気が付けば、それはそう、“幽霊”のように。
だから、この男とは関わりたくないって言うんだ。
……なんて無意味な自己の憤りを宥めつつ、俺は建物を眺めた。
遠矢に連れられて来たこの場所は、俺には縁が無い場所のはずだった。
遠矢が誘ったりしなければ。
「…何でここに来るんだ? お前、一昨日だか昨日だかまで来る気無いって……」
「気が変わった」
あっさり一言で一蹴しやがる遠矢は、片手の花束で肩を叩いている。
「気紛れ過ぎんじゃねーのかよ? こっちとしては」
「まぁいいじゃん。暇なんだろ? 俺もお前も」
ヒトの意見を遮りそんなコトを言う。
そー言う問題じゃないんだけどね。
建物をぐるりと迂回して正面の裏側に回り込む。まだ真新しい血の染みと、警察の鑑識が付けたと思しき白いチョーク跡が在る。
一昨昨日、この建物───正確にはあんな『コト』が在る前、もう当の昔に移動して使われていない学校の旧校舎だが───で、ヒトリの女子高生が飛び降りた。
勿論自殺、だった。
女子高生は夕加里と言う名前で、本当なら今年同じ学年のヤツらと共に卒業して新入生、新社会人として新しい地へと旅立っていただろうに。
そしてハンドルネームを“Yukari”と言った。
遠矢管理して俺が常連となっているホームページのやはり常連だった。
精神系サイトの。
夕加里の───Yukariのコトを知ったのはYukariが自殺してからだった。
俺たちのサイトに来るヤツの何パーセントが自傷癖を持っていて、更に少ない確率で死んだ。
「まぁ、かなりの暇人ですから」
そう言っては、遠矢はいつも死んだヒトのトコへ墓参りに行く。
場合によっては墓へ行き、場合によっては遺体発見現場へ。家族でもあげないような派手派手した騒々しい、死者でも目を醒ますような花束を手向けるのだ。
そして例に洩れず今回も。
来ないとかほざいて置いて。
「暇だけどさ…」
「何よぅ?」
「わざわざ新幹線乗ってまでするコトか?」
そう。今日早朝と言うより深夜に叩き起こされ、朝一番の新幹線に飛び乗った。……当然遠矢の金で。
「いーじゃんいーじゃん。行き帰りの汽車賃タダよぉ?」
「そんな問題かよ」
一欠伸、噛み殺す。
元来低血圧な俺はまだ眠かった。新幹線の中で眠りこけていたがたかが一時間有るか無いかだ。
「そーつまんなそうにすんなよなー? 美形が台無しよ、お兄さん」
「お前程粗末にしてない」
睨みを遠矢に投げ付け、口元を押さえる。
「本当眠そうな、お前」
俺に対して苦笑いしながら遠矢は、一頻り眺めて立ち尽くして。チョークで人型の絵が描かれてる、すぐ横の壁にしゃがんで持っていた花束を横たえる。
それから血の染みと人型の絵に手を合わせた。
遠矢は、極端にホームページに来ている人間を避ける。生きている間は。
死んでから、なぜか「来ない、行かない」と言いつつ『気紛れ』と称しては必ず来ていた。
…“罪滅ぼし”のつもりだろうか?
今更に。
しかし誰に頼まれている訳でも無いのに、律儀にこうして誰か死ぬたびに花を持ってやってくるのだ。
この傍若無人で唯我独尊、個人主義でこの世のすべてを憎んで見境無く『理解者』の振りして死をそそのかしてみせる、そんな男のドコかで[何か]が痛むのかもしれない。
だとしても、やっぱり“今更だ”と、思う。
「……風が出てきたぞ」
「ん、だな」
風が吹く。
彼女が死ぬ時、その日は風が強かった。のに。
彼女が飛ぶ瞬間、目撃した彼女の双子の兄の証言では、風が止んだと言う。
せめてもの[神]の、“憐れみ”か。
この男の『気紛れ』のように。
「───んじゃ、行くか」
“去くか”
“逝くか”
いずれは今ふっ…と浮かんだ台詞が、音を付けて外で空気を震わせて、声になるだろうか? この男から。
有り得ない。そう思い直して先まで手を合わせていた場所に背を向けて行く遠矢の後を追う。
歩きだす前に振り返って目線を落とす。
白い人型チョークのラクガキ。
眼にもうるさいくらいの花束。
くすんで置き去られた鉄錆のシミ。
あとどれ程こんな場所に来る?
遠矢は、自らが飛んだり跳ねたり潰れたりコト切れるくらいなら、他人を誰か蹴落としてでも引っ掻き回してでも踏み倒しても躙り潰してでも生きるだろう。
それならこんな痛くてもつらくても苦しくても窒息しそうでも文字通りの『お礼参り』を続けるしかないんだ。
遠矢にとって。
たとえ周りに理解されなくても。
割りに合わないとかじゃなく。
纏わり付く空気、もしくはまるで。
気が付けば、それはそう、“幽霊”のように。
【Fin.】




