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フランケンシュタインの怪物

 



 ハロウィンとは、ヨーロッパでは万聖節のことである。ケルトでは悪霊を払い豊作を願い、キリストでは聖人に祈りを捧げる、日本で言えばお盆と節分が混ざったような行事だ。

 もっとも、日本では合法コスプレ行事の日と化しているけれど。


「Trick or treat!」

「……」

「……嫌っだー、冷たい目ぇ」

 誰のせいだろうかと、颯稀は思った。一つ頷いて、うん、コイツのせいだなと自答する。遠矢宅、二人掛けのソファに寝転がって読んでいた本を閉じると体を起こす。南瓜の被り物をして体をくねらせる相手、勿論遠矢だけども、そちらへ向けて、鞄から取り出したケーキを投げた。持って行って、と持たせられた、南瓜のパウンドケーキだ。

「あぶっ……ちょ、投げないでよ! コレ、食べ物! 食べ物!」

 言っても、きちんと顔面でなく手でキャッチするところが遠矢の運動神経の良さを物語る。……無駄にハイスペック男め、と軽く舌打ちし聞く耳は持たないと外方を向けば、ぶちぶち文句を言いながら南瓜頭の男はキッチンへ引っ込んで行った。

「もーっ、颯稀ちゃんは、ちょっと乱暴ですよー? ぶーぶー」

 キッチンでは愚痴りつつ、被り物を外さないで器用にケーキを切り分け珈琲を用意しているようだ。そう音で判別し、きっと南瓜の中では唇を尖らせているのだろうな、と颯稀は想像した。可愛い子振っているが、中身は男である。むしろウザい。

「……よいしょ、っと」

 戻って来た南瓜頭は盆に載せた珈琲とケーキを配膳し終え、被り物を脱いだ。当然、出て来たのは見飽きる程見た面構え────だと思ったのだが。

「……」

 二段構えだった。現れたのは、フランケンシュタインの怪物をイメージしたであろう特殊メイクのされた顔だった。え、コイツ莫迦なの? とか、頭に刺さった形で付けられた螺子によく引っ掛からなかったな被り物とか颯稀は考えて、言うのをやめた。黙って珈琲に口を付ける。

「……」

「……」

 繰り返すようだけれど、颯稀は言うのをやめた。たとえ、じぃっと感想を無言で催促されていてもだ。

「……」

「……ねぇ、何か、」

「無言で以てコメントに変えさせていただきます」

「ちょっとぉおおお!」

 ガッデム! などと叫ぶ、南瓜男改め怪物男を放置して珈琲を啜った。面倒なのだ。心底面倒なのだ。泣き真似を横に無視を貫いていると、やがてあきらめたらしく、怪物男はもそもそケーキを食べ始めた。

「……捻ったのに……ゾンビとか流行り過ぎでもう面白くないだろうなって、考えに考えて決めたのにぃ……」

 鬱陶しいなぁ、なんて颯稀は溜め息を吐く。ここで折れてやるところが、もしかしたら遠矢の妹、要子の言う「甘いところ」なのかもしれない。

「……何で、」

「……」

「フランケンシュタインの怪物なんだ?」

 ゾンビは確かに、今年トレンドかと言わんばかりに流行っている。創作物からタイアップやら諸々、やたらゾンビが多い。亜種から正統なものまで、ありとあらゆるものがゾンビ推しだった。

 けれど、と言っても別にフランケンシュタインの怪物でなくても良いだろう。ドラキュラも定番かもしれないが、フランケンシュタインの怪物と然程差が在ると思えない。

 いっそ天使のほうが意表を突くのでは無いだろうか。遠矢の髪色的にも。

「うーん、と……何と無く?」

 捻っていないし、考えてねぇじゃねぇか。密かに颯稀は突っ込んだ。心中で。しかし、どうも目は口にしなかった心情を垂れ流したようだ。慌てたみたいに、遠矢が説明を続けた。

「あ、とねぇ、

 ぴったりかなって」

「……」

 ぴったり。何にと問われれば簡単だ。

『フランケンシュタイン』は、怪物の名ではない。怪物を造った科学者の名前だ。元は女性作家が執筆した怪奇小説。現在で言うなら、SFに分類されるだろうか。SFホラーの辺りに。

 人の知性と、心と、身体能力を持った醜い怪物。造り出した科学者に拒絶された。でも、怪物は紳士的だったとも言える。“伴侶を造ってくれたら、二度と人前に現れない”と言ったのだから。

 だのに、科学者は拒否した。繁殖、増殖だろうか、を恐れて。

 自分が勝手に造り出して置いて。

 親に拒絶され、不当に忌避された子供。それがフランケンシュタインの怪物だ。人によっては違うかもしれないが、少なくとも颯稀の印象としてはコレが近い。

 そして。

「……」

 親に拒絶され疎まれ、嫌われた子供は、目の前にもいた。颯稀は鼻で笑うと「遠矢、」遠矢へと片手を伸ばした。頬に触れる。そのまま。

「……った、ちょ、痛いんですけどー!」

 摘んで、引っ張った。引っ張るだけ引っ張ると、伸びる限界で自然に放れた。気が済んで、颯稀は何事も無かったみたいに珈琲カップへ口を付ける。

「ちょっと、颯稀ちゃんっ?」

 膨れる遠矢に「キショい」暴言を吐きながら颯稀は小さくしたケーキにフォークを刺した。

「お前さ、」

「何よ」

「フランケンシュタインの怪物って、何気に凄いって、わかってる?」

「は?」

 颯稀の発言に遠矢が目を丸くした。肩を竦めて構わず、颯稀はケーキを口に入れ咀嚼する。颯稀がケーキを飲み込むまで、遠矢は黙って待っていた。

「怪物は、継ぎ接ぎなのに、知能が高くて繊細で強靭な肉体を持ってて打たれ強いんだよね。お前、フランケンシュタインの怪物に似合うってことは、然も“自分は超高スペックなんです”って宣うようなものなんだよ」

 珈琲で流し込み、颯稀は続きを話し出す。

「なのに自分にぴったりとかよく言えたもんだよなー」

「そ、そんなつもりじゃないよ! 違くて!」

 へっ、と颯稀が笑えば遠矢が焦ったように弁解する。聞く耳は持たないと、颯稀は手を振った。

「いいよいいよ。遠矢は、間違い無く『スパダリ』ですからねぇー凄いですねぇ」

「さっちゃん! 聞いてよ!」

 最近リア充に返り咲き出来ず、教育課程で忙殺されている友人が言っていた用語を使って罵ると、もう一口ケーキを口内に放り込んだ。

 要子が作った、ケーキを。


“コレ、持って行ってくださらない”

 昨日は要子の家庭教師の日だった。帰り、強引に持たされたパウンドケーキだった。

 作り過ぎたのだと、要子は主張していたが、事実とは異なることを颯稀は母親からすでに聞いていた。甘さを抑え目にして、颯稀の舌に合わせたこと、それに。

“明日は、お兄様のところへ行くの?”

 幼子染みた仕草で問うた要子を鑑みれば、自ずと理解出来ようもの。


「素直じゃないんだよ、面倒臭い」

 颯稀は嘆息した。この兄妹は、本当に面倒臭いと。

 しかし知らない遠矢は「非道くないっ?」喚く。あーはいはいと往なすと、颯稀はケーキを黙々口に運んだ。


 孤独な醜い怪物は、親にも拒まれ周囲の人間には虐げられた。

 だけれど、遠矢は違う。

 気に掛ける人間がいる。不器用にも愛した人間がいる。

 友人かは微妙でも、仲間とは呼べそうな人間も。

 情が移って、見棄てられない自己みたいな人間も。


 遠矢に自覚は無くても。

 少なからず、颯稀は、こう考えている。







   【 Fin. 】

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