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Violence nostalgia

 

 僕と八好の再会は、覚悟していたものの、実際訪れるとやはり緊張せざるを得なかった。




「久し振りやなぁ、晴夜」

 僕はびくりと体を引き攣らせた。隣の小鳥遊くんが怪訝な視線を寄越して来る。視界の端にそれを見止めた僕は、そっと見返して安心させて上げたかったけど、それは叶わない。

 やってしまったあとの、八好の行動が怖かったからだ。僕と仲が良かっただけで、早月があんな姿になった経緯を思うと。

「ふぅん、友達か?」

 関西の生まれでもないくせに関西弁擬きのイントネーションだ。八好は僕の家と同じ地区に住んでいた。生まれたときから石川県金沢市の人間で、しかし金沢弁は近畿の方言に似たところが在る上、八好のお母さんは神戸の人だった。関西弁のようで関西弁ではない異様な喋り方を、八好自身好きだからと直さなかった。「うん……」僕は金沢の生まれだけど、両親は転勤族の関東の人だから標準に近いと思う。大学に入ってから「訛っている」と指摘されたことは無かったし。

「そうかそうか。楽しぃやってるようで良かったわー。……ちょぉ、付き合ってくれるよな」

 問いの形をした誘いには、疑問符なんか付いていなかった。諦念で僕は頷いた。楽しそうに笑っている八好の目は、細まっているけれど笑みのものじゃない。鋭い眼光が痛い程僕を射貫いていた。心配げな小鳥遊くんと目線を合わせられずに早々と挨拶をして八好のあとに付いて行った。


「まぁ、とにかく再会に祝してかんぱーいっ」

 連れて行かれたのは居酒屋だった。きゃっきゃっとはしゃぐ八好は昔の、早月のことが起きる前の、何も無かったあのころの八好のように見えた。つい、口元が綻ぶが油断してはならないことは理解していた。八好は、早月があんなことになる前も、なったあとも、変わっていなかった。怖いくらい。いつもの八好だった。

「こっちは慣れたんか? 晴夜は人見知りするさかい、心配したんやでー」

「うん。友達もいるし。東京は冷たいって言うけどそうでも無かったよ」

 当たり障り無い受け答えをしつつ僕は飲む気になれずに烏龍茶のグラスを弄んだ。その間も八好の前のグラスは空いて行く。「ピッチ早くない?」気になって声を掛ければ「ええやんか。久し振りにとことん飲みたい気分なんや」とぷはーっ、て息を吐きながら笑う。僕も笑い返した。

「……そっか」

 屈託無い笑顔も蟠りの無い会話もやっぱり影が差している気がする。

 早月の件が、翳りを生んでいる気がした。


 穏やかに飲みの時間は過ぎた。僕と八好は談笑していた。懐かしい故郷のこと、お互いの家族のこと、共通の友達。

 これからのこと。

「ごっそーさんでしたー」

「ああ、危ないよ、八好」

 上機嫌で店を出た八好は発泡酒以外のお酒に強いけれどやはり酔っているのだろう、よろけた。僕は慌てて手を差し伸べた。とっさに二の腕を持ち支える。「……」変わらないなって、思った。僕と八好は幼稚園からの付き合いだ。小さな八好は快活で、今みたいな金髪でもなかったし悪いこともしなかったけど悪戯っ子で、喧嘩っ早くて、せっかちで。僕はその八好のあとを付いて行った。八好は弱くなかった。けれど僕は八好が小さいことで、いつも助けなければいけないと思っていたんだ。傲慢だった。だけど僕にとって八好はくるくる動き回って無鉄砲で、怪我をして、怖いもの知らずだったから。僕は同年代より大きい子で、八好は同年代より小さかったから。

 手をいつだって、差し出すのが当たり前だった。

「ありがとうな、晴夜」

 後悔するのは取り戻せないからだ。僕は唇を噛んだ。

 もっと早くに手放すべきだったのに。

「……。何考えてん? 晴夜」

 はっとした。八好が見上げていた。無表情の、目を、細めて「あ、……」言葉を失った。僕の見失った続きの羅列など待たず、未だ掴んだままだった僕の腕を今度は逆に八好が掴む。出た居酒屋の横、路地裏とでも表記するのが正しいかのような細い道に引き摺り込まれる。僕は「八好っ」抵抗しなかったが呼んではみた。八好はこちらを見向きもしない。返事も無い。僕の腕を強い力で捕らえて道の奥に連れて行く。「八好?」道の奥、行き止まりに着いた。ここもどこかのお店の裏手なのか、ビール瓶の入ったケースやゴミが置かれている。八好は足を止めた。瞬間。

「……っがっは、……」

 腹を、蹴り上げられた。膝蹴りでなく脛を蹴り込む上段蹴りだったのは、身長差のせいだろう。百九十は在る僕と百七十は無さそうな八好ではそうなると思う。……冷静なのは幾分か覚悟していた御蔭だろう。痛いものには変わり無いけど。不意打ちに重い一発を庇うことも出来ず直で受けてしまった僕は、一瞬息を詰めて膝を折った。途端、髪を鷲掴みにされ上向かされる。ぐいっと引き寄せられて頭皮が痛んだ。

「逃げようなんてな、考えんなや。晴夜」

 見上げた八好は、削ぎ落としたみたいに表情が無かった。僕が早月の一件で避け出してから時たま見せた顔だった。

「八……好……」

「逃げようなんてな、するな。晴夜。もう逃がさへん。でなきゃ、意味無くなるやんか」

 何のために、あないなことしてん、俺。零れた独白に目を瞠る。相変わらず、無表情な八好。だけれど、呟かれた独白は弱々しかった。あの件から、初めて吐露された本音だった。そして。

 初めてあの件に関わったと認められた、自白だった。

「八、好……」

「逃がさへん。逃げたらあかん。鬼ごっこは、もう終いや」

 八好は笑んだ。奇妙に、満面の笑みだったはずなのに、僕には力無く泣き笑いしているように映った。


 八好はその後言った。最初は同じ大学行こうとしてやめたこと。ちゃんと編入しようとしたこと。けど面倒になって、一から受け直すこと。八好は、八好なりに線を引こうとしているようだった。

「晴夜」

「うん」

「あのときのヤツやけど」

 胸でどくん、と強く脈が打ったように感じた。まさか、また、また……『サツキ』が……。

「安心せぇ」

「……」

「アイツには手ぇ出さへん」

「───」

「他に(つが)いがおるようなヤツ、手ぇ出す理由在らへんやん。どーでもええ」

 僕はほっと息を付いた。そう言えばあの場には岬くんもいたのだった。「どうして知っているの?」訊けば「お前らがこっち来るときな、声掛ける前にそこらのヤツ捕まえて訊いてん。有名人やな自分ら」へっ、と八好は笑った。どうやら調べた訳ではないらしい。「ま、下調べはしててんな」……甘かったみたいだ。八好は微笑した。「調べモンなんざ、この世の中結構楽なモンやからな。……俺もサイト持ってんしなぁ」意外な発言だった。

「サイト? 八好が?」

「そーやで。『損害勘定』言うねん。その日起きたムカ付くこと、ムカ付いた相手を、相手も自分も匿名で書き込んで値段付けんねや。掲示板に投稿して、他のユーザがオークションみたいに審査して値段下げたり上げたりしてな。最後、俺が締め切って殿堂入りした書き込みは『計算簿』に保管されるんや」

 悪趣味な。僕は何とも言えず、ただひたすら生あたたかな目線を送り続けた。僕から目を逸らし「そんな目で見んな」不貞腐れる八好。だってねぇ。

「なかなかに繁盛しんてんのやでー? ええやないか。実行するよりずっとええ」

 確かにストレスをそこで解消すれば溜め込んで人も己も傷付けず済むのかもしれないが……。複雑だなぁと嘆息した。次いで発せられた八好の科白に困ってしまうのだけども。

「晴夜。いっしょにやろーや。つか、やれ」

「ええー。嫌だよー」

「ああ? 拒否権なんか無しや。ハンドルネームは『番頭』でどや」

「嫌だって。ハンドルネーム以前に嫌。八好が名乗って一人二役すれば良いじゃない」

「何でやねん! 俺には立派な『問屋』って名前が在んねや」

「『問屋』?」

「せやー。


『損害勘定』の管理人『問屋』や。

 よろしゅうな」


 あなたの恨み辛み、金額に直してみませんか?

 みんなで査定しましょう。

 わいわいみんなでストレス発散、すっきりしましょう。

 最低額はあなたの言い値。

 さて。あなたの恨み辛み、お幾ら?







   【Fin.】

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