“もし世界が終わるとして”
もし世界が終わるとして。
俺に何が出来るんだろう。
「……どこのロマンチストの話?」
俺が読む小説の一文を目にした遠矢がわらった。俺は気にせず「今度のレポートの参考資料なんだよ」と淡々と返した。遠矢は片眉を上げて「それが?」と言う。無理も無い。俺が手にしているのはスマートフォンだ。いわゆるネット小説と言うヤツだ。
「教授のテーマが、読書ツールと読者層の変遷、とかなんだよ」
俺は文学部だけど取った講義の先生がおかしいのか、時たまこんな曖昧な課題を出す。まぁ、俺からすれば読書感想みたいに思えて楽なんだが。どうなんだろうとも思う。正直。
「それって、文学部のテーマとしてどうなの?」
「言うな。まー、作家志望のヤツとかは良いんじゃないか?」
現実を知るには、良いテーマだろう。もっとも、果たしてT大文学部卒の作家志望が、多いとも言えないし食いっぱぐれるのかもわからんが。つか、なるとしてもみんな誰かの弟子になったりするんじゃないのか? 俺はその気が無いので知らないが。
「“紙の書籍は絶滅するか”ってのに似てるね」
「実際、そんな話だよ」
「でもさー、にしても選ぶ小説間違ってない? 恋愛物?」
俺には到底似つかわしくない小説の内容に、後ろから覗き込んでいた遠矢は俺からスマートフォンを取り上げる。代わりに入れてくれたんだろう珈琲を渡された。スライドしているところを見るに、目を通しているらしい。
「……ポピュラーだろう。流行りを知るのにもさ」
「そうだけど。今ファンタジーとかもネット小説って本になってたりするじゃない? ホラーなんか定番だし。そっち書けば良いのに。ほら、ホラーなんて最古でしょ? 時代の変遷も辿れるしー」
「恋愛も最古だろう」
「ま、恐怖と色欲は本能だしね。何で恋愛に拘ってんの?」
「別に拘ってないけどな。それ一応SFだし」
「え、そうなの? どっこにも要素無いけど?」
半笑いで、素っ頓狂な声を出す遠矢に頷きながら珈琲を飲む。確かに、設定以外にSF要素は見当たらない。どう大目に見ても恋愛物だ。俺は返されたスマートフォンを一時閉じ、テーブルに置いた。
「人気在るの?」
「さぁ……俺も初めて読む」
「ちょっ、そんなんで大丈夫なの?」
一人掛けソファに座る俺の横、二人掛けのソファに腰を下ろす遠矢が噴き出す。言いたいことはわかる。とは言え俺も莫迦では無い訳で。
「幾つか読んでいるよ」
「あ、そうなんだ」
最初、俺は遠矢の指摘に洩れずファンタジーを読んでいた。何か……スラムみたいな治安の悪い地域に暮らすシリアルキラーとネクロフィリアの話だ。二人が関わる人々の悲喜交々、そこで二人の関係の事情や秘密も徐々に明らかになって……とか言う。うっかり物語に没頭してしまい一瞬目的を見失った。ネット小説侮り難し。
次に読んだのはホラーだった。よく在る、呪いの伝播の話。数学好きの主人公の周りで人が死に出して、とうとう主人公の従姉妹や友達にまで呪いが及び、そこから呪いを解くための謎解きが始まる。最終的には一人の少女の壮絶な死が関わっているんだけど。コレは書籍にもなっていた。買った。
で、次いで恋愛に行った訳だ。
「やっぱ顕著なんだよな。ここ数年前ケータイ小説が流行ってたろ?」
「ああ、そうね。凄い改行されてるヤツ。個人的にポエムみたいって思ってたわ」
「強ち間違いじゃないんじゃないか?」
昔の、いわゆる女学生と言うものは、友人たちと詩集のやり取りをしていた。自分と重ねた詩集を読み合ったりとか。そこには自作も含まれる。と、するなら。女子高生がケータイ小説に行くのもわかる。アレは体験談をモチーフにしたり、自伝も多いようだから。
「ネットが普及して、自作詩集を表に出すようになった、と?」
「もっと言うと、昔は自伝て言うと偉人や芸能人だったのが、誰でも発表し易くなった。ブログ本とか、良い例だろうな」
偉人や芸能人の自伝はどちらかと言うなら“雲の上、別世界の人を身近に感じる”ための道具だ。それはそれで良いだろう。好きな人間は必ず買うだろうから。だが、ネット小説、ケータイ小説は違う。元から身近なのだ。“自分の隣で笑っているような人間が、自分に、そっと打ち明けてくれる感覚”に近いのでは無いだろうか。
「だけど、ケータイ小説が“自伝のようなポエム小説”から小説化して行くところで下降して行く訳だ」
小説になって行く過程で飽きて来る。最初は共感を得て盛況を見せていたものの、だんだん架空の話を交えるに連れて本を余り読まない層は離れて行った。かと言って、今更打ち明け話にも慣れてしまって見向きもしない。
「ここで、読者層のシフトを図る。要するに、“元から小説を読む層”をターゲットにする」
となれば必要なのは文字の詰まった小説だ。改行の問題じゃなく、書籍にした際改行を詰めても見劣りしない、本好きも読んで遜色無いもの。流行の変動にも変わらない数字を保つもの。
「で、アレ?」
遠矢が笑いながら俺のスマートフォンを指す。もう閉じてしまったけれど、言いたいのは先程の小説のことだろう。
「特にアレだけでもないけどな。他にも恋愛物で読んだし」
実はさっきの小説の前にも一つ読んでいた。少年と少女が同居していて、少年は殺人を生業にしていて、少女が好きで、両想いになった暁には少女を殺すらしい。現時点で少女は死んでいないけれど、今後はわからない。何せ更新が止まっているので。二人が、俺のよく知る少年と少女に似ていたからつい読んでみたんだけれど……結構前に止まっているみたいだし、更新、来るのか?
「そう言や、昨今のネット小説のトレンドは異世界トリップや異世界転生らしいぞ」
「そうなの?」
「一応、書籍化されてるものも殆どそうだし。ああ、異世界に店が飛ぶ、なんてのも増えてるみたいだな」
「ええっ? 店毎飛ぶの? 常連とか大変じゃん!」
「まぁ、そこはファンタジーだし……世相なんだろ?」
みんな、ここでは無いどこかで、チートな誰かになりたいのだろう。一部の人間を除いて日々鬱屈の溜まる世界だ。然も有りなん、と言ったところだろう。遠矢が「成程ねぇ……」と得心しているが、事情を知る俺じゃないヤツらは、殊、坂崎なんかは「超おまいうー」とか突っ込むだろう。
「今読んでいるのは書籍化してないものだよ」
これから、書籍化するかなんてのは判然としない。素人の俺としては特に本のものと違わないので、個人的には楽しいけど。本にしてまで欲しいかと言われれば、半々だ。
「書籍で欲しいのも在れば、ネットのままでも良いなってのも在るな」
きっと、人によってはここが逆転する人もいるんだろう。だので人気はすべてじゃないし、判定も難しいところだろうな。
「最近じゃ、動画とコラボも当たり前になって来てるから。如何にマーケティングして行くかが、売るには大事なんだろうな」
好き嫌いで判定出来ないのならば、徹底周知して興味を持たせるしかない。セルフプロデュースが鍵か。最悪、誰かに成り済ましたり、虎の威を借りたり、他人を踏み台にしたり? 追及されても言明しなきゃ良いものな。難儀な世の中になったものだ。
「本好きとしては複雑?」
「いや、────上々?」
読めるなら何でも読むからな、俺は。活字物が増えるなら、何でも良い。作家を目指す人間には、地獄なのかもしれないけれど。……どの職業だって、そう簡単にはなれないものだと割り切って地道に書くしか道は無いだろうな。
「むしろ読めるなら、もっと増えれば良いんだよ。読む側には、“人気かどうか”より“自分が面白いかどうか”なんだから」
あと完結かどうか、長いか短いか、な。まぁ? 面白くて容易に量が増やせて、人気が出るのが出す側は御の字だろうけれども。
「“もし世界が終わるとして”」
珈琲を口に含んだとき、遠矢が急に呟いた。何だと見遣ると、視線を低空に定めた遠矢がいた。そこで、俺はさっきのが俺が読んでいた小説だと思い至る。俺は珈琲を嚥下したあとも続きを待った。
「さっちゃんは変わらず本に埋もれてるんだろうから」
「……」
「俺は横で珈琲でも淹れましょうかね」
ふっと笑う。力の無い、先からの嘲りを滲ませた笑いとは種の違う笑みに俺は肩を竦めた。
「ケーキも付けろよ。頭を使うと甘いものが欲しいんだ」
「……あー、これは気が付きませんで」
遠矢が再び腰を上げた。普段甘いものを好まない俺が、甘いものが欲しいなんて気が付かないと思うんだが。ついでに「おかわりは?」訊いて来たので「貰う」答える。遠矢は笑いつつ俺からカップを受け取りキッチンへ消えた。
「……。“もし世界が終わるとして”」
俺は、お前といるんだろうか。ふっと、過ったのは。
“これは、お兄様のためでも────”
俺は軽く首を振った。メモ帳を取り出す。今の内にレポート用に纏めて置こうと思った。文学部としてどう、より、近ごろ読書量が増えた俺にとって、今回のレポートは有り難かった。
「……」
余計なことを、考えずに済むからだ。
俺がペンを走らせているとキッチンから「クッキーで良い? つばきちゃんとユエくんから貰ったのー」質疑が飛ぶ。俺は一瞬止まって、スマートフォンを手に取り、クローズして真っ黒な画面を数秒見てから鞄へ放って、返した。
「……。ああ、構わない」
“もし世界が終わるとして”。
俺は、どうするんだろう。
【Fin.】




