フーリッシュ
良いことは一回くらいしておくもんだ。
そうは言うが。実際やるか否かと言えば……。
「いやー、悪いね小鳥遊くん」
「……いえ……」
嫌だなぁ、とか言えず。こう言うとき自分が憎たらしくて仕方ない。内心舌打ちしながら相手に返すのは笑顔と丁寧語。……は? 文学部なら『敬語』と言えと? 阿呆か。敬語は内に三つ在って……いや、そんなことはどうでも良い。通路を歩きながら、なぜか俺を気に入ったらしい教授に返しつつ。そう、俺は心配だった。
構内で遠矢と当たりたくない。強く思う。
普段なら気にはしない。が、現状を考えるとそうも行かない。
アイツのことだ。どんな反応するかぐらいは浮かぶ。
“嫌っだぁー! 颯稀ちゃぁんたら真っ面目ー!!”
キレるな。確実に俺はキレる。
「おや、岬くん」
内心、「げっ」と口にしそうなのを堪え、「何でこんなタイミングで!!」と叫びそうなのも飲み込み。
振り向いた。ら。
「どーも、先生」
普通に挨拶してる遠矢。俺には…めずらしく見向きしない。
言っちゃあ何だが、遠矢は見境が無い。場所がどこだろうと誰がそこにいようと質悪く俺に絡む。いい加減腰の入った蹴りを見舞いたいところだ。そんな考えに耽っていると、急に遠矢がこちらに視線を寄越した。
「颯稀、よっ」
「……よ」
「あぁ。そう言えば小鳥遊くんと岬くんは仲が良かったんでしたね」
「ええ、まぁ」
どんなとこまでコイツの悪ふざけが響き渡ってるのか。教授の一言に、両手さえ荷物で塞がってなければ俺は間違いなく頭を押さえただろう。
「先生、持たせ過ぎっすよー。重そうじゃないですか」
遠矢が、俺が持つ荷物を見てそう笑う。確かにこの荷物の大半を占める段ボール、中身は本やら資料書類やらの紙束で重い。
「ううん? そうかね、やっぱり。いやね、私ではもう持てなくてねぇ。それで彼に頼んだのだ」
逃げ損ねただけですけどね。俺は声に出さずに返した。
「ふぅん」
相槌を適当に打つ遠矢。かと思えば、急に腕にも引っ掛けていた紙袋を器用に俺から外していた。段ボールも、三分の一程中身を取り出しその紙袋に突っ込む。
「遠矢?」
「先生、別にこれ仕分けとか特にされてないんですよね?」
「ん? ああ、まだだよ。これから運んでもらってするんだ」
訊く前に移して置きながら、一応確認はしたらしい。
「じゃあ持って行きますか。俺も手伝うんで」
勝手に一人で決定し教授も黙認らしく二人先に歩き出す。俺は俺で物事の把握をする前で一瞬遅れてしまった。
「……おい」
「何、颯稀ちゃん」
気後れはしたが、まだ冷静だった。俺は遠矢を前を行く教授には聞こえないくらいの小声で話し掛けた。いや、問い掛けた?
「何なんだよ、急に。いきなり変な行動すんなって、」
気味悪い。そう続けようとして失敗し、単に遠矢が不意に笑い遮っただけだが、言葉はそこで区切れ。代わりに。
「まぁ、ほら。先人が“一日に一回は良いことしなさい”って言うから。やってみた?」
あっけらかんと。それは何とも。
「は……?」
「うーん。“気紛れ”よ。それだけさー」
「訳わかんねぇ」
教授が聞き取れない程度の音量の会話。何なんだか。
「あとね、颯稀ちゃん」
「あんだよ」
「俺との約束すっぽかしたのは、このせい? それとも───」
忘れてましたとも。
【Fin.】




