Christmas eve of one person.
世の中の、と言うか周囲の浮かれっぷりについて行けない。それは別に、相手がいないとか、そんな簡単なことではないのだと颯稀は思う。
やたら偏ったネットに毒された知人から「お前がリア充じゃないなんて驚きだな」と言われたが相手がいなきゃ『非リア』ってことは無いだろう、と。ちなみに『リア充』は“リアルが充実している人間”を指すらしい。だから、『非リア』は逆になる。『リア充』、昔は卑下にするスラングだったこの単語が、今では誇らしい名称に変遷したのは興味深くは有るが。
めでたく今年『リア充』に昇格したと言う知人は訳知り顔に「ああ、小鳥遊の場合特定の誰かは作りにくいか。お前、今月入って更に増えたもんな“呼び出し”」と笑った。颯稀も鉄壁の作り笑顔で笑んで返したが、心中では完全に溜め息ものだった。
颯稀はやたら顔が良い。これはそこそこまぁまぁ普通に“格好良いんじゃない?”“可愛いんじゃない?”と言う両親から巧い具合に、良い部分だけを貰い偶然に天才的な配置をされたからに他ならない訳だが。
いっそ姉の芙幸か妹の咲雪に行けば良かったのにこんな顔と悪態を付きたくなったことが、数え切れない。ついでに加えて、この顔面は颯稀のトラウマだった。
顔を、誰しも誉めた。血縁他人拘わらずだ。めずらしい名字以外何ら普通な家族親族で、自分だけは美しい造作だと言われ続けたのだ。御蔭で歪んだ。幼少の颯稀は自分が『異端者』に思えた。
傲るどころか疎んだがしかし仕方ないと、二十を過ぎた辺りではすでにあきらめていた。
それでも憂鬱にさせるのは、十二月に入って増加し続ける誘いだった。告白して来る相手も、飲み会の参加要請も桁違いになって、飲み会は月初めはまぁ唯々諾々と受け入れていたのだが、さすがにイヴは勘弁、と思う。
残念な話、イヴになると最初は男性陣が多かった勧誘比率は女性が逆転する。颯稀だって莫迦ではないし無経験な童貞ではない。団体戦の誘致に個人戦の下心が滲み出ているのを感付かないなんて有り得なかった。
はぁ、と、今度は現実に息を吐いた。ああ、鬱陶しいな、と思った。
クリスマスは毎回こうだ。学内の知人どもは「モテる男はツラいね?」などと揶揄してくれるが颯稀からしたら代わっていただきたいものだった。去年はどう過ごしたっけ……と考え出してはたと気付いてしまった。
今年は、遠矢がいない。
××××××
遠矢は、去年は楽しかったな、と思い出し笑いした。そして今年のクリスマスはどうしようか、と思案していた。一昨年も、去年も、颯稀を誘ったのだが、今年は遠慮を選択した。
一人で過ごすクリスマスはひっそりとして好きだった。昔は義父の冷たい視線と養母のあたたかな笑顔に挟まれて息苦しかったから。一人で過ごせるようになって、やっと人心地付けた気がしたのを、今も実感として追体験する。
だけど一昨年去年は颯稀がいっしょだった。クリスマスを男二人で過ごすことを、世間は寂しいと蔑視するのかもしれないが遠矢からすればうれしくて仕方なかった。
一人で過ごすより、誰かといるのが、楽しいなんて。これまでの遠矢の人生を振り返っても驚きだった。
けれども、今日は久し振りに一人で良い、と思った。一人で祈ろうと思った。自室の窓から珈琲を入れたカップに口を付け、外を眺める。遠くで商店街のクリスマスイルミネーションが玩具のアクセサリーやビーズをぶち撒けたみたいで微笑ましくなってふっと吐息で笑った。
実母が死んだのだ。特殊な生い立ちの遠矢は、葬式にさえ出られなかった。
++++++
晴夜は平均を大きく上回ってしまった上背を縮めるように体を丸めて、駅の入り口横の壁に寄り掛かっていた。長いこと立ちっ放しでいるものだから、ずっと声を掛けられていて、大半が女の子で、けれども晴夜が本当に申し訳なさそうに断るのだから、何だか嫌な気分に女の子たちもならないらしく「仕方ないね、良いよ」と笑顔でやがて離れて────を、数度繰り返したところだった。
晴夜のコートのポケットに入っていた携帯端末が鳴った。急いで出ると、発信主は今まさに晴夜に待ち惚けを食らわせている人間だった。
「どうしたの、八好。心配したよ?」
「すまんんー! 今日イヴやん? せやから、何や、女どもがうるさくて捕まっててんー!」
受話口から流れて来る自分と同じ石川県出身の男が放つ正しいか不明な関西弁、それが捲くし立てるのをのんびり晴夜は聴く。自分のような鈍そうな、図体ばかりデカくなったような男すら女の子が寄って来るのだ。社交家な八好が揉みくちゃ、と言うのかわらわらと女の子に群がられていても成程としか思わない。
「さびしいんだね」
「は?」
「みんな」
冬の空気は視界を濁らせるくらい淡い灰色の光のイメージしかない。これを払拭させるが如く照らすようにネオンが灯るから。 みんな、さびしいんだ────と、晴夜は感じていた。八好に話すとぽかん、と呆気に取られたか沈黙して、次第に正気に戻るとくつくつ喉で笑った。
「晴夜はロマンチストやなぁ」
「そうかな? 間違ってる?」
「いんや? 合ってるんちゃう? まぁええよ。あと五分したらそっち行ったるでな、待っとき」
「……誘ってくれた子、乱暴にしちゃ駄目だよ?」
釘を刺すレディファーストの晴夜に苦笑して、八好は「わぁっとるて。俺かて阿呆違うわ」と返して電話を切った。晴夜は深呼吸を一度した。さびしい、から、考える。
何だかんだと言って、同郷の、幼稚園から連れ立っている八好がいると言うのは有り難いのだと。彼が恐ろしい程の執着をしているとしても、だ。そう思考が行き着いて、不意に顔のきれいな憧れの、そして何より自分がしあわせに出来なかった少女の代わりにしあわせになってほしいと願う友人を思い出した。そうしてもう一人、彼と共にいる、傷だらけなのにそんなものは無いと宣う風に笑う、八好に似た狂気を持つ青年を。
「岬くんは、小鳥遊くんがいるものね」
あの二人なら、心配はないよ、と自身に晴夜は告げた。本当なら、四人で過ごせたら良かったかな、と思ったが、別に良いか、と思い直す。
どんな形でも他人といなければいられないクリスマスは、ひとりでいるにはさびしいもの、と笑って。
××××××
遠矢は、シチューを煮込んでいた。ぐつぐつと、ゆっくり一人の夕食だから敢えて圧力鍋は使わなかった。そろそろだろうかとフランスパンを片手間で焼いてバターを用意する。静かだと思う。
静謐に満たされている、と思った。雪みたいに降り積もって、いつか埋もれたようだ……空想して噴き出した。自分、気持ち悪い、と笑った。
こんなに静かなのは、普段があんなにも騒がしいせいだろうと想像する。実家を離れた遠矢。大学生になってから随分、自分は人に囲まれていた。高校時代と変化無くどうでも良い人間もいたが─────どうでも良くない人間が出来た。
まぁ、晴夜と八好はボーダー、だが。
颯稀に出会えたことは、最良と、呼びたかった。
「……ひとりが、楽だった」
今は、どうだろうか。
「……ちょっとはさびしい?」
楽と、楽しいは同じ漢字だが圧倒的に違う。颯稀といたのは楽しい、と呼んで支障ないのだろう。
さびしい、の、だろうか。ゆえに。
「うーん……女々しいな、俺」
ひとりで、過ごすと決めたのに。携帯端末はテーブルの上に鎮座しているのが視角に映り、結局逸らした。
黙考する合間にシチューが出来た。クリームシチューだ。好き嫌いがない颯稀の御蔭でいろいろな具が試せたが今日はチキンと人参、ジャガイモ、玉葱、マッシュルームだった。彩りにブロッコリーも入っている。
シチューを器に盛って、スライスして焼いたフランスパンを皿に乗せ端にバターを添えた。よし、完璧、と一人悦に入ってテーブルに並べようとした、ときだった。
呼び出しのチャイムが鳴った。遠矢は首を傾げた。誰だろう、と。今日まで断り続けた誘引女子の誰かだろうか。勢い余ってここまで来たか? 颯稀に叶わずとも、遠矢もそこそこモテる。奇行奇抜とされる遠矢だが、人懐っこい空気が男女問わず愛されていた────勿論、颯稀同様フェイクの皮だが。
はーい、と玄関を開けて、遠矢は固まった。目を見開いて呆然と立ち尽くす。
「よぉ」
去年のクリスマスの、再来かと思った。
そこにはクリスマスケーキと思しき箱と何だかカラフルなお菓子の詰まった袋、あとは何かわからない包みを携える、颯稀が立っていたのだ。
「母さんが、“遠矢くんは一人暮らしなんだから”ってさ。これ、チキン。手製だから口に合うかわかんないけどってさ」
何かの包みは、チキンだった。「あ、どうも」と未だに立ち直れない遠矢は曖昧に答えて受け取った。
「入れろよ。まさか誰かいる?」
「や、誰も」
だって一人で過ごすと決めたのだ。誰かがいる訳がない。もし誘引女子の誰かでも、何とか巧く断るつもりだった、つもりで、……だから……。
「じゃあ入れろよ。寒い」
「あ、ああ、うん」
「お邪魔しまーす」
通常の、控えめで遠慮がちな態度も愛想の良さも無い。颯稀の鉄の善良仮面は、正体を知る遠矢の前では仕舞われたままだ。
だけども躾られた律儀な習慣は勝手知る家でも家主の許可が無ければずかずか上がることもしない。きちんと断ってきちんと言葉にする。当然時と場合を選らんでだが。緊急時は無視だ無視。
遠矢は部屋の廊下を行く颯稀の背を眺め、そうでも、近所迷惑にならないように音を殺して戸を閉めた。閉めて、自らが持つ取っ手の重みが幾分か消えた辺りで。
泣きたくなった。
ひとりで過ごすと、決意したのは嘘じゃない。
己のせいで普通の少女でいられなくなった、この世を去った実母のために祈るのだと、ひとりで、この聖夜と大多数が認識する日に贖罪が如くひとりでいるのだと。
だけれど颯稀が来て、ひとりじゃなくなって、胸に広がったのは紛れもない、安堵だったから。
遠矢は、泣きたくなった。
【Fin.】




