鳥使いと烏の会話。
“小鳥遊”。
本名の名字が鳥を遊ぶから、安易に《鳥使い》、なんて名前にした。
俺自身には劣等感と無気力感と自虐とは在っても、自傷したりまではしなかった。
姉俺妹の三人の中でなぜかアウトドアな姉妹に比べ特に問題は無いもののインドアな俺。
姉はバスケで推薦入学。
妹はエスカレータ式女子校のバレーのエース。
幼い頃からお転婆だった二人には相応しいコトこの上ない進路だった。
妹が、事故でバレーを辞めざるを得なくなる前は。
妹がきっと、自分の現状を呪い、両親や姉が妹の将来を憂いていた頃。俺は何ら関心も寄せず、そればかりか気にも止めなかった。
そうしてる間にも時は過ぎ妹も立ち直っていると思っていた最中。相方が運営するサイトに気になるログが在った。
携帯からも来れるそこは、当然携帯のログも残ってる。頻繁に残るログの一つを調べた。
妹の携帯からのアクセス。そのログ。
だからって。
何か有る訳でもないけど。
公園で、鳥と戯れる。
ハンドルネームを考えれば幾らなんでもと思うが、今はそんな気の抜けた演出めいたコトはどうでも良かった。
半ば自棄だ。 現実的に忘れさせていただきたい。そう。
妹のログに愕然とした自分も、今の我慢ならない状態も。
前々からやめときなよ、て、言ったのに。
遠矢のヤツは、こうして面倒事を押し付ける。────妹のコトですら最早どーでもイイ、外面だけの俺に。
「《鳥使い》さん」
《鳥使い》。俺の、ネット上の名前。いわゆるハンドルネームをその“彼女”は呼んだ。
彼女───ハンドルネーム《からす》は。
彼女に呼ばれたからには無視する訳にもいかないので。俺は笑顔で振り返った。
「……何?」
……外面が善いのは、こー言う時とてつもなく不便だ、と俺は今回つくづく実感していた。
そもそも彼女、《からす》と今会っているのだって、アイツが勝手に話を進めたからだ。
俺と彼女が知り合ったサイトの管理人で有り、俺の相方で有るアイツに、彼女が『会いたい』と申し込んできたのを『忙しいから』と断りを入れた───までは良いんだが。その後何の気紛れか、アイツは彼女に『相方の《鳥使い》を代わりに会わせるなら出来る』とか何とか言ったらしい。彼女はその申し出を受けた。
アイツに反論したらば、『[外交]は外面の善いお前に任せた』と歯を輝かせながら抜かされ、会う日時まで聞かされてはと今に至る。
本来なら放ってたって構わないのだろうが、コトもあろうにアイツは俺のメルアドを彼女に曝した。
あきらめろ、と、自分に言い聞かせるしかなかった。
あぁ、胸が靄付く。
……。
まぁ、イイんだけどね。
「あの、管理人さんて、どんな方ですか?」
「“どんな”って?」
「あ……いや、いつもメールしたら丁寧な回答をちゃんとくださるから。真面目な方なのかなって」
天然パーマらしいくるくるの髪を揺らして、《からす》ははにかんでいる。
…『真面目』。そんな言葉はアイツには正反対だと、彼女に気付かれないように嘆息した。一体全体どんな話し方と言うか文体で、アイツはメールを打っているんだ? 端から見たら不良がそのまんまチンピラになったような金髪男が───しかしアイツは、俺と同じ現役T大生だ。
……。そんなコトより。
なぜ彼女はアイツか俺に会いたかったのか。
“あの”サイトは正直現実で会いたがってオフ会開くような生易しい[場所]じゃない。
少なくとも、[現実]では避けていたいようなそんな『関わり合い』なハズだ。何せ。
「きみこそ、どーして?」
「え?」
「何で俺らに会いたがったの?」
────自傷癖常習者の精神系サイトなんだから。
「わ、私は……」
彼女は虚を突かれたような表情で、俺を見ながら目を見開きぱくぱくと口をさせた。陸に上げられた酸欠の魚のように。
彼女の台詞を、俺は待った。が。
何かを言おうとして、最終的に彼女は飲み込んだ。飲み下すとき、ほんの少し苦しげに。
俺が何かをその場で口にするのは不適切だろう。
あの時───妹の咲雪に家で擦れ違いざま声を掛けたように。
追い詰める、と、知っていてやっている。それはアイツも同罪で、だから俺はアイツのそばに遠慮無く居座れる。アイツの場合は不特定多数への行為。
[ネット]と言う世界の中に蔓延させる禁断の箱。
PCがと言うよりはあのサイト、そのモノが。
不幸を撒き散らしている、のではなく、[悪意]を捌いているのだ。アイツのサイトは。
『自分』が、そうだから。
自分以外もそうだと言う安堵感。加えてそれが短絡的な『逃げ道』で有りそれを自覚させた上で……助長させている。
このサイトにより“感染した”人間も少なくないだろう。
彼女のように。
彼女は、きっと自分で何もかもやっている気になっているんだ。まさかアイツに引き摺られてやっているとは、夢にも思わず。そんな考えにすら及ばないで。
彼女は。
アイツは世間様で言うトコの《ネットアイドル》と言う存在なんだろう。放って置いても来訪者は後を絶たず、恐ろしいことにサーバー移転してもサイト名を変えても付いてくる。
アイツの思惑には誰も気付かないで。
自我同一性の確立と信じて。
彼女のように。
……胸焼けする……。
「きみは……大丈夫?」
「え?」
「きみは───管理人に騙されて、いない?」
「! ど、どう言う意味ですか!?」
……食らい付いてきた。
「確かめたかったんじゃないかなって、思っただけだよ。
きみが自己の確立に疑問を持って、
確かめたかった。
────……違うかい?」
「私…は、違います。ただ……」
「『ただ』?」
「管理人さんに会って話したかっただけです。話して……そうすれば何か解決するんじゃないかなって」
「『何』が?」
「わ、かりませんけど……少なくとも《今の自分》は」
「それは無理だよ」
俯いたまま、下から視線を上げようとしなくなった彼女に、俺はあっさり告げた。心では吐き捨てるように。現実では囁くように。
けれどきっぱりと。
彼女は、この言葉に絶句してすぐには二の句は次げなかった。
あまりにもさっぱりしてしまっていて、わからなくなったのかもしれない。
音の羅列さえも。把握し切れなかったのかもしれない。
「管理人はね、ただ楽しんでるだけなんだ」
「“楽しんでる”?」
「そう。自分と同じような人間に破滅を助長させる。───それをね。」
「う、嘘!」
来た。
『宗教』はコワイよね。
一種の麻薬だ。
気付かないんだ、考えようともしない。思い付かない。
自分が、他人の意のまま踊らされているのに。
麻薬患者は、自ら滅するのでなく麻薬に操られて壊されるのに。
誰も彼も。
胃が痛い。
「本当だよ。きみにはどんな対応してるか、知らないけどさ」
「……」
「アイツはそーゆーヤツなんだ。確かにアイツ自身自傷癖も在るし、つらい過去だって在る。だけどね、」
「……」
「アイツが掛ける言葉はすべて『本物』で、すべて『紛いモノ』なんだよ。わかるかい? アイツには他人はどうだって良いのさ。自分が生きるために、自分を保つためにアイツはヒトを追い込むんだ。自分が───《人間》で在るために」
「───」
「わかる? 他のメンタルサイトの管理人さんは苦しくて、それを伝えたくてサイトをやってる。アイツは彼らと同じで在って違うんだよ」
「同じ……なのに“違う”んですか」
頭が疼く。
「うん。明らかにね。アイツのきみら訪問者への感情は、他ならぬ『侮蔑』だから」
項垂れた、彼女。
「────……私、フリーターなんですけど、特に問題も無いんです」
「それで?」
「端から見たら家でも仕事場でも全然問題無しで。だけど違うんです」
「何が?」
「上手く言えないけど……私、自分を見付けられないんです。いなくなっちゃって、いつの間にか。捜していたんですけど……」
「見付かった?」
「その、つもりでした」
淡々と語り出していた彼女の、口調が変わった。
「あのサイトで、見付けたつもりになったんです。あそこなら“私がいる”って、そう……。でも」
「違っちゃったね」
俺は息を吐く。
静かに、彼女は頷いた。
『自己暗示』、そんなモンだ。
ヒトの影響を受けるのは。
彼女は、彼女らは、[仲間]を見付けて素顔になった気になっているんだろう。実際は実態の無い暗示合戦の塊で在ったとしても。仮面を、更に重ねているんだとは思いもせずに。
傷を付けてまだ心中は迷ったままで。
確立なんて程遠い程に惑っているのに。
どうするんだろう? 彼女。
これからもあのサイトに来るんだろうか?
ハンドルネーム《からす》のように、烏みたいに突くのか。
他人の出す、ゴミのようなクズめいた負の感情を。
……気持ちが悪い。躰が軋む。まるで脱水症状を起こしてるみたい。秋なのに“熱中症”? まぁ、ある意味間違ってないけど。
何だか咲雪のログを見付けた時みたいだ。
内臓に重りが付いたみたいに。
【Fin.】