退職理由。
接続を切るのすら電波が必要なんて。そう思って私は呆れてしまう。
私がバイトするところはスーパーとしては大きくデパートとしては小さい。そんな古びた場所でした。その地下の休憩室に、食料品関係で働くと言うだけで押し込められました。それだけなら、私にはどうだって良かったんです。掃除は行き届いているし、むしろ好きなくらいで。でも。
電波が悪い、と言うのは私にとっては最悪に匹敵しました。携帯が使えないと言うのが最大理由ですが、果たしてそれは携帯会社の問題なのか甚だ疑問で。ああ、今、文字を打つだけでもたまに反応が鈍い。
指は至って軽やかに相も変わらずキーを打つ。けど、決まって一拍間後。苛々していました。
ストレス解消の携帯ネットが、今やストレスの元とは。やるせない話です。
「黒居さん」
「……はい」
休憩中だと言うのに、先輩の縹さんに呼ばれた。私はこの先輩が苦手です。
笑顔が爽やかなのに、ねっとりした雰囲気を感じるから。
「何でしょう?」
「大した用事では無いんだけど……ちょっと良いかなぁ」
と、笑って言う。丁寧に断ってはいますが、実際には有無を言わせないよう威圧していました。やっぱり、私は縹さんが嫌いです。
私が頷くと縹さんは先に進んで店の建物を出て裏手に回り。私はその縹さんについて行く形で裏手に来た。何なのでしょう。
首を傾げる私を何だか見返ってはすぐに戻す。縹さんの挙動が余りにも不審で更に気持ち悪さ倍増です。
何なんですかまったくもう。
私は貴重な休憩が削られるのが腹立たしいのとそれが縹さんのせいだって言うので非常に内心怒りつつ。
もしこれが“『鳥使い』さんだったら構わないんだろうなぁ”とか思った。
縹さんは目の前背幅がそう言えば『鳥使い』さんと変わらなかった。
やさしくて、それが[仮面]で素顔は凍り付く程冷たいんだろうけどとにかく綺麗な人だった。
あんな人がこの世にいるものなのだな、と感心したのだ。その後の残酷さも、美しく思えた。
それくらい、あの人は鮮烈に苛烈に美しかったのだ。
「はい?」
「だから、付き合ってほしいんだ」
気持ち悪く笑いながら、気色悪いことを縹さんは口走った。悪寒がした。
これが『鳥使い』さんだったらなどとは微塵にも思わない。あの人はそんな人ではないので。あの人は色欲さえ欠いたそんな人だと思うのです。理想とか好みで無くそう思いました。
あの人の絶対零度のような液体窒素のようなその[素顔]には、そんな俗っぽささえ凍っている気がしますから。
「申し訳有りませんが……」
「え、何で?」
“何で”って訊かないでほしいな。
何だろう? 空気読めない人なのは元からだけど。
私も嫌いなんですよ。ただ周りがあなたを避けるのが可哀想で同情したんです。だから、
本当は大っ嫌いなんですって。
「いや、嘘でしょ? だって黒居さん俺好きでしょ?」
食い下がる上、断定系で普通言わないよな。どっから来るんだ、その自信。
ちょっとやさしくし過ぎて、どうも勘違いも甚だしいことを思い込んだようだ。私はさらりと告げる。
「すみませんが、タイプじゃありません。それから、縹さん皆さんに嫌われてます。もしかしたら縹さんが“自分は高嶺の花だからみんな近付かない”とか思ってるなら有り得ないので改めたほうが良いです。……仕事も出来ないし、値段、いい加減間違えないでください」
私は言うだけ言ってその場を去る。
良かった。どうせ電波悪くて辞めたいと思ってたんだ。
【Fin.】




