Ring
緑の石は、永遠を謳うんだってさ。
颯稀は、正直自分が莫迦なんじゃないかと思った。左手の、薬指に指輪が嵌まっている。それを眺めて、やはり、自分は莫迦なんだろうと思った。
緑の小さな石が輝く、瀟洒なデザインの指輪は颯稀が購入したモノではない。阿呆な知り合いが寄越したのだ。
こんなモノを女ではなく自分に贈ってくる阿呆な知り合いとは、言わずと知れた遠矢だった。
「本物だから失くさないように」
胡散臭い笑顔の末、そう告げられ何やら怪訝な視線を投げ付けてみるも、何にも害は無いのだろう。遠矢は平然としている。
「何で俺が、これを嵌める訳?」
指に摘まんでしげしげ見詰めてみるが、女でも自身のような男でも、着けるのに何ら支障は無さそうなデザインだと思う。蔦をあしらった、豪奢でも質素でもない指輪。
「いやぁ、うーん。敢えて言うなら……『虫除け』?」
「あ?」
「変な男や変な女に狙われやすいから。特に合コン。この間だって無駄に実年齢より年取ったような女が纏わり付いていたじゃない。颯稀に。だから、」
「俺にこれを着けて回れと」
「まぁ平たく言えば」
「実際は?」
「気紛れ」
「逝って良し」
颯稀は脱力すると共に目の前のテーブルに置く。何なんだ、まったく。
「颯稀はさぁ、」
「んー?」
「個人的に深い緑とか青とか似合うと思った訳よ」
「で、」
「そしたら丁度宝石店前でそれ見付けた訳よ」
「それで購入?」
「そ。傍らの女がウザかったけどね」
うっかり聞き流すところだったが、つまりデート中に、遠矢は颯稀宛の指輪買ったと。
「……女はさぞかし騒ぎやがったことだろうよ」
「うん。うるさいから置き去ってきた」
そして、俺が恨まれるのか。どうせ名前までコイツは暴露しているんだろう。颯稀はそう思ったら悲しくなってきた。
「着けてね?」
「嫌だよ。何で俺が、」
「着けてね?」
「返してこい」
「似合うよ、絶対。────着けてくんなきゃ、目の前で飛び降りてやる」
目がマジだった。
結局自分が折れたのだ。何て厄介な男に厄介なプレゼントを貰ったんだろう。迷惑な。
外したいな。そう考えて指輪を見据えていると。
「小鳥遊くん?」
呼ばれて、意識を指輪から横方向に逸らす。颯稀を呼んだのは、馴染みの声で。
「晴夜」
久野だった。下の名前で呼ぶようになってから、更にいっしょにいる時間は増えた。遠矢より、構内でいる頻度は上かもしれない。のっそりとした重たい男がそこにいる。
鬱陶しいどころか、“森の巨人”とでも言うのか、久野はまるでジブリ作品の幻想的なキャラクターのように和むのだった。
「どうしたの? 溜め息」
「あ、ついてた?」
「うん、しっかり」
波打つ前髪であまりわからないが、口元を見るとやさしく笑っている。やはり和む。
「また、岬くん」
「うーん、まぁ……」
「“それ”も?」
久野に目で、示された場所は颯稀の指。
緑石の嵌まった指輪の在る。
「ゃ、あの、まぁ…うん」
「そっかぁ。とうとう嵌められちゃったんだぁ」
「え、何その“とうとう”って」
感心したように頷く久野に、引っ掛かりを覚えて颯稀は問い質す。嫌な予感がする…。
「んー。岬くんは、ああ見えて意外と嫉妬深いから、首輪くらい小鳥遊くんに着けそうだなと思ってたんだよね」
「お、思わないでよ……」
「だから、きっとそれはその代わり、なのかなって。ああ、そうそう」
「何?」
もう聞きたくないと思いつつ、久野の次の発言が気になったので、颯稀は促す。そうして、やっぱり後悔するのだが。
「エメラルドって、『永遠の愛』って意味が在るんだって。それと、呪詛とか念とか疎通しやすいんだって。それだから、呪術にもよく使われるんだってさ」
これ、エメラルドだったんだ。
指輪だけで石は意識して無かった颯稀は、もうその場で気を失いたかった。
【Fin.】




