死者の行進。
知らないのは、本人ばかり。
しかしどこの莫迦だよ。“歴史から人間の心理の進化を辿れ”、なんて。
知るか。
「やっつんたちどうしたって?」
「……遅れるってよ。メール来た。先入るぞ」
「ほーい。……さっちゃん、顔が悪いわ。美しい容貌が台無し」
「黙れ莫迦」
「うわ、一蹴ー……」
愛が無いとぼやきながらも入ってすぐ展示物にしっかり目を走らせている辺り、侮れないと言うか。
俺も展示されている物を観る。興味は抱くが、これでレポートを書けと言われると微妙だ。
本当は考古学者になりたかった教授は、今心理学の権威と呼ばれている。そのくせに若いときの憧れが捨てられないのかこうやって意味不明な課題を出す。
テーマ。“人類の進化とそれに伴った心理の変化”。
人間は動物から二足歩行になり道具を使うようになった。それに合わせ、脳みそも膨張し変化して行った。
その間人間はどう言った心境変化にいたのか。環境に相対するに当たりどう感じたのか。集団生活に置いてストレスを感じるのだろうが、それは現代社会で感じるのとは違うのか。違うとすればどう違うのか。
推察し考慮した結果をレポートにせよ、と言われた。
……哲学でも確立しろってか。溜め息を付きながら、俺は胡乱に周りを眺める。今いるのは国立博物館だ。地下三階から上三階までの建物が丸ごと展示場として機能している。
道具から恐竜の骨から動物の剥製から植物やら虫やら宇宙の何たらやら在って、入り乱れて節操ないように感じるが入ってみればそうでもない。人類の進化と歴史、それを考えるなら持って来いだろう。
特に俺みたいな変なレポートを書かなければならない学生にはな。
「颯稀ちゃん、観て観て! グロくねぇ?」
遠矢がはしゃぐように呼び指差す先には骸骨と、その横に段々肉付けされて筋肉だけの物から皮膚を被った物までが置かれていた。
「……グロい、か?」
「グロいっしょー。だって彼らは考えもしなかったんだぜ?
────遥か未来で、自分たちは安らかな眠りを叩き起こされて、こんな風に晒し者にされる、なんて」
「───」
確かに。思いも寄らなかっただろう。俺は辺りを見渡す。
「あそこに立たされてる骸骨も、あっちで飾られてるのも。きっと考えたことなんか無いよ。普通に埋葬されて、もしくはそこらに朽ち果てて。ただ、土に還って静かに地面になるだけだって。それしか考えてなかったんだ。────と、俺は思う」
だから、グロいよね。遠矢は笑った。俺は肯定しなかったが否定もしなかった。
無邪気に笑う遠矢に「そうかもな」と返すのがやっとだった。
「いつかは、」
「ん?」
「いつかは俺たちもああなるかな」
「“ああ”、って?」
「『人間関係に衰弱する時代の人類』とかってさ、名前付いて。脳みそとか展示されちゃうの。あんな感じでガラスケースに入って、未来人のみんなに好奇の視線浴びせられて」
その場合は俺たちも『旧人類』なのかしら? なんて言う。
どう答えろって? ただ楽しそうな、遠矢。その目に悲哀の光を見付けて俺は黙るしかない。
遠矢は死者にやさしい。生きた人間にはとことん非道なのに、死者になると途端に労る。そのせいなのか、わからないけれど。遠矢は痛ましげに展示された骨を観る。
「生きてれば他人の目とかに苦しんで死んでからも晒されて、休まらないよねぇ」
この時代はどうだったのかしらねぇ? 笑っている。
「……さぁな」
結局そう返すしか無い。俺も大概使えない。ボキャブラリーも、あれだけ本ばっか読んでて一つも身になってやしない。
そんなこんなぐるりとその階を見終わるころには、本来なら入る前からいっしょにいるはずだった晴夜と仄束が合流した。
「ごめんねっ、二人共」
「まー、気にすんなや。な?」
遅れたのを済まなそうにする晴夜と対照的に図太い仄束。相変わらずだ。
「八好は気にしなさい。まったくもう」
「どうして遅れたんだ? そう言えば」
そう。遅れるとは連絡されたが理由を聞いていなかった。尋ねたら、それはもう脱力以外の何者でもなかったけれど。
「八好がね、」
「あっ、晴夜! 裏切り者っ!!」
博物館内なので、さすがに仄束も抑えた声音だが、小さくした割に普通の話し声より大きいサイズだ。何だ?
「うんうん、それでー?」
完全に面白がっている遠矢が仄束を押さえ込んでいる。「何すんねん!」と暴れるが効果無し。……二十センチ近くの身長差は物を言うな。仄束は喧嘩強いし俊敏だけど今は余り役に立たない感じだ。
まぁ、遠矢も喧嘩強いらしいけど。何せお坊ちゃんだから護身術は一通りやったらしいし。喧嘩好きと武術会得の坊ちゃんは良い勝負かもしれない。あくまで、かも、の範囲だが。
「それがねぇ、」
「晴夜ー!!」
「電車に乗るときね、余所見してたんだよね八好。何に気を取られたのか知らないけど。だからさ、前方不注意で」
「うん」
「乗る前にドア閉まっちゃってさ。挟まれちゃったんだ。腕だけ」
「ぶ! マジ?」
あー……成程。てか遠矢、堪えろよ。仄束が殺気立ってるから。
「で、どうした訳?」
「弾かれて乗れないならまだしも、挟まれちゃったからさ。慌てたよ。僕はほらもう乗ってたからどうにも出来ないし。たまたまね、駅員さんが気付いてくれたから良いんだけど……電車止めちゃったんだよね、少し」
で、電車に乗ってた晴夜は次の駅で折り返しホームに残った仄束は延々説教を食らい、戻った晴夜が謝り倒し、今回は大した遅れじゃなかったから開放された、と。
あ、駄目だ。堪え切れず失笑してる。遠矢。
「でも、ま、良かったじゃん。賠償問題にならなくて」
「本当にねー」
「じゃあ回るか」
話も早々に纏める。でないと一方は笑いで一方は怒りで、爆発寸前の二人が大変なことになりそうだ。
晴夜だって二度も嫌だろう。連続で頭を下げるのは。晴夜を促し仄束と遠矢に声を掛けると、一度は観た場内に足を向ける。けれども遠矢が動かない。
「───俺はいいわ。一回観たし。行っておいで」
そう言って場外のエスカレーター前に設置されたベンチに腰掛ける。場外とは言え建物内なので空調も温度も丁度良い。
晴夜はそれに「そっか、ごめんね」と返し仄束は「何や、だらしないなぁ。男やったら気ぃ遣わせんように付き合わんかい?」とお前が言うなよと思う台詞を吐いた。俺はと言うと。
「……」
一瞬考えた。
そうして。
「悪い、晴夜。俺も残るわ。ちょっと歩き疲れただけだから待ってるな」
言うが早いか踵を返し遠矢の隣りに腰掛ける。晴夜は刹那黙ったがすぐに笑んで「わかった。待っててね」と言ってくれた。仄束は特に口にはしなかったが、にやにや何か晴夜の笑みとは格段に違う嫌な笑いを浮かべていた。……何だよ。
「颯稀ちゃん? 良いんだよ? 今日は颯稀ちゃんのレポートの参考に来たんだから。もう一回行っておいでよ」
何回か観たほうが、考察は纏め易いでしょ。そう言う遠矢に俺は見向きもせずに即座に返事をする。
「別にお前に気遣った訳じゃない。疲れただけだよ」
あんまり体力ないからな。高校時代に比べ、落ちたのは確実だ。だから俺は有りのまま喋る。それに。
「レポートの中身は決まってる」
死者にやさしい男が言う。
今、資料として墓を荒らされる彼らは知らない。自分たちの遥か未来で、自分たちの生活を暴くために、厳かな眠りが妨げられると言うこと。彼らは知らない。
人間はそう変われるものじゃない。流行が幾年のサイクルで再来するように。どこかしら繰り返され繰り越された。
そうだから、彼らの社会も同じようなモノだったのではないだろうか。
俺たちと。
生きる間は他人との関係に平伏し。死ねば解放されると信じながら。
実際は、死んでも安らぎなんか来なくて。
それはやはりどこか─────俺たちに似ている。
歴史は大きくズレ、変遷を経て今に繋がる。
集団を築く人間は時に結束し時に啀み合い時に受け入れ時に省かれた。
俺たちも、いつかそうなるのだろうか。
遠い遠い未来で展示されて晒し者?
……まぁ、わかりはしないけれど。だって死んでいるだろうし。
そう。わからないから。
今は、単純にこの男に付き合ってやろう。
生者に冷淡で死者に慈悲を持つ男に。
たかが展示された骸を、もしかしたら模造品かもしれないそのスケルトンを。
瞳を揺らしながら観る男に、付いていてやろうじゃないか。
口が裂けても言わないけれど。
【Fin.】




