聖なるかな、Christmas
“Enter”。
押そうとした、指を、俄かに止めた。マウスを見れば俺の手に重なるのは、俺より些少ゴツい手。
「ひどいぃ。颯稀くんたら遠矢くん放置でパソコンばっかりぃ」
……お前はどっかの女子高生か。
突っ込みたいのと裏腹に、俺は息だけを吐き出した。遠矢はにやにや笑い、その実楽しげに俺の手の上からマウスを操る。俺はなすがままだ。
「───少しはさ、何つーか、こう……[反抗心]と言うモノを他人に見せたほうが良いのだよ、颯稀くん」
させ放題してることから抗議してるらしいが、俺からしたらどうでも良い。
「別に好きにすれば? 飽きたらお前から放すだろう? 嫌でもさ」
「そりゃそうですが」
「無駄な体力使う意味は無い」
言い切る俺に、遠矢はオーバーリアクションを返す。
いやぁああぁぁぁあぁぁっ。悲鳴が谺する。男一人が暮らすには、充分過ぎるマンションの一室。二つの部屋と、リビングとキッチン。どれもが雑然としていた。
が、掃除が行き届いていない訳では無いらしい。ここへ通って一年近くなるが、確か埃が床に落ちていたこともゴミが散らかっていたことも記憶に無かった。
散らばっているとすれば、無味無臭の紙やら紙の束やら本やら小物やら、そんなトコロ。
こんなだらしなくてこんなフザけてて、どうしようも無いくらい良識無さげな柄の悪い男だが、こう見えて育ちは良いしキチンとゴミの分別くらいしている。
年の行った管理人さんとも仲が良いらしい。俺も何度か朗らかに話してるのを目撃したが。
つくづく、変な男だな。
「……俺の勘なんですがね、颯稀くん。今、ものっそ失礼極まりないこと考えてない?」
「あぁ、“変な男だな”って」
いつの間にか気が済んで、戻ってきたらしい遠矢に素直に返答してやる。
「はぐぅ! ……ふ、不意打ち……」
「まぁ、痛くも痒くもなかろう」
「まぁね」
胸を押さえる体勢から、素早く立て直した遠矢はけろりとした様子で、再び俺の周りに纏わり付いた。
「ウザい」
「暇。構え。つか構ってー、構ってーっ! ここ俺んちだしぃ」
「じゃ、帰──、」
「──らないでください。まったくぅ! 俺に対する愛が足りないよぅっ、愛が!!」
「端から無いモノを求めるなよ」
しくしくと今度は泣き真似をし出した。その御蔭で一メートルくらい離れたから良いけど。
さて。ネットサーフィンも、そろそろ飽きたな。
家には帰ってもやること無いし。昨日買った本も読んだしネットはここで飽きたし。
何より、今日はクリスマスだ。
家に帰ればお祭り好きな父と母と、帰省してる姉がいるし。妹の咲雪も今日は家にいるだろう。
家族みんなでクリスマス、は、正直高校まで付き合ったからもう勘弁してほしい。
とは言え、適度に付かず離れずしてる知り合いたちとの飲み会だとか合コンは行きたくないから断った。
そうしたら自ずとこいつとクリスマスになった訳で。
今思えば阿呆な選択だったかもしれない。
「……遠矢くん」
「なぁに? 颯稀くん」
「それ、何してんの?」
俺に構わなくなった遠矢を不審に思い、振り返ってみれば。遠矢は何かの用意をしている。それは手際良く。
「見てわかんじゃん? ケーキですよ」
「何の?」
「何のって……クリスマスに決まってんじゃん」
めずらしく呆気に取られた表情を微かにして、遠矢が答えた。他にも料理の皿を並べている。軽く摘めそうな、パーティ用のような少人数のを。
「お手製ですよん。愛する颯稀くんのために作ったのぉ」
「あー、はいはい」
きゃるん、と可愛らしい動作も、チンピラのような男がやると滑稽でしかない。冷めた目で見つつ外見に似合わない器用な手捌きを眺めた。
そうしてふと、思い立ってサイトにアクセスをする。
『Parody DRUGs』、元『人間失格』。
遠矢のサイト。
今宵ももしかしたら来ているかもしれない、憐れな仔羊。
神様も届かない電子空間にメッセージを残す。思い付いたまま。
“Merry Christmas”
たったこれだけ。意味は無い。意図も無い。チャットには、これだけ。
何となくだ。気紛れに。そう、気紛れに。遠矢のように。
俺が送信ボタンをクリックするのと遠矢が料理を並べ終わって俺を呼ぶのはほぼ同時だった。
I wish a Merry Christmas,
and Happy New Year.
【Fin.】




