Merry Xmas,Black Widow.
颯稀が、呆然と俺を見る。俺は不意に噴き出した。颯稀が怪訝な顔をする。……おかしいの。
風がコートの裾を膨らませる。くっそ寒い屋上で聖夜の日に、とち狂ったことをやっている自覚は在った。赤や緑や白や色取り取りの輝きに暈けた視界のすべてがどうにも非現実的で、その最たる握った銃の重みだけが妙にリアルで余計おかしくなる。
「コレさー。ネットで一時期話題になったんだ。知らない?」
「……まったく」
「だよねー」
颯稀が世事に疎いと言うことを俺はよく知っていた。俺はわらった。他意は無い。駆けて来たのだろうか、大学に上がってからは座学ばかりになって運動不足の颯稀は息を切らしていると言うのに真剣な表情で俺を見据える。颯稀はどこまでも颯稀だった。うれしかったのだろうか。何が? 脳内で冷静な部分が自問自答する。答えは無い。だけれど、紛れも無く湧いたこの感情は『歓喜』だ。
「莫迦なこと、やめないか」
「莫迦なこと?」
何のことだろう。“莫迦なこと”? 俺にとっては生きていること、それ自体が莫迦なことだと、颯稀は理解しているのだろうか、本当に。本意で莫迦なことをやめるのなら、俺は呼吸からやめねばならない。
俺は、身を寄せ合って生きていた人たちにとって突如人生を破壊した『不純物』だったんだから。
「颯稀ちゃん。銃の、ここ見て」
俺が銃を握る手を開いて見せた。颯稀は訝しげにしながらも従順に俺に従って銃へ目線を走らせた。俺の開いた手の中に収まるグリップをもう片方の手で「ここ」指差して示してあげる。
グリップには赤い蝶の刻印がして在った。
「……。その模様が、何だ」
「ネットの都市伝説にね、有名な改造銃の話が在るんだ」
銃はもともとどこにでも在る玩具で、容易く手に入る。どんなものでも良いらしい。こうして、手に入った銃はとあるサイトの主とコンタクトを取り指示通り行動をして指定された方法で渡す。渡した銃は数日後どこかで加工され戻って来る。
「そうして銃は、実弾が撃てるようになるんだ」
「都市伝説だろう? 銃の売買がネットで出来て、とかならまだしも」
本好きの颯稀は、実は酷くリアリストだ。うん、そうだね。わざわざ手を加えるより海外の本物を買うほうが遥かに楽だろう。そもそも、強度云々考えれば、安全性を鑑みれば。だけど、ここが味噌なのだ。
「銃の装飾」
「は?」
「玩具の、銃の、装飾は、違法じゃないでしょ? 表向きとして」
「───」
「本物の銃を取引するのは違法だけどさ」
一発だけ撃てれば良いのなら、本物じゃなくたって良いんだ。颯稀の愕然とする顔。いつもきれいなお澄まし顔は、今夜はとても人間味に溢れて。
「……」
いつもより、きれいだね、なんて。俺も大概壊れている。柵に寄り掛かって俺は、鼻歌を歌う。思い浮かんだのは、イギー・アザリアの「Black Widow」だった。およそ、クリスマスには相応しくないのかもしれない。鼻歌を歌いながら俺は銃を。
張り巡らせた糸に捕まったのは、誰だったのだろう。
颯稀は、この糸が“アリアドネの糸”だとでも思ったのだろうか。俺は、糸を、自身で巡らせた気になっていたのだろうか。
雁字搦めなのは、誰だ?
「メリークリスマス」
【Fin.】




