Piece and peace
待て。
待て待て待て待て。
「……おい」
「なぁに?」
「訊くな。訊かんでもわかるだろうが」
遠矢の部屋。二人掛けソファに横になり。読み掛けの本を仰向けの腹の上に置いて、俺は寝入ってしまっていた。
───のが、ほんの一時間前。横に顔を向ければ見える位置の時計と、寝る前に見た時間でそれを確認。
そして今、腹の上に在った本は傍らのテーブルに置かれ、なぜか。
「だから退け」
腹辺りに遠矢が跨がって俺を覗き込んでいる。
「えー? 嫌」
不機嫌な俺を見下ろし遠矢は、凄く楽しんでいる様子。俺は眉間の皺が幾つか増えたな。
「あのなぁ、」
「だぁってぇ。颯稀ちゃんたら寝姿があまりに色っぽいんだもん。遠矢、盛っちゃった」
背筋が、何か、短い毛の密集帯に撫で上げられたような、寒いのとは違う鳥肌の感覚。
「……。冗談だろ?」
「んー? 大丈夫っ。痛いのは最初だけだよ」
死ね、莫迦!
しかしこの戯け。実は結構筋肉質らしい。見た目そう変わらなそうな俺が押そうとも、ビクともしない。
「ちょ、マジやめ……」
「颯稀さぁ、男にもモテるよねぇ。ちょっと楽しいかも」
やばい。
何がって。
目 が マ ジ だ 。
こんな時の遠矢は“やる”と言ったら“やる”。
どうしようか。
「まぁまぁ。案外気持ち良いかもよ? 俺女の子の扱いは巧いから。安心して」
─────出来るかぁっっ!
俺はキレた。
「……颯稀ー、」
「あんだよ」
最早口にするのもおぞましい箇所を蹴られ、床に転がり落ちそのままその部位を押さえ蹲る遠矢が口を開いた。
磔されたソファから開放された俺は、先とは逆に『見下す』ように立っている。
「これは……非道くない……?」
余程痛いのか、ぴくりとも動かない。
「フザけ過ぎた貴様が悪い」
俺はむしろ突き放す視線で一ミクロンも慈悲など見せない態度を続けた。
「不能になったらどうしてくれんの……っ」
「お前の遺伝子など後世のために残すな」
あ。
「───それもそーね……」
舌打ちする。しまった。
言って、失言と気付く。
莫迦だ。
“お前の遺伝子など後世のために残すな”
禁句などと、そんな生易しい言葉では無かったのに。
けれど口から出たモノは取り返すことなど出来ない。
「遠……」
「悪かったな、颯稀」
ようやく痛みが引いたらしく、ゆっくり遠矢が立ち上がる。
笑いながら、滅多に無い謝罪をしてきた。
……何つー表情してんだよ。
「遠矢、」
「んー?」
遠矢はそのまま煙草とライターを取り出すとソファに座った。煙が吐かれる。
「遠矢」
「なぁによぉ? どうしたん?」
続かない台詞に意を決して遠矢を見。次いで。
“悪かったよ”、そう言おうとして。
飲み込んだ。
必要なのは哀れみじゃない。
謝罪じゃない。
今この“場”に必要なのは。
「今度やったらマジ潰すから。ガキ作れないように」
「……もうしません」
“被害者の俺と加害者の遠矢”。
必要なのは謝罪じゃなく。
[現在]を、続けるコト。
【Fin.】




