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きみにあげたい青い空。

 






 陽射しの中を、作り物の青空が笑った。




「とうとう頭がイカレたか」

 返って来たレポートを丸め肩を叩きながら言った。目の前には颯稀もよく知る男。

「あら、颯稀ちゃん」

 笑う男は晴れた空を背にしていた。これは良いのだ、晴れているのだから。不自然ではない、今の天気なら─────問題は、そこでは無い。

「……何で、研究室のベランダで傘差してんだ、お前は」

 ようやく顔を出した太陽の恵みを無視するように、男は傘を広げていたのだ。見るからに日傘では無さそうな黒い傘を、肩にとんと乗せて男は笑いながらくるりと回した。

「干してんのよ。どう見ても」

 いけしゃあしゃあと宣う。確かに朝まで雨が降っていた。状況を鑑みれば強ち間違いではないかもしれないが。

「お前、ここは大学だ」 颯稀は強調して言ってやった。そう、ここは学舎だ。しかもどこかの教授の持ち物らしき研究室の一つ。男が取っている講義に関係在るか否かは別として、我が物顔は如何かと思う。

「大丈夫よー。おばちゃんに許可取ったから」

「誰だよ」

「ええと、この部屋で機材片付けていたよー。“ベランダ借りて良いですか”って訊いたら“良い”って言ってくれたから」

「お前それは教授だ莫迦! てゆうか講義とか関係無いのかよ!」

 頭が痛い。教授をおばちゃん扱いとは。しかしそんな無礼もゆるされてしまうのだ男は。

「……まったく、覗いて見えたから来てみれば……。いい加減にしろよ、遠矢」

 男は────遠矢は笑みを深くしながら傘を畳んだ。畳むと、颯稀に差し出す。

「何だよ」

「あげる」

 はぁ? と颯稀が言えばにこにこ笑うまま「はい」と再び寄越された。つい渡されて受け取ってしまったが颯稀は眉間に皺を刻みつつ突っ込んだ。

「何だよこれ」

「何って。『プレゼント』?」

「使用済みを贈りやがるかこの野郎」

「使ってないよぅ? 俺はこっち」

 遠矢は笑いながらベランダに開いて掛けていた傘を閉じてくるりと留め金を止めた。不意に目に入った傘の内面が青く見えたのだが表面は黒かった。外側と色が違うのだろうか。

「それね、ちょっとウェブで読んだ小説に出てて欲しくなっちゃったの」

 とんとんと指で傘の柄を突つく。この黒い傘が? と颯稀は考えたが遠矢が察したらしく口にされない問いを答える。


「中ね、凄いのよ」

 随分と楽しそうにしているので颯稀は一瞬身構えた。遠矢はお構いなしに「広げてみればわかるよ」と告げてさっさと部屋を出て行った。次に遠矢は講義が在ることを颯稀は知っていた。遠矢もわかっていたので敢えて何も言わなかったのだろう。

「広げてみれば、ねぇ」 変なモンだったらどうしようか。人から貰ったものは余程でない限り突っ撥ねる真似はしない性分だった。加えて颯稀は遠矢の己が面白ければ善悪の区別を付けない性格を熟知している。嫌と言う程。

 恐る恐る、“どうか犯罪に結び付くような図柄で在りませんように”と祈り颯稀は傘を開いた。


 颯稀は目を瞠った。


 未だ灰色の雲が片隅に残る空に、広がったのは青空だった。

 黒い傘の内は澄み渡る青を湛えていたのだ。


「凄いよ、ね……」

 ふと取っ手へ目をやるとプラスチックのプレートがぶら下がっている。黒いプレートは英語で何か掘られていた。


“Happy birthday,

 Satsuki Takanashi”


 忘れていた。颯稀の誕生日は明日だった。遠矢に傘を貰うまで気付きもしなかったけれど、そう考えるとよく覚えているなと颯稀は呆れ半分に感心した。同時にまた一つ思い出す。

 遠矢は颯稀と知り合ってから、決して颯稀に関する事象を忘れたことが無かった。

 これが良いことか颯稀には判別が出来なかったが、取り敢えず次の遠矢の誕生日をどうするか考えることにした。

 遠矢の御蔭で、颯稀も遠矢の誕生日を忘却フォルダに仕舞うことは無かったのだから。


「……その前に、アイツの金に糸目を付けない価値観をどうにかしないとな……」

 ネットで知った傘の金額に本心から悩んだ颯稀は、この直後本気で羨ましがる母、姉を宥めるのに必死になった。







    【Fin.】

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