跳び箱~かくも簡単な境界線~
─────その男から電話が来たのはいきなりで、だけどもそれがヤツの通常なので別に驚きもしなかった。
「……何?」
「死にたい」
『また』だった。
慢性的な自殺願望に振り回されている気も無ければ、妹やいつぞやのチャット仲間の少女に聞かされるよりは気落ちしない。
「───。またかよ。今度は何?」
再びの『何?』は、コトの“原因”に対してだ。
だいたいこんな言い草の時は下らないコトが発端なんだ。
たとえば“携帯壊れた”とか。
“課題終わらない”とか。
“サイトの更新ウザイ”とか。
“最近ヤってなくて溜まってる”とか───ちなみにコレは性的意味だけでなく人道系問題的意味も含めてだ(漢字変換で言うなら『ヤって』は『殺って』になると言う)
とにもかくにも下らない話から癖のように“死にたくなる”らしい。
そして逐一、そんな報告は相方兼悪友(ヤツは時に“心友”と迷惑にも呼んでいる。しかし得てして妙でも在る)で在る俺にしてくる訳で。
跳び箱を跳ぶよりも簡単に越えられる死の境界線。
「死にたい」
「だから何で」
「颯稀が構ってくれない」
「───切るわ」
指は言葉と共にボタンを押していた。素晴らしき条件反射。
……~♪♪~♪……。
そして相手もまた素晴らしい反射神経を誇示した。早えぇ。
「もしも、」
「何で切るかなぁ!? お前に冗談て通じない訳? ってーかモテる男のくせに何でそんなに冷たいのよあーたっ! えぇいこの外面男めぇい!!」
台詞を途中で寸断され、挙げ句一気に捲くし立てられた。……ウザイ。
「お前ねぇ、」
「言い訳なんて聞きたくないわっ! そんなに若いあのコが好いのねっっ!!」
この馬鹿なジョークをどんな素振りでやってるか、それが頭に浮かぶから嫌なんだ。
「もうお前、」
「何よ!? あなたなんて浮気者の甲斐性無しの外面男よぉっ!」
やけに『外面男』を連呼する。
それにわざとだとわかっているのについ腹が立つ。
好きでこんな風に育ったんでは無い…つもりなのに。
「……」
「───あら? 黙っちゃったよ。馬鹿だなぁ。本気でそんな、気にするなよぉ。冗談、冗談だよぉ」
調子こいたこの男の今の状態は嫌いだ。叶うならぶん殴りたいところだ。
けど哀しいかな、ヤツの家までは俺の家から電車を乗って行かなくてはいけない。意外と遠くに住んでいるものだ。
「颯稀?」
「阿呆」
こんなヤツが跳び箱より容易い死の境界線をちら付かせるのだ。
いとも、簡単に。
「ひどい」
「手首も首も切ったコト無いくせに、何が死にたいだ。嘘吐き」
「───」
「第一本意に死にたいなら、俺なんかに電話しないだろ。
……[止め金]なんかに俺を指名すんじゃねぇよ、莫迦。そうだろう?
遠矢」
『死にたい』と、本気で言うなら他人には言わない。単に俺を自分用の“セーブ”に使ってるに、コイツは過ぎない。
死ぬ気なんて無いくせに。
莫迦なヤツ。
哀しくて、愚かしいヤツ。
人を踏み躙らないと生きて逝けないヤツ。
「───……死にたいわ、やっぱ」
「……」
「そんなに見透かされたら、俺生きてけないもん。
お前から離れて
なんてさ」
・ ・ ・ 。
間。
「……っ……やめてくれ……」
冗談よせ、泣くぞ。
寒過ぎて。
どうせコイツは、死にはしない。
意地でも生きてくだろう。
いつかどうにかして現実的に死ぬまで。
簡単だから、自分からはとんだりしないで。
結局。
遠矢が愚痴ってる。
俺は黙って聞いてる。
それまでどれだけこんな電話受けるかな? なぁ、
遠矢。
【Fin.】




