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Love neighbors.

 



 上手く笑えないのを、生い立ちのせいには出来ない。だって、今までも何とかやって来れたんだ。周りに合わせることも。嗤われるくらいなら自ら笑わせるとか。


 だから、これは過去のせいなんかじゃない。




 現状(いま)のせい。







「お兄様、お帰りにならないの?」

「……」

 久々『妹』から電話が来た。戸籍上『実妹』の、[義妹]。本当は、“従兄妹”、または“姪”。

「用件は、それだけ? 急だね、────『要子』」

“必要な娘”と言う意味の名前を、皮肉混じりに呟いた。

「急かしら? お父様、お誕生日よ。お忘れなの? ────『遠矢』お兄様」

 皮肉染みた響きで吐き出された科白の中、混じった己の名前を虚ろに聴いた。一生纏わるこの名前は“遠くにいって帰って来なければ良いんだ”と言う意味だと知っている。直に言われたから。……“いって”は普通の『行って』だろうか。それとも『逝って』とそこまで願いを露にしたのだろうか。矢は刺さって取れず、朽ちれば良いと言う意味を付け加えたんだろうか。聴いていないからこれはわからない。ゆえに考えても詮無いだろう。放棄は簡単だった。

「帰られる訳、無いだろう」

「なぜ? 帰って来れば良いのよ。お兄様。お父様もよろこぶわ」

 無邪気な提案は悪意で満ちていて全自動的に鼻から笑いが洩れてしまった。

「何それ嫌味? 嫌われてるの知ってるでしょう。……まさか義父さんが嫌いな訳じゃないだろう?」

「まさか」

 即座の否定。……だろうね、と、遠矢は醒めた。


 要子が『義父(ちち)』を────[異母兄(あに)]もしくは“伯父”を嫌う訳が無いのだ。あの人は自分と祖父以外に関しては敬うべきと思える程出来た人だから。

 そうだ。本来ならあんなにもあからさまな嫌悪を剥き出しに幼い子供を虐待する人じゃないんだ。

 歪ませたのは本当の[父]、戸籍上の『祖父』。決定打は自分の存在。


 理解していた。過ぎるくらいに。


「……」

 泣きそうな痛みが走った。これまで何でも無かったはずなのに。なぜだろう。最近は特におかしい。必死に『自身』を繋ぎ止めている。亡くしそうなのだ。

 元から可哀想な程に脆弱な[自我]が、どこかへ逝ってしまいそうなのだ。


 正気を失うのではなくて。そんな憐れで儚いモノはとうに亡いから。

 足場が崩れ掛けているようだった。不安で仕方なくて。


 そうだから、触れてほしくなかったのに。掻き回すように『妹』は久しい電話をして来た。

「でもお兄様にも来てほしいわ」

「俺が嫌いなの?」

「まさか」

 耳を打つのが心底楽しそうに揶揄する声音で吐き気がした。……知っている。

『妹』が今や自分を見下していること。『義父』に模倣していること。昔は慕って自分のあとを追っていた可愛い妹は度重なる父親の洗脳に負けて、けれどその際でさえ言明しなかった真実に薄々感付いて。


 間違いなく遠矢を“汚らわしいイキモノ”と見做していた。


 なのに、いや、むしろその上で遠矢を誘っているのだろう。父が嫌う遠矢を、父が嫌がると飲み込んでいながら。遠矢が傷付くと察していながら。

「……」

「そう言えば、」

 黙りをしてしまった遠矢に要子の声が跳ねた。嫌な予感がした。


「『小鳥遊さん』、と言うのですってね。遠矢お兄様と大の仲良しの、ご学友」

 遠矢の眉も跳ねた。“小鳥遊さん”?

「……何で、」

 震えた。喉奥も体も。続きは言えず嚥下された。

「うふふ。何ででしょう?」

「颯稀には近付くな」

 遠矢は要子へ今まで曖昧に対応をしていた。濁す、この表現がぴったりな程。気怠かったのも強く在る。

 だが今きっぱりと言い放った。明らかな反応の違いに要子もわかったのだろう。

 先までのときよりずっと弾んだ音で言葉を紡いだ。

「なぁぜ?」

「絶対に近付くな!」

 語気が荒くなった。要子が生まれてから、そして疎遠になってからも仲違いしてからも一度もなかったことだ。だからだろう。


 要子は他にないくらい楽しんでいるようだった。鼓動が痛い。不快感は気持ち悪かった。口を押さえてなければ内臓さえ丸ごと出そうな気がした。


 振り払いたい頭を体は杞憂では無いと、警告する。


「……わかりました」

 身構えた予想に反して返る答えは殊勝なものだった。

 これだけだったなら。


「けれど『偶然』は、さすがに何モノにも回避出来ませんから。

 お父様のお誕生日、お忘れにならないでね」




 壊されてしまう。


 あの『妹』は義父も養母(はは)も奪って置きながら、また。


 今度は颯稀を奪おうとしている。




 切れた電話の規則正しい音をBGMに遠矢は要子を脳裏に浮かべた。

 養母をそっくり写した容姿、義父を、“異母兄”を象ったかのような内面。

 二人の正統な子供だと強調したような『妹』。


「要子」


 開いたままの、最早画面も消えた携帯電話を胸に強く強く軋む音がする程に握り締め、抱いて、遠矢は祈った。


「颯稀を、()らないで……“僕の”、『サチコ』を奪らないでよ……」


 頬を光って滴が伝う。


 浅い呼吸を繰り返す合間の、吐息に塗れた懇願だった。







    【Fin.】

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