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Happy birthday to...

「遠矢なんか生まれなければ良かったんだ」


 昔から、義父(ちち)が俺に放った言葉。一番最初に言われたのは……覚えている限りではわずか三歳だったか。古さゆえか本当に逆光を浴びていたのか表情はわからなかった。そもそも朧気な記憶は実際に面と向かって言われたのかも曖昧だった。

 ただ。

「お前なんか────」

 言われ続けたことは確かなのだ。




 目を開けた。生まれた日は毎回こうだ。思い出すのは己を否定し続けた義父で異母兄(あに)の科白だ。あの人が存在否定をしなかった日など時など在っただろうかとは思うが特に切っ掛け無く強制的に引き出されるのはこの日だ。

「あー……っ嫌だ嫌だ!」

 伸びをする。体を起こしすぐ横の窓を見やる。外はとっぷり日が沈んで鏡のように自分を映していた。遠矢は頭を振りベッドから放れるとサイドテーブルに置いていた水を取り口を付ける。ぬるめかと思いきや気温のせいか結構冷たかった。

 口の中がさっぱりしたところで寝過ぎた気怠さを振り切って寝間着を脱ぎ捨てる。寝間着と言ってもパジャマではなくスウェットの下だけだが。寝間着を脱ぎ素早く服を取り着込む。下を履きシャツに手を伸ばした瞬時。

「……」

 目に入った引き攣れた傷痕。だいぶ薄まったはずの痕も、上から重ねた火傷に強調されている。背中はさすがに手が回らないから、それなりに消え掛けていた。

 今の年には消えそうな様は、計算されていたのかもしれないと考え至る。異母兄は手加減していたのだろうか。していたのかもしれない。異母兄は、本来はやさしい人だから。

 変えてしまったのは、祖父であり実父の彼の人と自身が生まれた事実だから。遠矢はシャツへ緩慢に袖を通した。


 食事を用意する。死にたい、とは幾度と無く願ったけれど、その都度養母(はは)たる義姉(あね)が泣き縋って止めてくれた。彼女はそんなつもりは無いだろうが実母を狂わせてまで生まれた身だ。生きている意味以前に死ぬ自由さえ無いのだ。

 死ねないならば生きなければならず、生きるなら栄養を取らねばならない。栄養を取るならば食事をしなければ。

 独り暮らしの許諾条件に“なるべく自分で料理をする”“なるべく三食を取る”が在った。監視されている訳でも抜き打ちチェックが在る訳でも無いけど、寂しそうな義姉の顔が過るとついつい守ってしまう。

 くるくる林檎の皮を剥く。八等分に切って更に薄切りまでは行かないけれど六等分する。千切っていたレタスの水を切りボウルに盛ると切り刻んだ林檎を上に散らせて乗せる。

 その前にフライパンから魚を平皿に移したものを電子レンジであたためる。魚は昨日の内にソテーして軽くフライ状にしたものだ。明日の分まで在るから取り敢えず個別にあたためる方法を取った。

 最後に主食をどうするか悩んだのは一瞬。米よりパンにした。食パンを四つ切りにしオーブントースターに突っ込んだ。


 パンを焼きジャムも用意。あとは並べて食べるだけ────の段になってチャイムが鳴った。誰だろうか、疑問に思いつつ遠矢は「はーい」玄関に出る。

「俺だけど」

 ぴた、と一時停止してすぐにチェーンを外し鍵を解きドアを開けた。そこにいたのは勿論聴き慣れた声の主。

「よぉ」

 颯稀だった。今日来るとは聞いていない。どうしたの? と訊けば眉間に皺を刻みまくる。この様子が颯稀らしくて遠矢は微笑ましい気分になり思わず笑ってしまった。颯稀の皺が増殖することくらい理解しているのに。

「何だよ」

 不貞腐れたみたいに目を逸らす颯稀に殊更笑みが深くなる。「うーうん。何でも無いよ」笑いながらの返事は何の効果も無いかもしれないが。

「で、どうしたの? 本当に」

 重ねて尋ねると観念したように、あー、と天を仰いで下げていた手を遠矢に突き出して来た。突き出された手には。

「何? この袋」

 紙袋が在った。ぶらーんと揺れた紙袋は可愛らしいと表するには少しクール過ぎた。ユニセックスを掲げているブランドのものだ。季節が季節だけに雪の結晶があしらわれている。

「プレゼント」

「え?」

「お前、今日誕生日だろうが」

 瞠目した。目をひん剥いて颯稀を見詰めると困ったようにしながら照れ隠しか「お返し! 前に傘貰ったからな!」怒鳴るみたいに告げてずかずか部屋の中に入って来る。押し付けられる形で渡され慌てて受け取ると中身が見えた。包み紙で本体は窺えないが遠矢は唇を噛んだ。

 そうしないと、泣いてしまいそうだったからだ。


 母の……実母の容態が良くないらしい。最近まで実母の生存を知らなかった。


 母が死ぬ。会ったことは無い。写真でしか知らない。遠矢のせいで狂ったことしか。


 遠矢はしかしそれでも母親なのだ。母親が死にそう、と聴いて遠矢がナイーヴにならないはずがなかった。


 そんな中の誕生日だった。何も感じないように何も考えないようにした。


 だけど、無理だった。




 ごめんなさい。

 しあわせで、ごめんなさい。




 みんなを犠牲にして生まれた自分が、祝ってもらって。


 ごめんなさい。







   【Fin.】

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