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二十一と二十二の間~Blackjack~

 コワレモノノ、駆け引き。




「さっちゃん」

 コイツが俺をそう呼び始めていたころには戻れない場所まで来ていたのだと、気付いたときにはアウトだった。手遅れだった理由は簡単。俺が、都合良く見て見ぬ振りをし続けたから。ゆえに。

「さっちゃん?」

 俺は口を噤むんだ。捻れていた。


 遠矢は、当初から壊れていた。俺と会う前から。


「さっちゃん」

 ああ呼ぶ前から。




 遠矢の家はかなりの良家らしい。大昔には財閥だったりしたのだろうか? 財閥が解体されている今よくわからないが大きな、それこそ一族と呼んで差し支え無かったのではないだろうか。生憎、俺は興味が無いから知らない。ただひたすら傍迷惑だと言うことは身を持って熟知していた。

 気違いな爺さんが年甲斐無く血の繋がらなかった戸籍上実子の、実際には奥さんの不義の娘に、手を出し、子を孕ませたりして。

 悪くなかった一人の青年が、悪いはずが無い産まれた子供を忌むようになってしまって。

 愛されたかった子供が、ぶっ壊れてしまった────そんな家だ。




「さっちゃん、どうしたのぼんやりして」

「別に……」

 ……こうして見ると俺は大したこと無いよな、なんて考える。ゆるりと吐き気がした。“コレ”だ。俺が、遠矢や晴夜や、仄束と連む意図。安心したいから。最低だろ?

 みんな知っている。口にしないだけで。

 ごめん、なんて言わない。なけなしの良心が軋めば良いんだ。罰だから。

 物理的な自傷行為に意味を見出せない俺の精神的な自慰行為だから。

「……さっちゃんさー」

「何だよ」

「皺乱立。また考え事? ロマンティストねー」

 遠矢が俺の眉間に指で触れた。ぐりぐりやられる……苛付いたので殴った。勿論。

「非道いわさっちゃん!」

 グーで。

「誰が何だって?」

「え?」

「え、じゃない。誰がロマンティストだ誰が」

「さっちゃ……グー駄目グーやめて!」

 遠矢が頬を押さえて後退るのを鼻を鳴らして睥睨した。碌なこと言わないからだ。


 さっきまで講義の行われていた教室は静かだった。建物の端に在るからか偶々今誰もいないのか室内には俺と遠矢の二人だけだった。階段式に配置された席の後方、前後に座って他愛も無い雑談をぽつぽつしていた。経済学部の遠矢と文学部の俺では被る講義も無いので学業のことは話題にはならない。だから、会話はふつふつ途切れた。敢えて繋ごうと思わない。培って来た時間のせいかもしれない。……気を遣うような相手じゃないから。

「さっちゃん」

「んー」 席の向きに倣って前を向いた俺に遠矢が声を投げる。返した生返事に、遠矢が苦笑したのが背にしていてもわかった。

「こっち向きなさいよねー。そんなにさっきのが気に入らなかったの?」

「人をガキが拗ねたみたいに言うな」

「あー……はいはい、ごめんね」

 遠矢の声はまるで女子供を宥めるための調子で、俺は軽く睨み上げた。案の定遠矢は笑っていた。困ったみたいに、だけどもうれしそうに。俺は目線を逸らした。

 最初、コイツは“対等”だった。まだ、『悪友』と呼んでも相違無い関係だったはずだ。俺に迷惑事を押し付けて自分はのうのうとしていたことだって在った。たいせつになんかされてないし、雑な扱いもされていたんだ。

 どの辺りで、遠矢は俺をこんな風に見出したんだろうか。スキンシップが過多だったのは馴れるに連れて。……そう言や。


「さっちゃーん」

「何だよ」


 コイツはいつから出会ったときにはしていたサングラスを、外してしなくなったんだろう……?


「はい、コレ」

「え、」

「誕生日だったでしょ? プレゼント」

「あ、ああ、……ありがとう」

 大したことじゃ無いかもしれない。だが。

 俺と遠矢の、未だ現実には短い付き合いの、しかし数年は前の記憶。幾つか鮮明に在る当時の遠矢はサングラスを外さなかった。遠矢は、サングラスを、いつの間に─────「────……ったの」

 思い付きを掘り下げるのに意識を取られていた俺はうっかり聞き逃して尋ねてしまった。さすがに悪かったかと考えて謝ろうとした矢先、遠矢が切った。

「は?」

「”何で逃げなかったの”」

「え……」

「そう言ったの」

 遠矢は微笑んでいた。中身が無かった。空の笑み。がらんどうの瞳。

 遠矢は、……。

「何言ってるんだ? いきなり」

「だって、二十二だよ?」

「だから?」

「二十一の内なら逃げられたかもしれない」

「何で」

「賭けてた」

「は? 誰と?」

 初耳な発言に俺も頓狂な声を発した。遠矢は笑うばかりだ。唐突に察した。

「どこの莫迦としたか知らないけど」

「……」

「勝てる確証の無い勝負はすんな」

「……うん」

「莫迦莫迦しい」

 吐き棄てて、俺は貰ったプレゼントを仕舞った。下らない。まったく傍迷惑な家だ。いい加減飽きれば良いだろうが。


 どれ程、この憐れな莫迦を嘖めば気が済むんだか。本当に、下らない。


「……でもね、逃げられるかもよ、まだ」

「あん?」

「そんな怖い声出さないで─────俺、二十二になるの半年近く先だから」

 どっちが二十一の間とは決めてなかったし……空虚に光を湛えた瞳孔が呟いた。

「下らね。第一何だよ。二十一ならセーフで二十二以降ならアウトなの? 『ブラックジャック』かよ」

 二十一までなら勝ち、二十二を越えたなら負け。

「そうだね。よくやるよ。ブラックジャック。実家に帰るとね。だけどいつも勝てないんだ。妹は数に強いんだよ」

 今度は噂の妹か。つくづく嫌になるよ。

「へぇ? 数にもゲームにも強いお前が?」

「まぁね。けどね、もう負けたくないんだ」

 だからさ、逃げてよ。「……」俺は無言で用意を始めた。そろそろ行かないといけないと、時計が示していた。

「もう行くぞ。俺、四限は在るんだよ今日」

 お前、どうすんだ。訊いた。他意は無い。まんまだった。遠矢は笑っていた。泣くのを殺した微苦笑。黙殺して歩き出した。


 二十二歳。卒業まで逃げ切れって? 知ったことか。


 俺が要らなくなったら棄ててやるよ。




 言われなくてもな。







   【Fin.】

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