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Fallen over.

 



 誕生日が来るたびに思い出される。

“何で、生まれて来たんだ”

 義父(ちち)である異母兄(あに)の、声。


 責められた。ずっと。ずっと、責められていた。俺が生まれたせいで、母が死んだから。死んでいたから。や。生きていたんだけれど、本当は。

 その真実だって、教えられなかった。

 ある人は慈悲で。

 ある人は憎悪で。

 ある人は保身で。

“どこか、遠くへ早く行って消えてくれ”

 異母兄の、今思えば懇願たる罵声。打たれる鞭にも慣れたころ、養母(はは)、いや、義姉(あね)が庇いに来る。異母兄に縋って、泣きながら。異母兄は、義姉に見付からないように、俺をひっそり連れ出して鞭打ちしていたけれど、俺は、異母兄を憎めなかった。

 だって泣き縋って制止する義姉の肩の向こうで、異母兄の顔が、眉一ついつも動かない顔が、歪んでいるんだ。俺を空気の如く扱って、何も言わず何もしない異母兄が、苦しそうに。だから、俺は理解していた。妹が生まれる幾年前には。


「……」

「……」

 さすがに、中学上がったころくらいから、鞭で打たれることは無くなった。皮膚が何度も裂けた背中は、もうそこまで酷くない。痕は残っているけれども、大したものじゃない。火傷も幾つか在ったっけ。ただ、これは異母兄にはお気に召さなかったらしく数度で終わった。今じゃ、俺の腕が似たような傷で覆われている。

 煙草でやった根性焼きと、リストカット、アームカット。繰り返した、自傷。実家では虐げられなくなった途端、生きてる気がしなくなった。実家では、存在しないみたいに黙殺されるから。大学に行ってからは、ひとりだから。静か過ぎて、心底死んだ気がしてならなくて。……死んでも、良いんだけど、さ。

「遠矢、学校、どう?」

「楽しいですよ。とても。友人も出来ましたし」

 重く満ちる沈黙に抗うよう、義姉が声を掛けて来る。今日は誕生日。俺が滅多に近寄らなくなった実家に来たのは、誕生日が近付くと毎回開かれる食事会に参加するためだ。お祖父(じい)様……実父が始めたことだけれど、当の本人はいなかった。最近、高齢で体調も芳しくないらしい。寿命かな。この家が狂った元凶だけど、俺は可愛がられていたし、やっぱり、憎めなかった、から……特に死ぬことをよろこびもしないけどね。

小鳥遊(たかなし)くんだったかしら。良い子ね」

「……」

 義姉が微笑んだ。卓を囲う形で異母兄を上座に、右に義姉、左に俺、義姉の隣に戸籍上俺の妹で血縁上は姪で従妹の要子(かなこ)が座っていた。なので、義姉は、俺の向かいにいて……俺は違和感を覚えてほんの数瞬じっと義姉を見た。

“良い子ね”? 義姉には前から颯稀(さつき)のことを喋っていた。電話とかで。大学でのことを義姉は聞きたがっていたので。ゆえに、名前は、知っていて当然。話を聞いているのだから、仲が良いことも、颯稀が当人は認めないけどお人好しなのも既知のこと。けど。

 義姉の今の言い方だと、まるで颯稀本人を知っているような……。調べた? 義姉が? どうだろうか。彼女は彼女で、無用心に人を信じ易いところが在る。颯稀の人柄を調べるなんてことをするだろうか。しかし。表には出さなかったが、どうにも引っ掛かった。尋ねるか、悩んだのは数秒。その疑義を掻き消すみたいに、驚きの出来事が起きた。

「────小鳥遊くんは、息災か」

 異母兄が、ぼそっと、零した。小声で在ったけれど、この距離だ。しっかり、耳に届いた。

「───」

 何で。

「……」

 思わず動揺した。俺とは、殆ど私語で話すことなんか無かった異母兄から、颯稀の名前が出たことに。俺を、虐げる以外で決して見なかった異母兄が、俺を見ていることに。何で。嫌な予感しかなかった。衝撃に混乱して口を噤む俺を後目に、異母兄は視線を外すとどんどん会話を投げて来る。

「私たちのような人間は、付き合う人間を選んだほうが良いが、小鳥遊くんはその点良い」

「……」

「成績優秀、評判も上々。将来有望で結構じゃないか」

「……」

 急に、誉め出した異母兄に、徐々に正気付いた俺の頭は警告が響いていた。異母兄なら、調べていてもおかしくは無い。……無いのだが。

 薄く笑った、兄の冷たい横顔が、不穏で、調査した、だけじゃない気がした。


 その日は義姉がせっかくだから、すでに遅いからと、豪く引き止めるのでつい泊まってしまった。今日はおかしなことばかりだ。饒舌に俺へ話し掛ける異母兄。俺だって常に食事会のときはさっさと済ませて、どんなに遅くてもタクシーで帰った。非常事態だった。

 この御蔭か、俺は久しい己の部屋で、なかなか寝付けず夜を過ごした。


 明くる日。起きたのは昼に近い時間だった。異母兄は仕事に出たそうだ。俺が泊まったのが余程うれしかったのか、遅めの朝食を摂る俺に義姉は頬を緩ませ「お寝坊さん」揶揄した。


 部屋を戻って、帰り支度をしていた。義姉が言うには、要子もいるらしかった。らしかった、って言うのも、俺は会っていないからだ。あっちも会いたくないだろうしね。つか、俺がまだ家にいるのも知らないんじゃないだろうか。食事が終わって要子はさっさと自室に戻って寝てしまったのだから。

 昔は、よく遊んだ。年の離れたあの子は俺に懐いていた。現在は、異母兄の教育か、周囲の影響か、俺を汚物だとでも思うように嫌っていた。

 お互い、会わないほうが、良いんだ。現状の俺らは接触しても軋轢しか生まないだろう─────一瞬痛んだことを無視したのと、来客を告げる呼び鈴の音が鳴ったのは同時だった。

「……誰だ?」

 義姉から、公的な来賓の予定は聞いていない。なら、私的な訪問と言うことだが……誰だろう。義姉では無いだろう。今日はこれから家でお菓子を作ると言っていた。とすれば要子のだろうか。参ったな、と思った。今出て行けば鉢合わせだからだ。要子の友人だったら、俺と会うのは望まないだろうし。俺は嘆息して、何気無く窓から外を見て。

「───」

 絶句した。異母兄が、俺へ雑言じゃない言葉を寄越して来たとき並に思考回路停止した。

「な、ん……で?」

 実家は広い敷地を有していて、門から玄関までは庭を挟んで少し歩いた。更に無駄にデカい邸宅の、二階に俺の部屋は在って。家に向かう人間が難無く見下ろせた。窓から、出迎える要子とやって来た人物がよく見えた。顔も、ちゃんと。

「何で……」

 俺は、眼下で並ぶ二人に同じことを吐息混じりに洩らすしか無かった。呆然と、家に入るまで見届けていた。要子とのお喋りに興じていたせいか、相手は気付いていなかったようだ。俺は窓より離れて、ふらっとベッドに仰向けで倒れ込んだ。

 異母兄に話し掛けられたときより脳内は混沌と化していた。何で、どうして、なぜ。疑問しか出ない。シーツに額を押し付け呻く。

「……」

 どれだけ時間が経ったか。数秒か数分か数時間か。俺は身を起こした。ベッドの上、壁に凭れ、片膝を立てて俯いた。そうして、やっと、声になった。

 相手の名前。

「……さつき……」

 颯稀。ここにいるはずの無い、俺の大事な、たいせつな、人。

 俺だけの、『サチコ』

 俺は浅く息を吐いて太腿(ふともも)に置くのとは逆の手で目元を押さえた。


 乾いて、涙なんか流れていなかったけれども。







   【Fin.】

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