥遊颯稀、現在大学1年生。ただ今彼女無し。女経験は在り。
実は白状すると、男から告られたことも一度や二度じゃない。女の子の、割合は七対三くらいだとして。
だから、考えられなかった、訳じゃない。
友人が、────正確には『友人』とカテゴリーに入れてる“知人”が、フザけてにしろ真剣にしろ告白してきたケースも在ったから。
そう、不思議は無い。
けど聞き取ったはずの言葉はあまりに飾り気がなく。それはそれで、装飾美より機能美重視な嗜好の俺には好ましいものだけど。
けどあまりにも。
何の付加も無いその告白は、何の混じり気も無いゆえに。
あまりに重かった。
「───で、逃げ出しちゃった訳ねぇ。……もうっ! アタシの颯稀ちゃんに手ぇ出すなんて良い度胸じゃなーい!!」
「真面目にコメントする気ないなら口閉じてくれないか」
気色の悪いオカマがいる。目の前、体までくねらせてそこに。初見は柄の悪いチンピラだと言うのに。
実態はずば抜けて頭が良く家柄もけちが付かない。器用だし家事は出来るし料理は美味いし、株やってるし(小遣い稼ぎに)
世間では“見掛けによらない。悪い奴じゃない”と言われてる。
裏は外見以上に極悪で在っても。
「……ま、それはともかく。とにかく、一応返事しとかないと。後々面倒だぞ?」
いや、急に仕切らなくて良いから。
切替え早く、遠矢は言う。
「そんなことはわかってる」
頬杖突いて、俯いてしまう。
良いヤツなんだ。あいつは。
親しくなった切っ掛け、と言ってもたかが出くわす場面の多さが知人友人の線引きで有る俺に取っては、ただのカウントゼロに過ぎない。カウントの始まり。あいつは人が良い。如実にそれを体現していた。
「あ、きみが『小鳥遊』くん?」
そう呼び止められて、条件反射で振り返る。振り向き様見えたのは、鬱陶しいくらい癖の有る前髪で顔半分を隠すようにした、俺や遠矢より随分と長身の男だった。
彼が呼んだ張本人らしい。
「何? えぇっと……」
お得意、そう言われるのが物凄い腹立たしい、けれども確実に自己判断でもわかる範囲の、営業スマイルを返す。
彼は、その癖っ毛の暖簾の間から多少窺える目を、微少に瞬かせた。何か、めずらしいモノでも見たかのような、あるいは初めて目にするモノに少し驚いたような。
「あの?」
「あっ……ああ、ごめん! つい見惚れちゃってね」
慌てて弁明する彼。一瞬、俺も笑顔が消えた。素直過ぎる賛辞にびっくりしたから。
今までだって、そんなヤツらはいたけど、こんな風に簡単にその場では言わない。と言うか。
「え、と、……それで? 用件……は?」
何なんだ。
「あ、ごめん、本当にごめん!」
いや、何。そんな申し訳なさそうにしなくても。意味不明に呼び止めまたは呼び出し、うだうだだらだらするヤツもいるのに。
「そんな、畏まらなくても構いませんけど?」
うーん……、良い人っぽいなぁ。
苦笑する俺はやや緊張するような彼に、稀な話だが好感を持った。
「それで、あなたは?」
対他人用になると口調は変わる。一人称は変わらないものの、少し丁寧になるのが特徴だ。
「はい。一年の久野、久野晴夜です」
ヒサノ、ハルヤ……聞いたコト在る名前だな……。
「もしかして、文学部?」
「はい!」
そっか、そりゃ聞き覚えも在るか。
「同じ学部で同じ学年か……気付かなくてごめんね?」
眉を寄せてすまなそうに笑うと、彼はぶんぶん横に首を振った。
「いや! 俺が存在感無いのがいけないから」
そうだろうか。
こんなでかくてのそっとしてるのに、そんなに薄いだろうか? いや、確かに濃いかと言われればそんなことは無い。だが誰も彼も彼を知らないとは思えない。
きっとおとなしいんだな。
俺は一連の状況から彼を『無害』と判断した。
ちなみに彼がこの時なぜ俺を捜していたのかと言えば、俺が教室に本を置き去ったかららしい。
忘れた訳ではなく、ただもう読んだからと放置した、それだけなんだけど。中に定期が入っていたらしくそれはそれで助かった。
取り敢えず、これが久野との出会いだった。
「颯稀ー」
「うるさい」
「まぁだ気にしてんのー? 何だかんだと言いながら、久野くんが好ーきなーのねー?」
「はぁ?」
遠矢宅で突つく遠矢作の夕飯。俺は未だ考えていた。
遠矢が怒るのも無理はない。上の空でただ突つくだけだ。それは作った本人としては怒るだろう。
「……あー……。悪かったよ」
「心にも無いコト言わないで」
何やら昔女に言われてグサッと来た言葉を、女ではなく遠矢に言われた。
「何だよ。悪かったって。ちゃんと食べるし」
そう、微妙な弁明を俺がすると、遠矢は溜め息を吐いた。それはもう「嘆いてます」と、言外に宣されてるよう。
「……何だよ」
「懐かれないようにね」
まず、開口はそれだった。
「はい?」
「別に構いはしないよ? 颯稀がそれでも構わない、ならね。けどはっきり言う。
────依存程面倒なモノは無い。
何より、颯稀。深く関われば、相手がつらい想いすんだぞ?」
「……」
遠矢の言うことはもっともだと思う、が。
「俺は付き合う気なんぞ毛頭無いが?」
「その割には悩み過ぎ。うだうだせずいつも通りさらり躱しなさいな。つか、」
「何?」
「───俺から颯稀ちゃん取るなんてゆるせなぁい!!」
「……。お前に真面な言い分を求めた、俺が悪かったな」
嘆きたいのは俺だよ、阿呆。遠矢を放置するのは決まりとして、俺は食事を再開、いや、一口も食べていないから開始、だろうか。とにかく食事に戻ることにした。
「ま、颯稀さ、」
何だよ。今回は口に入ってたので声にはせず、目で返す。
「好感持ってるのは良いコトだけどさ。あんまり入り込まないことさ」
「……?」
「お互いが、大切なら、尚更に。ね?」
言うだけ言って、遠矢は自分の皿を片し始めた。俺がぐちゃぐちゃしてた間に、遠矢は食べ終わったらしい。
俺は、まんじりともしないまま、まるで胃に入っていくのを確かめるかのような緩慢さで夕食を済ませた。
「めずらしいけどね、颯稀がこんな悩むのも」
「答えは出てんだよ」
「だけど、相手を傷付けたくない、と」
「まぁ、そー……かな?」
「あら嫌だ。はっきりしないわねぇ」
「じゃかぁしい。お前はベッドに行けよ。俺も寝るし」
遠矢宅に泊まる通常時。部屋主の遠矢は自室のベッドへ。俺は読書したいのも有ってリビングのソファに横になるのだが。
遠矢は、俺が泊まる日はいつもソファ横の床にいる。ベッドにいつものように寝れば良いのに。
「えー。だって、颯稀いないと眠れなぁい」
「寒いんだよ、この腐れ管理人」
「あ、じゃあ室温上げようか?」
「そう言う意味じゃねぇ」
誰かどうにかしろ。頼むから。果たして誰ならどうにか出来るのか。残念ながら俺は見当も付かない。
「颯稀に恋かぁ。わからんでもない」
「は、」
何、とんでもない発言を……。
「何となくね。俺だって人並みに恋ぐらい経験在るのよ」
「ほぅ」
「何、意外そうな声」
「だって意外だ。“お前と純愛”」
なぁああああっ!!!!
今、悲鳴が響いた。奇声の間違いかもしれないが。
「非道い非道い酷い酷いヒドいヒドいヒドイヒドイ……」
「あぁ、うるせ」
同じ単語を発音を変えて、表現し続ける遠矢に背を向け耳を塞ぐ。
「と。まぁ、話戻すけどね。わかるのよ。『鮮烈な憧れ』ってことさ」
「は?」
無視を決め込む俺に折れたのか、うざい抗議が終わったのを見計らって向き直すと、こいつにめずらしく悪意の無い笑みを浮かべた。
「俺には、わかるよ」
「俺は、まったくわからんがな」
「当の本人だからねー」
ケラケラ笑う。めずらしい。久野マジックか。遠矢も浄化? んな莫迦な。
「苛烈なんだよ。颯稀は自覚以上にね」
「ほー」
「何にせよ、振る前に訊いてみたら? “何”が気に入ったのか」
「そうする」
会話はそこで終了し、俺たちは眠りに沈んだ。
「ごめんね、俺やっぱり付き合えないや」
何ともないように、俺は久野を呼び出した。久野も平常のように変わりなくついて来た。俺は対他人用、久野仕様の態度に───笑顔になって話を切り出す。
「あー……。ごめん、気持ち悪かった?」
「いや、それは無いよ」
久野が気持ち悪かったら、遠矢とは付き合い切れないしな。
「誤解しないで。俺『同性愛』とかに特に差別は無いし。そう言うのが、問題なんじゃないんだ」
男だから女だから、は無い。久野が嫌いでもない。
しかし、俺は誰にも関心が抱けない。
それが、それだけが問題なんだ。
「ごめん」
申し訳なく笑う、俺。申し訳ないのは本心だ。人を振るのに罪悪感なんて、久方振りなことだが。
「────良いよ。あ、それと、俺も誤解されないように言うね」
「うん?」
「俺ね、多分……いや、きっと、なんだけど。
小鳥遊くんのこと、[恋愛観]で好きになったんじゃないんだ」
……はい?
久野は、苦笑してる。俺は、台詞の意図がわからず、固まった。
「やっぱわかんないよね。つまり、そう、『憧れ』だったんだ。小鳥遊くんは」
苦笑の久野。何てやさしそうなのか。俺には出来ない表情だ。周りはどう見てるか知らないが。俺には出来ない。俺には─────遠矢にも。
アイツにこんな顔は出来ない。いや、したくても出来ないんだろう。
俺もアイツも。久野のようになるには、もう。
「小鳥遊くんはさ、気付いてないだろうけど。きみはね、高嶺の花なんだ。高嶺。誰も手に出来ない。欲しくても手に入らない。きみの笑顔は牽制で、きみの眼は絶壁の崖なんだ。中はひどく冷たくて、熱いんだと思う。ドライアイス、みたいなモノかな?」
久野は、軽く笑った。そこに穢れは無い。
「だけども、バニラエッセンスみたいなんだ。甘い香りで魅き付けるのに、触れたら痛みが有って痺れる」
呆然と、俺は聴いていた。口を挟んじゃいけないと思えて。
「だから、憧れて、欲しくなったんだ。[恋愛観]とはちょっと違うんだ。ごめん」
俺は首を振る。そうして訊き返す。
「俺ってさ……」
「うん」
「そんなに綺麗な人間じゃないよ?」
「それは、そうでしょ。俺だって綺麗じゃないもん」
久野が、可笑しそうに笑った。重そうな前髪から見える目が細く反っている。
「そうか?」
「そうだよ。綺麗な人間なんて逆に怖いって。そうだから魅かれたんじゃないよ」
「そ、か……」
「あ、小鳥遊くん」
「ん?」
頷き兼ねてる俺を余所に、久野が呼び掛ける。で、淀む。
「え、何?」そう訊けば。
「言うのは何かな、て思ったんだけど……さ。まだ、友達で、いてほしいんだけど」
一瞬、呑み込めなくて黙った。久野は真剣そのものだし。俺は言葉が無く、久野は返事を待っていて。自ずと沈黙。
「あ、いや、ほら。俺変なことしちゃったし。“嫌われたら嫌だなぁ”とか、“避けられたらつらい”とか……とか」
取り繕うように続け、困ったように笑った久野。
────……どこが“綺麗な人間じゃない”んだか。
久野は綺麗だと思う。無邪気だと。
「良いよ」
人間が決して綺麗なままじゃ生きられないんだとしても。
「当たり前でしょ? 元から切れるつもりは無いよ」
今は。
綺麗じゃ生きられないけど、久野のようにそれさえ越えてこうも邪気無くいられる人間がいると言うのは。
俺や遠矢のような人間にはどうなのだろう?
「そっか、有り難う」
久野は俺に憧れたと言うが。
俺は、むしろ久野に憧れる。
羨ましい。これは、嫉妬のない羨望だろう。
「良かった、本当に」
「そんなに安堵しなくとも……」
「いや、本当に。岬くんに言われた時は冷や冷やしたよ」
──……は?
「『岬』って……」
「あ! ごめんっ、もう行かなきゃ! 次の講義が在るんだ」
拝むように手を合わされそう告げられる。誤魔化したんではなく、本当なのだろう。そんな素振りで、見た目の巨身とは裏腹に素早い動作でこの場を後にして行った。
さて。
俺が知る『岬』は一人しかいない。
そう。
一人しか。
「いきなり、ヒトんちに乗り込んで何ですかぁ? 颯稀くんはー」
「訊きたいことが在るんだ」
標準装備の、対他人用は、遠矢には無い。が、たまに行使するときが在る。
「……。はい、何でしょう?」
こう言う事態の場合。遠矢を良いように扱うときだ。
「久野に何言った?」
にこにこにこ。
「いや、別に……」
「何、言った」
最早弁明には耳を貸さない。俺が訊きたいのはそんなコトじゃないから。
「……。“颯稀が、困ってる”って言いました」
「それで?」
「……“あんまりしつこくして、嫌われても知らないよ”って……。“颯稀、面倒なのは嫌い”だから。そう言った」
「だけか?」
「だけですとも」
この莫迦のことだからな。大方久野を揶揄ったんだろうよ。
「ったく、」
「だってぇ……颯稀盗られたくなかったしぃ」
「消えれ」
嘆きの一呼吸。ろくでもない。そしてふと思い立つ。
「なぁ、」
「なーにー?」
「久野さ、どう思った? 喋ったんだろう」
コイツはどう感じたんだろう。あの、久野に対面して。
質問に考え込むように口を閉ざし、次いで遠矢は言った。はっきりと。
「“純粋ねぇ”って思った」
「それで?」
「すっごいね、物悲しい話なんだけど。
“羨ましい”って、痛感したよ。マジでね」
はっきりと。
「そっか」
「俺には真似出来ないわー。あんなの。そう思った」
笑った。あきらめたような、けど負の感情は含まれてない笑み。
二度目の、遠矢らしくない笑み。
俺は、そこに安心を見出だす。
「羨ましいか」
「良いね、あーゆーの」
「そだな」
引っ繰り返っても、久野のようにはなれない。
俺も遠矢も。
俺が遠矢といる理由。
似てるから。
安心出来る。
久野と在学中は縁を切ることはないだろう。
ただ、この先はわからない。
遠矢とも、予想は無いけど。
それでも。
俺は今安心出来るから遠矢といるし。
憧れるから狡くも久野ともつるむんだろう。
どうでも良い他人と、いい加減に過ごす合間に。
そうして、過ごすんだろう。
【Fin.】




