殺意と悪意
「あんた莫迦よねぇ」
HN『diary』こと悪趣味女の坂崎が、俺を愚弄した。俺は頬を膨らまし、自分の胸の上に力を抜いて覆い被さっている坂崎をどかしながら抗議した。
「俺を莫迦にして良いのは颯稀ちゃんだけですぅ」
「うわ、気持ち悪っ。カワイソー、サツキちゃん」
そう言ってげらげら笑っている。ベリーショートに、なぜか頭半分下からうなじの辺りの髪が長く伸ばされた、独特の髪が揺れている。
俺は坂崎と付き合っている訳では無い。ただちょっとヤりたくなって、ナンパ目的でふらふらしていたら同じく趣味の“自殺志願者ウォッチング”中だった坂崎に出くわしただけで。……まぁコイツ顔は可愛いし。“死にそうな閲覧者の身元三つでどう?”と言ったら軽く承諾されてしまった。
別に初めてじゃない。颯稀は知らないが坂崎とは何度かそんな関係を持っている。
言わないだけで隠してはいない。俺の性格はご存知だろうから、言ったところでリアクション無さそうだけど。
「……愛が薄いって寂しいわぁ」
「あんたじゃ見放したくもなるでしょね」
坂崎は枕に沈んでそう笑う。猫みたいに細い反った目。颯稀も猫みたいだけど、坂崎の今が腹で人間を見下した人懐っこい猫なら、颯稀は人間を表でも腹からでも見下す懐かない猫。
颯稀に会いたいなぁ……。
「あんたやっぱ莫迦よね」
「ヒト様のココロを読まんでください」
「読んでないわよー。だだ漏れなだけで」
勝ち誇ったように、更に莫迦にする。ちょっとだけ、俺は不快が走った。
走っただけのそれはただの苛立ちで。止まることも無く過ぎて去った。
簡単には殺意に変わらないみたいだ。そんなモン、かな。
やはり義父さん───いや義兄さんみたいに長々憎むには、蓄積すべき量が半端じゃなく必要なんだろう。
俺がそう考えていると、坂崎が溜め息を吐く。
「なぁによー。見惚れちゃった?」
「んな訳無いじゃん。頭沸いたの?」
可愛い顔が可愛くない台詞を連発する。愛しくないなぁ。
颯稀なら、それさえ愛しいのに。楽しいのに。
だからって颯稀に恋愛関係なんて求めないけどさ。要らないし、そんなモノ。
好きな女性は手に入らない───わかってる。
颯稀は『身代わり』なのだろうか。────『誰』の?
俺を憎んでゆるしてくれない義兄の?
俺を慈しんでくれるけどそれだけの義母の?
それとも、他の欲しい[何]かの?
そう考えたら吐き気がした。坂崎の評す通り莫迦かもしれない。
坂崎に対して生まれない『殺意』とも『悪意』とも呼べない感情は、己に対してなら殺せそうなくらい与えられそうだった。
自身でさえこんな俺。だから。
だから『俺』の代わりに颯稀に大切にしてもらいたいのかな。
……確かに乙女過ぎて気持ち悪いかも。自分でも気色悪いわ。
「勝手に妄想して笑わないでよー。気持ち悪いから」
「失礼な子ねぇ。こんなナイスガイいないわよ」
「あんたの愛しのサツキちゃんがあんたを“チンピラ”って言ってたわよ。私はそれに賛成ー」
さらりと問題発言を投下し、俺を枕に突っ伏させ泣き真似に追い込んだ坂崎は、ベッドから抜け出しのそのそ制服を着出す。……しかし今日日の女子高生、幾らファッションは自由って言っても、レースのティーバックとガーターベルトは如何なモノか。しかも黒。
俺は目の保養だから良いけどさ。枕に顔半分突っ伏す形で埋めながら、坂崎のその様子を眺めた。器用にネクタイを締める。上着に手を伸ばし。
坂崎がこちらを向いた。
「何?」
「や、何か見られてたから。何か用かなぁって」
「別に。他に見るモン無かったから」
「ははは。犯すわよ」
「やめてぇっ。遠矢くん今裸なのぉ」
俺が掛け布団を胸の前で掴みフザけ恥じらうと、坂崎はやっぱりげらげら笑った。そして言う。
「あっはははは。あんた莫迦だ、やーっぱ莫迦」
笑い過ぎなくらい笑っている。こうしてると普通の女子高生なんだけどな。
如何せん。自殺の瞬間を押さえるのが趣味な女なんだよな、中身は。
一頻り笑うと、坂崎は上着を羽織って出て。コートは腕に持っていた。
「じゃー、帰るから。例の三つはメールで送ってー」
「うぃー」
「あと、」
坂崎の続きを待ちながら、俺は“まだ何か約束したか?”と疑問を浮かべた。が、続きを聞いてその疑問は根本的に間違っていた。
「自己嫌悪は程々にね。でないと、私にマークされるわよぉ?」
じゃね、と言いたいだけ言っていなくなった。俺は坂崎なりの励ましに驚いたのと、それより現実味を感じ思い浮かんでしまったのは。
「愛の無いストーカー?」
それは嫌だなぁ。
だってそこに在るのは愛や想いじゃなくて、殺意や悪意じゃないの?
【Fin.】




