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感染管理

 



 遠矢がまともになって行くのが、果たして正常化しているからなのか悪化しているからなのか。

「……」

 末期だからなのか、図り兼ねる。


「今日さぁ、」

 遠矢が不意に話し始める。俺は手を止めた。今まさにページをめくったところだったんだが。今日は大学のカフェでたまたま会えた。日本最難関と言われようと人は多く構内は広いし学部も違う。使う棟が在る場所もそう近い訳では無い。俺、このあと結構端まで行くしな。鉢合わせしたときはよく会えたものだなと思った。

「高校時代の友達からメール来てさー」

 珈琲を啜りながら適当に流そうとした態勢を改めた。高校時代? 遠矢の? いや、遠矢が言うんだからそうだろう。何か不思議な感じがした。コイツは高校時代優等生だったらしいから。俺と負けず劣らず……や、コイツなら俺以上だろうなきっと。とにかく、現在表向きにははっちゃけた遠矢がその時代の人間とまだ繋がっていたことに驚いた、んだと思う。まぁメールくらい在るか。気を取り直して耳を傾けていると。

「同窓会のお知らせだったんだよねぇ」

 珈琲に落としていた目線を上げた。何だって? 耳を疑った。遠矢が同窓会? 似合わない組み合わせだなぁ。

 遠矢は去るモノは追わないし過ぎたことは気に留めないタイプだ。来るモノは拒まずけれど距離は絶対置く。

「……行くのか?」

 さて、そんな遠矢は根拠こそ無いけども、高校時代までと大学からをどうも区別している気がするんだが。なのに、行くのか? 同窓会に。尋ねながら珈琲を置き本を鞄に仕舞った。

「そうだねぇ……」

 頬杖を突きながら視線を遠く横へやり何某か考え込んでいる。不都合が在るのなら行かなければ良い。調子の良いコイツは俺程要領は悪くない。俺は腕時計へ目を落とす。まだ時間は有る、か。

「……幹事がさー、」

 たっぷり物思いに沈んだあと遠矢が口を開いた。遠矢がゆっくり喋るので続きを待った。少し離れたところに置いてしまった珈琲に手を伸ばす。

「昔、虐められていた子なんだよね」

 珈琲を飲もうとして停止してしまった。……それ、必要な情報か? 「颯稀ちゃん、眉間皺ー」遠矢は軽やかに笑うが俺は笑えない「……で?」

「んー?」

「虐められてた子が同窓会企画するなんて感動秘話でも在んのか?」

 あんまり聴きたくないなぁと思いながらカップを再び置いた。飲む気失せた。

「うーん……まぁ大したこと無いけどさー……颯稀ちゃんはどうして虐めなんてすると思う?」

「はぁ? 自己防衛じゃないのか? 周囲は己が標的になりたくないから、主犯は自身を守るためだろ。矮小極まりないプライドとか、な。精神衛生上は悪くなるばかりだけどな」

 俺が不機嫌に言い捨てると遠矢は「颯稀ちゃん、地が出てるよ」苦笑した。何で遠矢の同窓会から虐めの議論になるんだよ。幹事が虐められていたから? 知るかって話だ。俺の知り合いでも現在進行形でも無いのに。胸糞悪い。遠矢は楽しそうに目を細めた。うわ、面倒臭いことになりそうな気配が……。

「自己防衛、も有るだろうけど、一番は快楽かなぁと思うんだよね、俺。あとは、自然の摂理、かな?」

「自然の摂理?」

「そ。鶏も弱い者虐めするんだよ。知ってた?」

「何だよ。海豚も強姦するんだよ、とか言い出すんじゃないだろうな」

「はははは。それはちょっと話変わるかなぁ。あー、でも根本はいっしょかなぁ? 『適者保存』の話って言うか」

「あー……」

 つまり、篩い落とししてるって? 問えば遠矢は満足げに頷いて自分のアールグレイに口を付けた。遺伝子を遺せそうに無い者を意識的でなく無意識に感知して排除してるってことか。まぁ無いことも無さそうだけども……て、待て。

「じゃあ、快楽って?」

 遠矢は紅茶を一口飲んでから笑顔で言った。

「気持ち良いでしょう? だって人が苦痛に歪んでいるのは」

 良い笑顔で言いやがって。呆れつつ俺は先を促した。喋るのがしんどい。はっきり言って。

「会話を楽しもうって気が無いよね、颯稀ちゃんは」

「喧しい」

「ちぇっ」

 見た目が幾らまともそうになって来ても遠矢は遠矢だった。疲れる、コイツ。遠矢は俺の思いを知ってか知らずか───いや、コイツは知っていてだろう、この確信犯が。遠矢は咳払いを一つすると滔々と持論を展開して来た。

「ま、実際さ、安心はする訳じゃん。周囲は“自分じゃなくて良かった”って」

「まぁ、そうだな」

「でしょ? で、主犯は楽しいのよ。自分が優位に立っている『優越感』。自分のした行動で相手を左右出来るって『支配欲』。それと衝動をぶつけられる『爽快感』。他にも性的衝動に似た快感を得ているケースも在るね。異性同性問わず」

「……うん」

「共犯は共犯で主犯って言ういざとなったら罪を擦り付けられる人間がいる。責任者だね。その庇護の下で同じように獲物を嬲る。主犯の擬似体験と言うか……共有している一体感かな。在るから調子には乗れるよね」

「それで?」

「標的の子は堪ったモンじゃないけれどクラスは妙な纏まりを見せる訳よ。明言はしないけども明確なルールが出来る。守れば保障だけはされる。つらいのは、生け贄になった子。けど、生け贄だってどうにかしようとするよね。出来る限り安全な、穏便な方法で」

「……。身代わり、か?」

「そ。で、幹事は物の見事に身代わりにされた子……で、俺が助けた子」

 俺は瞠目した。“助けた”? 遠矢が? 何で? 優等生気取っていたからか? いや。コイツなら巧いこと逃げるに決まってる。何らかの算段が無ければ自分から首を突っ込むとか有り得ない。

「お前、何企んでたんだ」

「ちょ、失礼だなきみぃ。────間違ってないけどさ」

 遠矢はぼそっと最後のほうは小声で言ちた。余計なことは言うなよ。

「企んでたって言うかねぇ。ちょっと面白かったから掻き混ぜただけだよ」

 遠矢曰く、虐めは最初別の子だった。始めの被害者は元々主犯共犯のグループの子でよく在る男女間のトラブルだった。主犯の子の彼氏盗っちゃった、みたいな。

「何つーあるあるだよ」

「うん。在り来たりなパターンね」

「まさか……」

「寝取られ彼氏は俺じゃありません。さっちゃんはどんだけ俺を悪者にしたいの」

 疑わしい声を上げれば即座に否定された。仕方ないな。日頃の行いってヤツだ。言えばぶーっとか口にしながら膨れた。うん、気持ち悪い。

「颯稀ちゃんはもう少し俺を信用するところから始めようよ」

「須らく人は疑っている」

「非道いわ、この外道」

「うるさい、お前に言われたくない。で、何でお前が助けるところまで行くんだよ」

「ああ、それがさー」

 虐められ始めた子は王道的に無視から始まった。だが王道は王道を行くものだ。定番の落書き、破壊、身体的暴力。勿論ぼろぼろになって行く。ここまで来ると周りも感付き始める。

「お前も、感付いてたんだよな、当然」

「初期で情報は入って来てたし普段と雰囲気が違うからすぐ気付いたよ」

 うわぁ。俺は若干引いた。コイツ。その段階で釘刺せよ。やる訳無いと思うけど。俺は珈琲を今度こそ飲んだ。このあと講義無きゃ酒が飲みたい気分だ。酒より珈琲が好きなんだけどな。

「周りは俺が生徒会長だったから、そっちで忙しくて気が付いていないと思ってたっぽいよ。んなはず無いのにねぇ」

 喉を鳴らして笑う。薄ら寒いものを感じた。珈琲もぬるくなってて精神性だけれど暖を取りたかった俺には役不足だった。

「で、日に日に窶れるのが見てられないって。隠れつつ手を差し伸べたのが幹事の子だったの」

「隠れて、ね」

 面と向かって言う程身の程知らずってことも無いのか。とは言え壁に耳在り障子に目在り。どこでどう人間が繋がってるか判然としないのは世の常だ。油断していた訳では無いだろうけども慎重にしても漏洩することは在る。

「結局バレて次に狙われちゃった、訳だけども二人目はもっと酷かった。元から仲が良いことも無ければ“良い子ちゃん振りやがって”“部外者が関係無いくせに”って、殆ど言い掛かりだねぇ」

「だから手を出した?」

「そう思う?」

「いや、まったく」

「でしょーねー」

 遠矢の性格からして、目に余った、てのは在っただろうが同情ではないだろうなと推測出来た。だとすれば。

「興味が湧いたんだろ? 何に?」

「俺ってさー、生徒会長で一応坊ちゃんじゃん」

 自分で言うか。肯定しつつ胡散臭いものを見る目で見てやる。「あー、その目は何ですかー」何ですかも何も。

「そこそこ巧く立ち回ってたんですよ。社会の縮図ったって家に比べれば所詮高校生の稚拙な集団生活だからね。ウチ、伏魔殿だし」

 普通の高校生には学校って充分な訓練場だと思うが。それでもお前が特殊なんだとは面倒だから言わない。

「人の情動って言うかな。読めるんだよねー。加えて俺人気者なのよ。生徒会長になるくらいにはね。クラスの発言権も誰より在った。で、考えた」

 もしここで、人気者の俺がちらちら虐められている子と接触したらどうなるかって。遠矢の話を聞きながら今日は三月にしてはあたたかいとか予報で聞いたはずなのに何一つ当たってない気がした。心理作用か。空は快晴だし湿気も程良い感じだし。だのに、背筋の悪寒が止まらない。俺はストールを巻き直した。

「始めは、全然知りません、て体で。孤立していたところへ声を掛けた。“暇なら手伝って”って。ヒトって面白いモンで、人気の微妙な人間がしょっちゅう頼むと嫌がるくせに、人気の在る人間がたまにお願いするとまるでご褒美貰えたみたいに思うんだよね。凄い雑用だとしてもさ。だもんでさ、主犯は気に入らない訳。“自分差し置いて何遠矢くんに色目遣ってんだ”って」

「怖ぇ……」

「で、頃合見て俺に擦り寄るのよ。“あの子鈍臭いんだから、次は私がやってあげるー”って。お前が一人にしてたからだよって言外に込めて“丁度ひとりだったから声掛けたんだ。きみは人がいて忙しそうだったし”って言う訳よ。面白いくらい返事に困ってたね。“あ、そーなんだー”って。こっそりのつもりだったんだろうけど思いっ切り虐めてる子睨んでんのわかるんだよねぇ。鬼の形相だったわー。鬼のほうがきれいかも」

「……」

 ぬるい珈琲を胃に無理矢理流し込む。胃が痛いが無視する。飲まずに間を持たせられる気がしない。何で昼下がりの講義までの時間コイツの凄惨な過去を聞かにゃならんのだろうか。

「その後はちょいちょいちょっかい掛けてくの。俺と接することが増えるたび虐めもその分エスカレートするのさ。苛々が冷静さに勝って、常なら注意して来た見えるところへも怪我させる。そうしてある日聞くんだ。“この怪我、どうしたの?”“暴行されたの?”“誰に?”って。教室で大きめの声で。俺は生徒会長で、多忙っての言い訳に教室にいるの少ないからね。虐めのことに気付かなくてもおかしくない。“今、彼女の怪我を見て怪しみました”って装うのは容易いの」

「そうやって助けたのか?」

「んーん? まず話振るの。

 最初の被害者に」

 鬼だ。何て鬼だ。珈琲を飲もうとしてふと、中身が無くなったことに気が付いた。マジか。

「当たり前だけど“何で私”ってなるよね。俺は知らないはずなのに。俺は畳み掛けるの。“以前いっしょにいたところ見たこと在るけど仲良いんだよね”って。いやぁ、面白かったなぁ。慌てちゃってさぁ。ウチ、一応進学校なのよねぇ。内申大事なのよ。クラス中が緊張に包まれていたなぁ」

「……で?」

「んー、まぁ“知らないの? じゃあ仕方ないけど。コレは先生に報告するよ。こっちでも調べるからね。誰がやったか知らないけど、最低だよね”って。

“僕は軽蔑するよ”って」

「それで収まるものか?」

「表向きはね。幹事の子は保護の名目で生徒会の執行部に入れたし。────主犯といっしょに」

 珈琲が在ったら十中八九噴き出していた。「何だって?」「だから、主犯といっしょに執行部に入れたって」捕食者と被捕食者をいっしょの檻に入れたのか……。

「主犯は成績も良かったしね。被害者を纏めて引き取るより、主犯を隔離したほうが良いの、効率的に」

「じゃあ、主犯だけで良いじゃねぇか」

「それだと、誰がやったか判明してるってわかっちゃうでしょ。表面上は“彼女一人だと不慣れだし前にきみは彼女のことよくわかってるみたいなこと言ってたから任せても良いよね”ってサポートに付けるの。執行部の仕事は必ずその子と主犯と、もう一人生徒会の子か俺がいたからね。まさかあのときの“あの子鈍臭い”発言がこんな形になるとは思いもしなかっただろうね」

「収束したのか?」

「勿論。主犯がいなくちゃ指示してくれる人も責任被ってくれる人もいなくて共犯は腰巾着なだけだからリスク負うような動きしないし、周囲は無いほうが良いって傍観者だもの。発展のしようが無いよ」

「それで?」

「お終い。この同窓会のメールになる訳」

「違うだろ」

「え?」

「俺が訊いているのは

 お前が“いつから関与してたのか”

 だよ。

 お前、端から関わってたんだろ? 白々しく“いっしょにいたところ見たこと在るけど仲良いんだよね”なんて、明らかにお前、幹事の子と最初の被害者がいたの把握してるじゃねーか。その情報、どこからだ?」

 俺は耳に入る情報で引っ掛かったものを一つ一つ取り出して考察してみた。コイツの性格と、照らして感付いてしまった。流したのも目撃していたのも、本当の主犯は。

「お前だろ、発端は」

「俺は寝取られ彼氏じゃないって、」

「そう。そいつ、誰だよ」

 諸悪の根源は寝取られ彼氏だ。児童ポルノ法違反の阿呆野郎。思うに、コイツは誰だ。どの位置にいた。

「もともと、その寝取られ彼氏の自慢から始まってんじゃねぇのか」

 高校生の行動範囲なんて限られている。他校とか背伸びして大学生とかは、浮気が彼女に知られるなんて辺りで情報が入る範囲でしか行動していないってことになるから不自然だろう。遠距離も視野に入れたがそれならば同じ仲良しグループの女に手は出さない。現地の女と浮気すれば安全パイだからな。遠矢の学校は進学校だし、主犯は内申を気にするクラスのリーダー格だ。成績も良い。勉強も出来る。塾に行って、部活動は知らないとしてもそれなりに品行方正にしていたのでは。だからストレスも溜まる訳で。やることが増えれば人間の行動範囲は自ずと狭まる。時間が無いから。こうなると手近で済ますようになる。

「お前の知り合いだろ。その寝取られ彼氏」

 総じてリーダー格なんてやる人間は自己を奮い立たせて周辺を隙無く纏めたがるヤツらだ。そして自己満足に浸る。そう言うヤツが自分の伴侶に置きたがる人間は高が知れている。

「お前人気者だもんな。お前じゃなかったら、お前に近い人間だろう? たとえば、そう、

 お前と同じ生徒会役員とかさ」

 手近で、自分に相応しい相手を探す。クラスのリーダー格と生徒会役員の人気者の一人。ステレオタイプだけど一番の自己顕示欲が充たされる組み合わせじゃないだろうか。そうして、だいたいこう言うカップルは相手より自分だ。

「格下だと思っていたヤツに寝取られて悔しかっただろうな」

 隣の芝生は青い。男は頭の回る女に辟易してそこまで思考の回転は良くない雰囲気に流され易い女を摘み食いしたくなり雰囲気に流され易い女は友達の彼氏といけない関係となることに酔った。主犯が知ればキレるわ。アクセサリーが、ヒエラルキーの天辺である自分を裏切ってんだから。

「けど、一過性だよな。そう言うのは。ゆえに、次第に手段と目的が入れ替わる。復讐だったはずなのに、最後は……」

「相手を換えても、同じことやるってね」

「どこに自然の摂理が在るって?」

 鶏の弱い者虐めとまったく関連性無いじゃないか。いや、快楽の話か。俺は珈琲が無くなったので仕様が無く水を飲んだ。自覚するより喉が渇いていたらしい。

「在るんじゃない? 自然摂理」

「どこにだよ」

「だって自分が弱者だって思われたくないんでしょ? 要するに劣るって思いたくないのさ。“自分はいつだって選ぶ側”って誇示したい。なぜなら、劣等と判断されれば食われてしまうから。虐げられてしまうから。必死だよ。

 だからこそ、蹴落として、足蹴にして置きたいんだ。自身の安定のためにね」

「安心と、快楽は地続き、とでも?」

「そう言うことー」

「お前は、それを見たくて遊んでたって?」

「黙秘します」

「……」

 寝取られ彼氏が生徒会役員かって言葉に肯定否定は無かった。多分当たっているんだ。主犯の科白も小骨みたいに刺さっていた。主犯は遠矢を名前呼びにした。同じクラスだ。馴れ馴れしいがおかしいことじゃない。けれども寝取られ彼氏が遠矢と同じ生徒会ならもっと別の可能性が見える。普段から遠矢と会話しても疑問を持たれないならこっそり然り気無く浮気の密告をすることも出来た。あとは。適度に話するだけで良い。

「感情ってさー、」

「ん?」

「伝染病みたいだよね」

 一人がおかしくなるとみんながおかしくなる。面白いよねぇ。愉悦に浸り笑う遠矢に俺はやっぱりコイツは末期だ、と思った。

「で、行くのか、同窓会」

「行こうかなぁとは。ああ、そうそう。幹事の子さ、今じゃ主犯と仲良しなの。笑えるでしょ?」

「……」

「ちなみに幹事の子も大学生なんだけど、卒業したら結婚するんだって。相手、誰だと思う」

「……」

「寝取られ彼氏」

 うわぁ。俺は頭痛がした。まぁ、生徒会役員と執行部なら在るか。てか、それなら。

「一悶着在ったんじゃ……」

「んー。逆にその辺で纏まったみたいよ。主犯ちゃんは当時俺と付き合ってたし」

「───。何を、どうして、そうなった……」

「あー、流れ的に。“莫迦な子程可愛い”って言うでしょー」

 軽く明るく言うな! 俺は今回こそドン引きした。時計を見る。タイムリミット。……もっと早く逃げたかった。俺は席を立つ。俺を見上げながら未だ座ったままの遠矢は「行くの?」と訊いて来る。「行くよ」俺は答えて挨拶を交わそうとした、ら。

「今日は、バイト?」

 不意打ちだった。俺は一瞬詰まって「……ああ」と返した。遠矢はにっこりと笑んで「そう」と頷いた。

「家庭教師だっけ。この時期に酔狂だねぇ。就職困らないったってちょーっと呑気過ぎじゃない?」

「お前よりは現実見てるよ。じゃあな」

 俺は早々に切り上げて遠矢に背を向けた。逃げるように足早に去る。背を向ける前に時計を見遣ったからきっと急いでいるように見えただろう。過敏で聡い遠矢だ、バレているかもしれないけど。


“感情ってさー、────伝染病みたいだよね”

 遠矢は日を追う毎に壊れて来ていた。どこが、なんてレベルでなく。ある日を境に崩落するように。外側がまともになって行くから誰も気取らない。内側は剥がれ落ちるみたいに崩れて行っている。俺は、悩んでいた。適当に、逃げようと腹積もりでいたんだ。けど。だけれど。競歩みたいに早歩きする俺は足を止めた。ポケットのスマートフォンが着信を告げたからだ。

「はい」

「先生? 息切れなさってるの? もしかしてお忙しい?」

「いいや。少々なら大丈夫だよ。どうしたの、

 要子」


『要子』。岬要子。遠矢の妹だ。


“一人がおかしくなるとみんながおかしくなる。面白いよねぇ”


 俺は、遠矢に言っていないことが在る。

 俺のバイト先の雇い主だ。

 雇い主は岬の、あの遠矢の異母兄で、義父で。

 教え子は遠矢の従妹で姪っ子で妹の。

「今日もお待ちしてますね」

「ああ、予定通りだよ」

 狂気は伝染するって言う。

 ─────“自分じゃなくて良かった”って──────。

 遠矢。

 俺は、手遅れなんだと、思うよ。

 とっくに感染しているんだ。

 もう、逃れられない。







   【Fin.】

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